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朝ドラ「おかえりモネ」が、昨日で終わった。
清原果耶を初めてみたのは、「あさが来た。」だった。
「なつぞら」のヒロイン広瀬すずの妹役を経て、「おかえりモネ」のヒロインになった。
朝ドラの妹役をすると、ヒロインへの登竜門だと新聞に書いてあった。
古くは、今再放送をしている「まー姉ちゃん」の田中裕子。
「花子とアン」の土屋太鳳など・・・。
東北大震災から10年。
被災者の人は、今も色々な思いを抱えてるだろうなと思うと、あまりみる気が起こらなかった。
途中見なかった時期もあるので、あまりストーリーが判っていない部分もあるけど。
後半、妹のミーちゃんが、「お姉ちゃん、海を知らないでしょ!」と言った。
そして、津波の時その場にいなかったモネには、「自分はあの恐怖を経験していない。」ということで、何処か負い目を感じてる。
そんな人もたくさんいらっしゃるだろう。
「お祖母ちゃんを置いて逃げた」ということがミーちゃんのずっと自責の念になっていたんだ。
迫り来る危険に、動かないお祖母ちゃんをどうするか?究極の選択をしなければならなかったのは、ミーちゃんだけではなかっただろう。
そんな人もたくさんいて、今も重い気持ちを抱えてらっしゃるだろう。
消してしまいたい経験も、決して消すことはできない。
阪神大震災を経験したねこ吉は、色々思い出してみたくないドラマだった。
あの震災で、ねこ吉は筆舌尽くしがたい怖い目をした。
マンションはめちゃめちゃになったけど、有難いことに家族、親族は無事だった。
震災の2,3日前に東京に出張に行っていたたぬ吉は、被災者ではあるが、あの恐ろしい思いはしていない。
いつものように「行ってくるわ。」と玄関を出ていった。阪神大震災が起こり、たぬ吉は這う這うの体で動き出した新幹線、電車、タクシーを乗り継ぎ帰ってきたら、我が家のマンションは大きく歪んでいた。
ねこ吉と子どもたちが毛布を被って避難してきた小学校の校庭で出会ったのは、明け方の5時頃で真っ暗だった。
たぬ吉も被災者ではあるけど、ねこ吉がどれだけ怖い思いをしたかは判らないでしょ。
あの爆発が起きたような恐ろしい揺れを共有はしていない。
ねこ吉は、たぬ吉が震災の恐ろしさを語るとき、「本当は知らないくせに!」と言いようもない腹立たしさを覚える。
たぬ吉はモネではないけど、「あの揺れ」を知らない事で、ある種の疎外感を感じているかもしれない。
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さて、菅波先生役の坂口健太郎の話。
口下手で、不器用なお医者さん役だった。
Twitterで、#俺たちの菅波というハッシュタグがたち、これが今風の応援の仕方なんだなとしみじみ思った。
モネと先生の2年半ぶりの再会。
先生が、モネの家に挨拶に行き、緊急呼び出しで予定より早く帰京する。
それが、コロナ感染の始まりだったんだね。(ドラマの中ではコロナという名は出てこないけど。)
最終回、呼吸器科の菅波先生は、コロナと戦っていて大変な日々を過ごしていた。
2年半後、やっとモネに会いにきた。
2022年の夏の出来事。
現実でも、来年の夏には、菅波先生が言ったセリフ「もう、大丈夫でしょう。」ってことになっているのかなぁ。そうだったらいいなぁ。
そうだったのですかーー。
ご主人さま ご帰宅されるまで相当 ご心配だったと思います。ねこ吉さんたちご家族の顔を見てホッとされたことでしょうね!
これから先 お互い 生きている間 また災害に合うかもしれませんーー。
人生晩年でまさかコロナの このような世の中で生きていくとは、、数年前まで想像だにしませんでしたものねーー。
もう26年前になります。
マンションも、家の周りも凄い事になってしまって、まず親子3人命が助かったことを知らせよう思ったのですが、電話が繋がりません。携帯はなく、家の電話も不通になりました。
たぬ吉が泊まっているビジネスホテルに辛うじて繋がり、ホテルの人が、たぬ吉の会社の東京支社(神戸が本社)に連絡してくれました。本社も凄い被害だったんです。
本当にもう二度とあんな目に遭いたくありません。
しかし、全国的にコロナ禍です。
生きている限り、何があるか判りませんね。
穏やかに暮らしたいと日々願っています。