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猫の夢

2007年06月04日 | 夢の記録
うたた寝で夢を見た。
珍しい。
しかも、あとでそれを思い出した。
それも珍しい。
というわけで短いですがメモ。


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近所の駐車場の誰かの車のそばで、茶色い猫を見つけた。
私がじっと見ていると、その猫もこちらをじっと見て、驚いたことに私のほうへ寄ってきた。それで、逃げてしまうだろうかと私が恐る恐る手を伸ばすと、猫は背中をおとなしく撫でさせてくれる。茶色い毛並みはやや長く、思ったよりもかなりふわふわしていた。

茶色い猫は、体は明るい茶に薄い茶色の細い横縞が入っていて、顔はぐりっとした両目を黒っぽい毛が一筆で丸く囲っている。面白い顔をしている。撫でると目をぱちぱちするが、鳴かない。ごろごろともいわない。だが、気持ちはよさそうだ。

私が帰宅するのと一緒に、部屋までついてきた。
もうこのまま飼ってしまおうかなと思う(賃貸住宅だけど)。


ちょっと出かけようと表に出ると、近所の人だか、私の大家さんだか忘れたが、ボブカットの上品な女性からその人の家の用事を頼まれる。
そこの家では犬(ミニチュア・ダックスだった)を飼っていて、玄関先にはお散歩グッズがぎっしりと揃っている。私はその整理をまかされた(どういう成り行きだったか忘れたが)。

散歩用のジャケット、散歩用の靴、散歩用の首輪、ひも……それらは全て同じようなデザインだがそれぞれは微妙に異なっており、一揃いになるように番号をつけてあるので、同じ番号のものどうしに分けなければならない(なぜか私が)。
ところが、どうしても靴の番号が右と左で一致しない。

「あなた、その靴は違うわよ」とボブカットに指示される。
「ええ。違いますね。……えーと、えーと…」

山のような靴の箱のなかを捜索する。その靴山のなかにはなぜか私のサンダルなども紛れていて、いっこうに収拾がつかなかった。
このうえさらに、靴とジャケット、首輪の番号まで合わせなければならないと思うと、気が遠くなった。



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………猫はどうなったんだ…?
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大津波

2007年05月23日 | 夢の記録
私は仲間たちと山に登っていた。
ハイキングのような気軽な雰囲気のままで、随分と高いところまで登ってしまう。赤茶色の山肌が、きっぱりときりたった断崖絶壁を、ひょいひょいと渡り歩いて、とうとう山頂へと辿り着いた。

その山の頂は、普通山頂というものを想像するよりもずっとひらけていて、大きな階段状にきちんと整えられている。たいへんに見晴しがよいので、人びとはずらりと並んで下界を見下ろしている。どこから登ってきたのだろうかというほどに、山頂は突然に賑わった。

私は、人びとの頭の上、最上段から海を眺めていた。

すると、遠く平野を隔てたところに輝いていた海面がむくむくと暗く盛り上がってきた。粘性があるかのように、海水は伸び上がって枝状に広がり、黒い透明なゴム手袋のようも見える。それが、どんどんと大きくなっては、こちらへと迫ってくるのだった。それにつれて、空も薄暗くなってくる。

この山頂まで波が達することはないだろうが、これでは平地は大惨事になる、と周囲はざわざわし始めた。そうこうするうちに低い土地をすっかり飲み込んで、海はどんどん拡張し、そびえ立つ黒い大波は、いまや山頂に届きそうなまでにせり出している。

あ、と思う間もなく、波が打ちつけた。手前にいた人がいくらかは波にさらわれただろうか。私は辛うじて難を逃れた。


ふと、私は自分がカメラマンであることを思い出す。首からさげた大きなレンズのついたカメラを構えるが、波は来る時と同じようにあっさりと後退してしまっている。せっかくのシャッターチャンスを逃して、私はがっかりした。新聞社に売りつけるつもりだったのだが。

すると、左に少し下った段にいる人が、「あちらから、また来るぞ!」と言う。私は駆け降りて、今度こそとカメラをそちらへ向ける。


空は少しばかり明るさを取り戻していたが、海からは、新しい黒い手袋がふたたびこちらへ伸びてこようとしていた。





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とりとめもない夢を見ます。よく眠れていません。
このあいだ見た《竜巻きの夢》は、あまりに怖くて思い出す気にもなりませんが(人が熟れ過ぎたトマトのようにぺちゃっとなるのです。こ、怖い!)、この《大津波の夢》は、ちょっと面白かったです。私はときどき、山頂の夢を見るようです。それで、たいていは、パニックになります。が、《山頂》というのは私には特別な意味をもつものなので、今回の夢にも何かちょっとした暗示があるのかもしれません。

ちなみに、今回の夢の中の私は、カメラマンのおじさんだったような気がします。
欲をかいて低いところへ移動した私は、このあと波に飲まれてしまったのかどうだったのかは、覚えていません。ここで起きてしまったような気もします。


よく眠れないので、最近は何をしていても眠いです。


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緑色の椅子

2007年03月17日 | 夢の記録
夢のなかの私は不思議な女だった。とくに魅力的なところがあるということもなかったが、あるとき、素敵な恋人を得た。その人は、優れた音楽の才能を持っていて、美しいメロディに美しい詩をつけて、美しい声で歌う人だった。そんなに素敵な人が、どういった理由があって私の恋人となったのかは忘れたが、その人はたしかに私を愛しているらしかった。

私とその人は、緑色の二人掛けの椅子があるだけのがらんとした部屋で静かに暮らした。

夢のなかの私は不思議なほどに無口な女だった。激しく心を動かされることがあっても、それを決して口には出さなかった。口に出して言うほどのことではないと思っていたのかもしれない。表情にあらわすことさえしなかった。
雨の降る日、濡れた地面の上に小石が転がるのを見て、私はなぜかとても感激していた。私はいつものように黙っていたが、その人は、私の感動を、まるで匂いを嗅ぎ付けるように敏感に感じ取っていた。その人は、私を、そのように愛しているらしかった。

その人は、私に色々なものを見せたいと言って、世界中の美しいところへ連れていってくれた。緑の草原に取り残された遺跡や、高い高い岸壁の真下に広がる暗い色の海を見たりした。そのたびに、私は静かに激しく感動し、その人はとても満足そうだった。

私とその人は、どこへ行くにもつねに一緒だった。緑色の椅子に座って、私はいつも何かを読んでいる。その人は隣りで、ただそれをじっと見ている。つねに一緒の私とその人は、しかし、言葉を交わすことはほとんどなかった。ときどきほんの一言二言の会話が交わされることがあると、彼が私に語りかけるその声があまりにも美しいので、私はぽろぽろと涙をこぼすのだった。私はどうにかこの気持ちを、このような時にはどうにか言葉にして彼に伝えようと思うのだが、「あなたは、話す声までもとても美しいのですね」と言うのが精一杯である。すると彼はにっこりと美しく微笑んで、私を抱きしめる。

そうやって、私とその人は、緑色の二人掛けの椅子があるだけのがらんとした部屋で、いつも雨降りのような静けさのなかに暮らしていた。





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春なので、こんな夢を見ました。春にはどうもこんなふうに、やたらと印象的な夢ばかり見てしまいます。
この夢から覚めたあとも、一日中、夢のなかの素敵な恋人にどきどきして、何も手につきませんでした。素敵な夢を見て起きた朝の例によって、このときももう少し夢の続きを見られればと残念な気持ちになりました。
夢のなかの彼らは、やはり二人とも私であるのでしょうか。それとも、たとえば、今はもう目を覚ましている私と君であると言えないこともないのでしょうか。と思ったりもしました。


3本立てで見たこの日の夢はほかに、「《くるり》のライブのチケットが当日に500円で売られていたので、これで今日の夕方には楽しく過ごせると大喜びで買ったのだが、実は私は日時を間違えていてそれは昨日のチケットであることが発覚。激しく落胆していると、チケットショップのあるロの字型になった二階建ての商店街(最近の私の夢にはよく出てくる場所)の、階段の踊り場で、岸田さんに出会い、岸田さんは『これでチケットを買うといい』と言ってお金をくれた。やっぱり素敵な人だわ、と思う」

という夢と、「私と友人のM嬢は、商店街で買い物をしている途中に(やはり先ほどのロの字型の商店街である)、不思議な男の子と出会う。彼のどこが不思議だったのかは忘れたが、彼には姉と見紛うような若い母親がいて、きょうだいは他に弟と妹がいるようだった。最終的に私とM嬢とは、彼の自宅まで呼ばれていき、何のことについてだったかも忘れたが、『そんなに気にすることでもないよ』というようなことを言って彼のことを慰めるのだった」

という夢も見ました。
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35/150

2006年07月18日 | 夢の記録
(また「美術学校」の夢を見た。こんなに続けて同じような設定の夢を見るのは生まれてはじめてのことである。私はよほどこの問題を重要視しているに違いない。実際にそのとおりであることを自覚はしているのだが。夢占いも必要ないほどにわかりやすい私の夢は、目が覚めている私にとってとても印象的で反省を促すものではあるが、その展開は意外性に乏しく面白味がなくなったようにも思える。まあ、スペクタクルな夢は別口で見たらよいのかもしれないけれど。でも、夢を選んで見ることはなかなかに難しい。)



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 放課後の講堂に残って、私はひとりで作業をしていた。とても焦っているのだが、思うようにはかどらない。
 そこへ女の先生がやってきて、黒板に白いチョークで三つの枠の中に可愛らしい小さな男の子と女の子が遊んでいる絵をお描きになる。黒い画面がどんどん白く埋められてゆく。私は目を離すことができなかった。
 女の先生が猛然と描いておられるところを見ていると、別の男の先生も講堂へやってきた。その先生は私の席まで歩いてきて、
「ああ、君はあの作品の……」とおっしゃった。私は先日提出した短い連作アニメーションの出来のことを思い出して、とても恥ずかしくなる。しかし、先生は別に怒っても呆れてもいないようだ。ただ、私個人と作品とをセットにして覚えているというだけなのだと思う。この男の先生は妙に迫力のある人なので、私はひそかに恐れていたのだが、私が思っていたようには恐ろしい人でないことが今になって分かった。アニメーションに関する色々な面白い話を、とても朗らかなようすで話してくださった。

 そうこうするうちに、女の先生の黒板の絵が仕上がったようだ。女の先生が講堂の左手にあるスイッチを押すと、白いチョークで描かれた三つの絵が、それぞれに動き出した。黒板だと思っていた黒い画面は、今はスクリーンとなっている。先生が描いた部分だけが時々白くぴかぴかと光りながら、終わることなく男の子と女の子が走ったり笑ったりしている。私はすっかり驚いてしまった。男の先生は喜んで、拍手を送っていた。
 「どうして、いつの間にお描きになったんですか。こんなに長いアニメーションになるだなんて、私はちっとも思わなかったのですけれど」
 女の先生は、意外そうに私の顔をご覧になり、
 「だって、前から少しずつ描きためておいたんですよ。さっきようやく仕上がったのです」
 そうだったのか。私は、本当に恥ずかしくなった。



 前期課程が終わって成績表をもらった。はじめてもらう成績表の見方が分からなかった。表の上のほうに「5」と書かれていて、その下にも細かく数字が続いていた。とても息苦しい。
 一番最後の段に「35/150」と書かれてあった。私は150点満点のうち35点だったらしい。だいたい予想していた通りだったので、驚きはしなかった。私の後ろに座っていた二人は、一人は髪の長い女の子で、もう一人は誰だかわからなかったが、どちらかが自分は25点だったと嘆いていた。私はその人よりも少しだけ点が上だったことがわかったが、何の慰めにもならなかった。どうしてよいのやらさっぱりわからなかった。
 成績表の右側の欄には、私の作品に対するアンケート結果のようなものが示してある。同じクラスの学生の意見がいくつか、その学生の筆跡そのままに複写されている。
 「線に勢いがない。動きもない」
 「フランス語が鼻につく」
 「話に展開がない」
 誰の意見なのか判別できるものもあったが、どれも的確だった。私はいよいよ焦りはじめる。どうしたらいいんだろう。どうしたら。どうしたらいいんだろう。どうしたら………。





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(「フランス語が鼻につく」というのはどういうことなのか、起きてから考えると少し妙な気もするが、夢のなかではとても納得していた。多分、私の半端なヨーロッパかぶれのようなところを、自分でも苦々しく思うところがあるのだろう。焦りに焦った私は、このあと池袋の地下の薄明るい女子トイレで女子高生にかつあげされ、暴行を受けた。ぼろぼろになった。ここからはもう関係のない次の夢へと移行しかけていたのだろうが、トイレの床にぶっ倒れるところで目が覚めてしまった。
 目覚めて一瞬は気持ちが落ち込んだような気もしたが、夢のなかでもう十分に焦っていたので、それ以上焦ることもないだろうとも思った。自分に足りないものが何なのかは夢で数え上げたので、起きている間はそれに対処するだけでいい。夢を見ているときとは違い、起きている私には少なくとも「どうしたいか」くらいはわかっているので大丈夫なはずだ。
 二重生活というものに憧れた私だが、思っていたのとは違う形ではあるがこれも二重生活かもしれないと思う。)
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サンショウウオ

2006年06月26日 | 夢の記録
 夏休みの課題で、私はサンショウウオを一匹捕まえなければならない。しかし、体長二十五センチ足らずの可愛らしいサンショウウオたちは、学校の大きな水槽の中を群をなして泳ぎまわっていた。それで、私はその中に手を突っ込むだけでよかった。

 私は、もともと通っていた学校を一年間休学して、別の学校で生物学を習っている。それも前期が終わって、あと半分となったいまは夏休みである。課題を済ませた私は寮へ帰ろうと、日差しをよけて木々の茂る山道を葉っぱの影の形を見比べながらゆっくりと下ってゆく。ふと前の学校が懐かしくなった。ちょっと顔を出してみようと思うが、その前にいま両手にそっと握っているサンショウウオをなんとかしなければならない。
 手の中のサンショウウオは、私に捕まえられているためなのか、水から出たためなのか苦しそうに身をのけぞらせている。その体からはどんどん水分が抜け出ているらしく、しっぽの方から硬くなりはじめた。私ははやく水に浸けてあげなければと慌てるが、みるうちにサンショウウオは黒い半透明のガラスの置物のように固まってしまった。
 とんでもないことになったと嘆きながら、私はいまの学校の寮の中庭へと帰ってきた。寮は木造の二階建でコの字型をしており、壁は白く塗られ、屋根は錆色をしている。昼間の強い日差しが照りつける中庭には、ちょうど先生や他の生徒たちもいた。先生の足もとにはバケツがひとつ水を張られていて、私のサンショウウオをその中に入れるように言われた。そこで私はサンショウウオを水に浸けてみたが、すっかり固まったその体はもう水には馴染まないようで、水面から弾きかえされてバケツの外へ飛び出した。
 「これはもうだめなようだね」とおっしゃる先生と私とがふたりでその死を悲しんでいると、バケツの外に飛び散った水たまりの中で私のサンショウウオはその小さな手の指を少しばかり動かした。私がいそいでバケツに入れてやると、サンショウウオは元気がなさそうに、しかしゆっくりと水の中を泳ぎはじめた。


 半年振りに訪れた私のもとの学校の食堂には、夏休みだというのに生徒が大勢集まっている。その中には私の友人も何人かいた。食事をとっている彼女たちの向かいの席に座って、互いに近況などを報告し合った。私は先ほどのサンショウウオの事件とそのサンショウウオも明日の実習ではきっと解剖しなければならなくなることなどを話し、彼女たちは隣りのクラスにいるという美少年のことを話してくれた。
 「ほら、ちょうど彼が来たよ」と言うので振り返ると、私の後方に並ぶ白い長方形のテーブルの列の間を、夏の制服を着た男の子がひとりやってきて、彼の友人の席で立ち止まって静かに話をしている。白いシャツの彼はたしかに美しい人だった。真っ黒な大きな瞳、美しい額には艶やかな黒く短い巻き毛がかかっている。何もかも均整のとれた彫像のようで、生きて動いていることが信じられないほどだ。休学していなければ彼と同じクラスになっていたかもしれないと思うと、何だかとても惜しまれた。
 そろそろ帰らなければならない。私のサンショウウオはどうしているだろうか。


 寮に戻るともう夜だった。そのまま庭のサンショウウオのバケツを見に行くには暗いので、まずは食事を済まそうと思い食堂に入る。私の新しいクラスメートが席を取ってくれてしかも私の分の夕食の膳も用意してくれていた。お礼を言って席につくと、茶色い木の盆の上にはいつもの定食とともに黒い大きなおかずが一品加えられていた。それは盆に直に載せられた私のサンショウウオだった。私はてっきり実習のために捕まえたと思っていたサンショウウオが、実は今晩の夕食のためのものだったことを知った。
 私は箸でそっとその背中の部分をすくってみる。黒いゼラチン質の皮の下には白い柔らかい身があって、少しくせがあるけれども甘くておいしかった。向かいに座った友人は「これは身はいいんだけれど、骨が○○○○だよね」と言いながら自分のサンショウウオを食べている。うん、そうだね。たしかに骨は○○○○だね。私も白くて太い骨ごとばりばりと私のサンショウウオを平らげた。
 それだけで、すっかり腹が膨れてしまった。
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美術蔵

2006年06月17日 | 夢の記録
 その日の授業は美術品の見学だった。

 かつての城主が集めたものを収めてあるというその蔵は六角形をしている。入口からすぐに幅の狭い階段状の通廊になっている。螺旋の通廊は進むほどに高くなり、集められたものはその内側の壁に沿って並べられていた。私たちは先生に導かれて順番に美術品を眺めてゆく。

 このガラスの瓶をご覧なさい。表面には白い花の絵が描かれているでしょう。当時は幼かった城主のために作られたものです。先生がそう説明するので、私はじっと瓶を見詰めると、白い花弁が光に透けているのがわかる。それは朝の光だった。気が付くと、私たちはがらんとした静かな四角い小部屋にいた。天井から光が差している。白い花は私の鼻先まで細い茎を延ばしていた。ひんやりとした花びらはあとすこしで顔に触れそうだ。傍らには作り手の老人が座っている。思ったよりもがっしりとしているが、やはりとても静かな人だった。私は驚嘆と敬意を込めてその人を見た。言葉を掛けるなど思いも寄らなかった。

 先生は次に進んでいた。この薔薇に注意してください。五輪の花はどれも蕾ですが、それぞれに色が違っているでしょう。赤にオレンジ、緑に青にピンクです。そして、気がつきましたか、光が当たっているものもあれば影の中にいるものもあります。この点こそがこの作り手の素晴らしいところなのです。その薔薇は、さきほどの白い花と同じ人の手になるものだった。奥の三輪は何色をしているのか私にはよく分からない。しかし、すんなりと広がる棘のない五本の枝は、向うからの光によってはっきりと輪郭を浮かび上がらせていた。私は、手前の緑色の花の蕾を眺める。それを照らすのは、雨が上がった午後、雲の隙間から海を差し貫く光だった。さっきよりもこのほうが一層あの人らしいと思うが、それは私が年老いたあの人の姿しか知らないからなのかもしれない。先生は、もう部屋の奥の階段を上がるところだった。

 通廊の白い壁に掛けられたその作者不明の大きな絵には、夜空が描かれていた。深い、ほとんど黒い空には色とりどりの星が3つか4つ輝いている。そこは荒涼とした山の頂で、足元にはぐらぐらと揺れ動く岩ばかり、体の位置を変えることさえできないほどに尖り切り立った断崖のてっぺんだ。私はめまいがして、もはや絵を見ることができない。うずくまり、大きな岩にしがみつきながらも辛うじて、低いところで橙色に小さく光る星を認めた。

 蔵には色々なものが展示してあった。しかし、どれもどの時代のものなのかはよく分からなかった。先生からは特に説明もない。死んだ映画監督のところでは、彼の闘いに捧げた生涯を切り取った写真やそのために命を失うことになった映像が終わることなく白い壁に映し出されていた。彼の孫娘はトム・クルーズと結婚したのだが、彼女はある日突然いなくなってしまったのです。先生がそう言うので、私もそう言えば新聞でそんな記事を読んだことがあるような気がしてきた。


 ぐるぐると通廊を上がったはずが、しまいにはまた入口へと戻っていた。蔵から出ると、外はまだ昼だ。疲れた。しかし、午後からはまた蔵の中での授業が続く。


 ふたたび中に入ると、今度はいきなり夜空の絵のところへ出た。私たちが驚いていると、この蔵の内部は少しずつ回転しているのですよと先生が笑った。今度は、もう一度同じ美術品を見直してゆくらしい。「どの作品が良かったですか」と先生が尋ねるので、私はふと緑色の薔薇の花を思い浮かべたが、それよりも夜空の絵のほうが重々しくよみがえってくる。その絵の前に立ちながらも私はもう一度見てみようとは思わないで、先生の顔ばかり見ている。
 あれは何か圧倒的なものでした。その前ではひれ伏さずにいられないような何かがあります。何の手掛かりもなくつべつべとしていて、しかも高く高く聳え立つ壁のようでした。私は出来れば壁をよじ上りたいと願いましたが何の手立てもないので、結局は神のごとくあの絵を崇めることしかできないかもしれません。
 興奮する私に笑みを向けながら先生はこうも訊いた。
 「どの星を見ましたか」
 私は、私はどうもよく思い出せません。ずっと向うに二つの青い星が、いえ緑かあるいは紫だったかもしれません、それらが見えたような気もするのですが、私が確かに見たと思ったのはその手前の黄色い星です。おそらくは金星だと思います。

 相変らず絵から顔を背けている私を見て、先生はまたすこし笑った。
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美術学校

2006年03月27日 | 夢の記録
 入学してはじめて登校すると、先生が今日はみなさんにお祝いの品を用意してあります、こちらへどうぞと教室に隣りあっているミルクホールへと我々を導いた。どうやら赤ワインをふるまわれるらしい。席について、ワインがグラスに注がれるのを待った。私の席には、私の以前からの友人がひとりと、外国からの留学生だという女の子が一緒になった。ワインは冷やされていて、とてもおいしい。私の座ったあたりは天井が円く高くなっていて、小さなホールのようになっている。その頂点にはミニチュアのメリーゴーラウンドさがっていてくるくると廻っていた。ここには素晴らしい才能の持ち主が集っているので、生徒のうちの誰かが、自分はあのメリーゴーラウンドに乗ろうと思えば乗れるのですなどと言い出した。そこで先生が、ではやってごらんなさいと促すと、メリーゴーラウンドは急に速度を増し、よく見ると、回転する1頭の馬上に小さな人影が踊り、そのまわりを透ける翅をもった青や緑に光るものが飛び交っている。素晴らしい、我々は拍手喝采をおくる。

 学校がひけたあと、例の留学生の女の子と私は晩ご飯でも一緒にどうですかということになった。彼女はまだ日本語があまり達者ではないが、きけば自分は日本ではほとんど知られていないポーランドに近い小国からやって来たのだと言う。私は、以前チェコやハンガリーあたりへは行ったことがあるがその時はポーランドやその周辺へは行けなかったのです、と弁解した。我々の寮の近くにある建物の二階にある狭苦しいパスタの店に入ると、彼女がまず注文した。醤油の何とか風こってりパスタとかいうのを頼むと、2秒で出て来た。白い皿の上には醤油の色をした薄い膜がぺったりと張り付いた4、5本の麺と萎びたレタスの破片が散らばっている。彼女が嫌そうな顔をするので、これは私が食べるからあなたは別のを頼みなさいと申し出た。そのそばでパスタと一緒に頼んだカプチーノを店員がカップに注いでいるのだが、泡々としたそれは注ぐそばからしぼんでゆき、結局カップの底から5ミリほどの量の液体でしかなかったことが発覚する。店員はこれでは割り引くしかありませんねと苦笑いを浮かべた。

 翌日の授業中、教室に数人のテレビ局の人間が入って来た。我々のクラスには素晴らしい才能の持ち主が集っているので、かれらは取材にきたらしい。そして今度の土曜の特集番組でクラスメートの作品がいくつか紹介されることになった。ある男子生徒は自主制作の映画を発表し、そのなかで彼は主人公を演じている。襲いかかってくる大勢を相手に彼はひとりで抵抗し敵がみるみる増えてゆくなか、それでもこれがおれのやるべきことであるのだと絶叫し、劇は終了した。私は彼の素晴らしい才能に憧れつつ自らを奮い立たせもした。素晴らしいクラスメートに囲まれて、私は自分にも何かできるのかもしれないという気持ちがしてきた。

 夜、寮の玄関先で懐かしいK納さんにでくわした。驚いたことに彼も同じ学校に入学したのでこれからよろしくとのことだった。自室へ帰った私は、あの人とは随分久し振りに会ったが妻も子もある身で学校の寮にはいるというのは余程のことだと思いながら眠りについた。夢は見なかったと思う。
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大きな生き物

2006年03月26日 | 夢の記録
 ポーランドを経由して、ロシアへ入った。

 どこかの海岸まで辿り着いた我々は、そこにいるはずもない大きな生き物を見て感嘆する。まだ夜が明ける前のようで、薄明るい空の下、砂浜は白く長くずっとむこうまで続いていた。車の助手席と運転席の窓を開けて外の様子を見ていたら、助手席に座っていた女の子が、その奇妙な生き物に耳を齧られて悲鳴をあげた。私は後部座席にいたので、耳が引っ張られる様子がよく見えた。ふと外を見ると、いつの間にか車から降りた同乗の男性が、その鳥のようなライオンのような大きな生き物に取り囲まれて、荷物ごと引き摺りまわされている。これは大変だとおもったら、現地の係員らしき人々が駆け寄ってきて、彼をどうにか救出した。男性は無事に我々の車へと戻ってきたが、どういうわけか、荷物が一つ、どうしても入らない。すると、係員のひとりが、「あの車も東京へ行くから、積んでもらうといい」と言う。振り返ると、我々の車の後方に3台ほど別の車が停車していて、中に3、4人ずつ乗っている。そのうちの1台は、運転手は日本人だが、乗っている他の人物は外国人だ。どうやらタクシーらしい。なるほど、これから東京に帰るのか。納得した我々は、荷物をそちらへ積んでもらい、一緒に車を走らせた。

 暗くなってきた道を疾走する。街灯がまぶしくなってきた。夜明け前だと思っていたけれど、どうやら夕方だったらしい。
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