《あらすじ》
ビアスの失踪という米文学史上最大のミステリを題材に不気味なファンタジーを創造、エドガー賞に輝いた「壜の中の手記」、無人島で発見された奇怪な白骨に秘められた哀しくも恐ろしい愛の物語「豚の島の女王」など途方もない奇想とねじれたユーモアに満ちた語り/騙りの天才カーシュの異色短篇集。
《収録作品》
*豚の島の女王
*黄金の河
*ねじくれた骨
*凍れる美女
*骨のない人間
*壜の中の手記
*ブライトンの怪物
*破滅の種子
*壁のない部屋で
*時計収集家の王
*狂える花
*死こそわが同志
《この一文》
“「有りえない」と医師は言った。「科学の光に照らしあわせると結論はそうなる。しかし、科学の光というものはまだ案外に暗いものだ。我々は生と死に関して、それに魂と一般に呼んでいるものに関してほとんど何も知らない。眠りについてすら何も知らないのだ。…」
―――「凍れる美女」より”
ぐっとくるほど面白かったです。久しぶりに書店で引力を感じて手に取った1冊。買った後に、そう言えば、ブックガイドで面白そうに紹介してあったことを思い出しました。そうか、これだったのか。いやはや大当たりです。
とにかく、とてもうまいです。わりと淡々と語られる物語はどれもあまりにもよく練られていて、いちいち「あっ」と驚かされるうえに、ひとつひとつの物語がそれぞれに違った雰囲気と質感を持ち、ひとつの作品を読むだけでかなりの満足感があるので、次に進む前に少し休みたくなるような充実した短篇集でした。
面白いなー、実に面白い!
全体に共通して感じられるのは、どこか異常なもの、グロテスクなものを熱心に見詰めながらも冷たく言い放ってしまう語り口とでもいいましょうか、そういう雰囲気があります。なにかおかしな断絶というようなものがあって、それが私の胸をビリビリと刺激するようでした。ひとを驚かせて楽しむ底意地の悪さに満ちているようで、同時に実はなにか聞き逃すべきでない重要なことを語っているような、そんな感じ。うまく説明できませんが、妙な味わいでした。
特に面白かったのは、次の5篇。
「豚の島の女王」は、難破して無人島に漂着したサーカス団の面々が、生まれつき手足を持たない美女ラルエットを愛したがために滅びるまでを描いた哀しい物語。あまりにも痛ましく、やるせない気持ちにさせられます。
「骨のない人間」はSF風味のごく短い物語。ジャングルで行方不明となり、全滅した探検隊がそこで見たものとは――。私の思考が単純すぎるとはいえ、まさかの展開に思わず声をあげてしまいました。隊長であるヨーワード教授の態度が非常に恐ろしかった。人が人を拒絶するようになったその瞬間があまりに簡潔明瞭に描かれてあります。恐い。
「壜の中の手記」は、アンブローズ・ビアスの失踪をあつかった作品。フエンテスの『老いぼれグリンゴ』もまたビアスの失踪後の物語でしたが、これはどうも多くの作家を刺激するモチーフのようですね。カーシュのこの物語も、不気味に幻想的でとても面白かったです。
「時計収集家の王」は、時計収集が趣味のニコラス三世のために大時計を製作したスイスの時計職人ポメルのたどる数奇な運命の物語。異常に面白かったです。からくり時計とか蠟人形というのは、それだけですでに魅力的です。
「死こそわが同志」は、世界中に終わりのない戦争の火種をまき散らし巨万の富を得た武器商人を描くSF風味の物語。この狂気には震えました。グロテスク度合いから言っても、これが最高にグロテスクでした。ひどい。
どちらかと言うと気の滅入る物語ばかりでしたが、ちょっと癖になります。他のも是非とも読んでみたいところです。