女性や黒人、LGBTQらあらゆるマイノリティの声が新しいポップカルチャーを形成し、その権利が見直されていったのが#Me tooやBlack Lives Matter等に代表される2010年代後半のムーブメントであり、それはこれまでタブー視されてきた原理主義的宗教の内情も炙り出していった。
本作に登場するユダヤ教正統派ハシディズムを撮らえたドキュメンタリー『ワン・オブ・アス』、レイチェル・マクアダムスとレイチェル・ワイズの演技派女優が共演した『ロニートとエスティ』が公開されたのも2017年だ。作品については各頁を参照してもらうとして、そこで描かれたハシディズムの実態に筆者はギョッとさせられた。
女性は人前で地毛を晒す事を許されず皆、カツラを被る。毎週金曜日は互いの意思に関わらず性行為を強制される。経済から教育、医療まで全て自営で賄われる強固なコミュニティである一方、インターネットも許されない彼らは外の社会で生きていく術を持つ事ができない。
この2作を見ておけば冒頭、ヒロインのエスティが着の身着のままでNYを脱出する理由は容易に想像がつくだろう。彼女はやはりコミュニティを脱出した母親を頼ってベルリンへ渡り、そこで自分の人生を見つけ出そうとする。
エスティを演じるシラ・ハースはイスラエル出身の25歳。ベルリン映画祭受賞作『運命は踊る』や、ジェシカ・チャステイン主演『ユダヤ人を救った動物園』、ルーニー・マーラ主演『マグダラのマリア』などに出演してきたが、国際的作品の大役は本作が初めてだ。見ているこちらが不安になってしまうほど小柄で華奢な彼女が追手から逃れ、ベルリンを彷徨う姿にはハラハラさせられてしまう。
NYウィリアムズパークを拠点とする彼らユダヤ人コミュニティのルーツは第2次大戦を逃れてきたハンガリー系移民である。厳格な戒律は強く結束する事でしか生き延びられなかった彼らの自衛手段でもあるのだろう。方や彼らを排斥したドイツ・ベルリンが過ちを見つめ直し、社会的に成熟してエスティの新天地となるのが面白い。このコロナショックにおける各国の対応を見比べても、ドイツのそれはよくわかる。
時代の変化と共に思考を改めなければ、人は自分らしく生きられないのではないか。彼女を追う夫ヤンキーは決して悪人ではなく、無知と朴訥さは社会教育に起因している事が伺える。彼に随伴する始末人モイシェも禁欲的な教義に負けて酒や風俗、ギャンブルに溺れ、コミュニティに出戻った鼻つまみ者であり、それ故に汚れ仕事を押し付けられた哀れな男だと察する事ができる。ドラマでは女性のみならず、コミュニティに適応できない男性がアル中になってしまう事も示唆されている。
エスティはベルリンの地で初めての友人関係に戸惑い、初めてのオシャレに高揚し、初めての恋心に胸をときめかせる。終幕、か弱い少女から大地に根を張り、自らの足で立つ事を決意した女性へと成長するシラ・ハースの演技は感動的だ。
物語を通じてまだ見ぬ文化と出会うというのがNetflixのプリンシプルであり、日本の劇場公開映画だけを見ていては決して巡り合えない作品である。これだからやめられない。
『アンオーソドックス』20・独
監督 マリア・シュラーダー
出演 シラ・ハース、アミット・ラハヴ、ジェフ・ウィルブッシュ
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