すばるに恋して∞に堕ちて

新たに。また1から始めてみようかと。

STORY.30 乾いた・花

2009-10-24 00:01:48 | 小説
やっと出来ました。

今回のは、少々、出来あがりに時間がかかりました。

言葉が降りてきて、一晩ないしは2日もあれば書きあがってしまう小説がある一方で、
不意に浮かんだエピソードが、いつまでたっても動き出さずに、
そのままお蔵入りになってしまうこともあるんです。

今日お届けするお話は、どういうわけか、とてものんびりしていて、
一文ずつ、ゆっくりと繋がっていく感じで仕上がりました。

久しぶりに、
毒にも薬にもならない、いたってフツーな、甘々なカンジになってます。

よろしければ、続きからお付き合いください。

お願いするようで、心苦しいのですが、
もしお気に召したら、小説最後にランキングボタンをぽちっとしていただけると、
とっても嬉しかったりします。







STORY.30 乾いた・花





その夜、外は、何年かぶりの嵐だった。

交通機関は乱れたまんまやし、
街路樹は、強風にさらされて、轟々と音をたてている。

横殴りの雨に、傘はなんの役にもたたず、
俺は、びしょぬれの姿で、どうにか部屋に戻った。


冷たくなった身体を温めようと、
俺はバスルームに向かった。

バスタブに湯を張りながら、俺は濡れたシャツを脱ぐ。

鏡に映った俺。

細い腕。
薄い胸。
もう少し、筋肉があってもええよな。

ここんとこの仕事は、俺には、ハードなシーンが続く。
食べても食べても、動く量には追い付かん。

身体が疲れてる、というより、
連日の緊張感が、俺の神経を昂ぶらせる。

歌うんは、なんでもない。
演じるんも、イヤやない。
ここを抜けたら、また一歩、俺は階段を上がるんやと思う。

ただ、時折、
風が吹き抜けていく気がしてるだけ、や。


うんざりしながら、伸びた髪をかきあげる。

雨に濡れた髪は、重くてわずらわしい。

これ、
この髪、
いつになったら、切れるんやろう。

ちょっと、伸び過ぎたんとちゃうかな。
ちょっとくらい切ってもええかな。

明日は休演日やから、切ってもうたろかな。

「なんで切ったん? 長いほうがええって、言うたのに」

誰かの声が聞こえる気がするな。
もうしばらくは、このままにしとかんと、アカンかな。



湯気のたったバスルームをあとにする。

火照って上気した身体をタオルで包んで、
俺はやっと、深く息をつく。

このままベッドに倒れこんだら、
きっと睡魔が俺を連れ去るだろう。

絶対、風邪ひくけどな。

手近にあったTシャツに袖を通し、
リビングに戻った俺の目に、
携帯の着信を告げる光が、飛び込んできた。

小さな間接照明の中、
それは、
ぽつん、ぽつんと、儚げに瞬いていた。

誰や、こんな夜に。
なんの用やねん。

そう思いながら、俺は携帯を手に取る。

メールの相手は、彼女だった。

『怖い』

たった、ひとこと。

外はものすごい風と雨やからな。
窓閉めてたって、聞こえるやろ。
せやけど、『怖い』って。
大げさなんちゃうん。

どう返事を返したら、安心させられるんか、が、わからへん。

すぐにでも駆けつけて、
そばにおって欲しいんやろけど、
そんなん無理やん。

あいつかて、わかってるはずやのに。

わかってて、ほんでも、このメールなんやったら、
俺、
どないしたらええ?

あいつが望むことやったら、
俺に出来ることやったら、
そら、
叶えてやりたいとは思うてる。

ほんでも。

無理は出来ん。
それだけは、したらアカン。



手づまりのまんま、
ぼんやりとメール画面を見つめてるとこに、
来客を告げるインターホン。

こんな日の、
こんな時間に、客?

ありえへん。

風の悪戯か?

いや、それはないか。

マンション入口は、ちゃんと風除けになってるしな。


「誰?」


小さな画面の向こうに、ずぶ濡れの・・・

待てや、嘘やん。

振り返って窓に目をやる。

遠目にもはっきりと、
窓ガラスを伝うしずくが群れをなす。

俺の指が、慌ててロックを外す。

「早よ、上がって来いッ!」

考えるより先に、叫んでた。

俺の頭ん中では、いろんな疑問符が押し寄せる。

なんでこんなとこにおるん?
どうやって、ここまで?
このメール、いつ、届いたやつや?
『怖い』んとちゃうんかい。

なんぼなんでも・・・!!

無性に腹立たしくなってきてたんを振り切るようにして、
俺は、乾いたバスタオルを手にした。

チャイムを待たずに玄関を出る。

吹き付ける風が、洗ったばかりの俺の髪を乱して視界を遮る。


あかん! やっぱり長いわッ!!!


髪を掻きあげた俺の目に、
たった今、エレベーターホールに辿り着いた彼女の姿が映った。

俺の姿を見て、一瞬だけ、
彼女の身体の動きが止まった。

見え隠れする、躊躇。

それを振り切るかのように、
俺の首すじに抱きつくように手を伸ばし、飛び込んできた。

「おまえは・・・! 何してんねんッ!!」

手にしたタオルで彼女を包みこみながら、俺の語気が荒くなる。

かすかに、小刻みに震える肩。

寒いんか?
それとも・・・?

「怖かった・・・怖かったの。 独りは、イヤなの」

こんな雨風の中、ここまで来る方が怖いやろ。

そう思わんでもなかったが、
とにかく今は、彼女の不安を消してやるんが先か?

震える彼女を抱くようにして、俺は玄関へと彼女を迎えいれた。



風に押されたドアが、大きな音をたてて閉まった。

彼女の体が、おびえたように硬くなる。

バスタオルで彼女の髪を拭いてやりながら、
俺は彼女の体を、俺から離した。

「こんなに濡れて・・・風邪ひいたら、どないすんねん」

彼女の顔を上げさせる。

「俺がおらんかったら、どうするつもりやってん」

「え・・・?」

初めてそれに気づいたかのような彼女の瞳が、俺を見つめた。

気づいて、
彼女の表情が、戸惑っていくのがわかる。

ほんまに、気づかへんかったんやな。

「まあ、ええわ」

俺は彼女をきつく抱き締める。

冷たい彼女の身体の奥に、俺の体温を移してやりたかった。

このまま抱きあって、互いの温もり確かめあうんも、悪くはない。
けど・・・。

俺の胸に顔をうずめる形で、彼女は、安心したように大きく息をした。

「風呂、入って、ちょっとあったまったらええやん。話、それからにしよ」

「いや」

「おい、なんでや。べたついてるやろ、身体」

「離れたくないの、このままがいい。やっと、やっと・・・」

言い淀んだ彼女。

「・・・会えたのに」

俺に抱きつく腕に、決して俺を離すまいとするかのように、力がこもる。

この仕事が始まってからは、確かに忙しいばっかりで、
ろくに会えもせんかったからな。

無理もない、っちゃ、無理もないねんけど。

普段は、さして不満も言わんと、
凛と、自分で自分を支えてる彼女がみせた、小さな、小さなわがまま。

愛しさのかたまりに、出会えた気がして、
俺の中に、ふわりと柔らかな光が差し込んでくる。

風に吹かれて、ささくれ乾いた心に、
温かで穏やかに、差し込む光の渦。

そこで咲く、一輪の花。

俺は、なおも強く彼女を抱きよせて、
彼女の耳元に囁く。

「一緒に、入ろ」

顔をあげた彼女に浮かぶ、とまどいの色。

「そんなん、恥ずかしい・・・」

「よう言うわ。ええやん、たまには」

「でも、着替えもなにも、ないもの」

「大丈夫。洗って乾燥機入れといたら、すぐ乾くわ」

「その間、どうするのよ」

「服、いらへんやろ?」

「え・・・」

「俺が抱いててやるから」

彼女の顔に羞恥の色が浮かぶ。

「怖い、んやろ? ずっと抱いて、傍におったる。
明日の朝には、雨も風も治まってるやろ。
それまで、俺の腕ん中におったらええわ」

「本当に、いいの? 仕事は?」

「そんな心配するくらいなら、来んなや」

「ご、ごめんなさい」

「ええから。怒ったんちゃうって。明日は、休みやから、ええねん」

休み、と聞いて、彼女の顔がほころぶ。

「ずっと、離さないでね。そばにいてね」

「わかってるよ。怖がりやな」

彼女の髪を優しく撫でてやる。
次第に彼女の身体が、俺の腕に、ほどけていった。



風が彼女をさらっていかないように、
俺の腕の中に彼女を、しまいこむ。

雨の音が、彼女の耳に聞こえぬように、
俺は、彼女にささやきつづける。

闇が彼女を襲わぬように、何も考えず眠れるように、

俺の鼓動で、魔法をかけよう。

朝の光が、ふたりを包むまで。




FIN.






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