旅の途中

にいがた単身赴任時代に綴り始めた旅の備忘録。街道を歩いたり、酒肴をもとめてローカル線に乗ったり、時には単車に跨って。

優駿浪漫街道を往く 日高本線を完乗!

2019-09-28 | 呑み鉄放浪記

 日高本線は数多くの名馬を輩出した競走馬牧場と、太平洋の荒波の情景が人気の路線。
2015年の高波による路盤流出により鵡川~様似間が運休し現在に至っている。
復旧したら訪ねようと思っていたけれど、雲行きも怪しいので、この機会に呑み潰す。 

札幌から始発電車に乗って早朝の苫小牧へ。日高本線はここを起点に襟裳方面へ延びる。
大会参加の高校生が引率教師とタクシーに分乗すると、駅前広場は閑散としてしまった。 

07:54発の鵡川行き2両編成は、お馴染み旧国鉄時代の旧い気動車だ。
キハ40系って、クロスシートに幅広の窓桟、呑み鉄には最高の車両なのだ。
然らば勇払の原野を眺めながら、早速サッポロクラッシックを開けよう。 

苫東厚真火力発電所や東港の大型フェリーを眺めながら、鵡川までは約30分の乗車だ。
マリンブルーとピンクに彩られた旧型気動車の前面には「優駿浪漫」のロゴが描かれる。 
日高本線専用のこの列車の旅も僅かに30km、この先120kmは過酷な代行バスの旅になる。 

 駅前で待っていたJR北海道の代行バスに乗車して、先ずは静内へと歩を進める。
サラブレッドが草を食む牧場を眺めながら、バスは国道235号(優駿浪漫街道)を往く。
少し内陸寄りに日高自動車道が延びている。なるほど鉄路は要らないの回答になる。 

鵡川を出て1時間50分、狭い座席に身体が悲鳴を上げる頃、代行バスは静内に到着する。 
ホームに出てみる。列車が来ることのない錆びた鉄路が延び、朽ちかけた構造物が残る。 

 

 昼酒は駅近の、その名も「大安食堂」で。でも値段はごく一般的だったような。
カウンターでは地元のオヤジが4人、LPGAの中継を見ながら焼酎を愉しんでいる。
ボクはビールを。メニューにつまみ類はないけど、お嫌いなものはないですか?と若女将。
唐辛子と油揚げの和えもの、海老と山菜の天ぷらを出してくれた。嬉しいね。 

 

オヤジたちの戯言とゴルフ談議に耳を傾け小一時間、ゆっくりビールと冷や酒を飲む。
〆に "ざるそば" をズズっと啜る。素朴で黒々とした田舎そばが美味しいのだ。

 静内からさらに1時間50分、代行バスで様似をめざす。
静内を挟んで日高門別から日高三石までの区間、鉄路の路盤を太平洋の荒波が洗う様だ。
なるほど絶景ではあるが、高波や台風の被害は容易に想像できる。

鵜苫を出ると「ローソク岩」が見える。
アポイ岳ジオパークを構成する海上の奇岩奇石は、列車からは見え難かったかも知れない。

トンネルを潜って「親子岩」が見えてくると、間もなく終点の様似に到着となる。

 旅の終わりの様似駅は緑のペンキが禿げかかって寂しさを訴える様だ。
ホーム端から鉄路はさらに50mほど延びた先で車止めに行く手を塞がれている。
戦前には様似から襟裳を経由して広尾まで日勝線として延伸する計画があったそうだ。
苫小牧から帯広を結ぶ壮大な構想は霧散し、今は苫小牧から列車が来ることもない。 

日高本線の旅を終え、海岸まで歩いてみた。波は荒く厳しく、強風が潮を飛ばしてくる。
延伸計画の夢先にはアポイ岳の裾野が海に落ち、襟裳岬へと続いていた。

日高本線 苫小牧~様似 146.5km 完乗 

異邦人 / 久保田早紀 1979



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