ロバート・ハリス 後藤安彦訳
(文春文庫)
《あらすじ》
ベルリン、1964年。ヒトラー総裁75歳の誕生祝賀行事を一週間後に控え、ジョゼフ・F・ケネディ米大統領がデタント交渉に訪れようという冬の朝、老人の死体が湖畔で発見された。男は古参のナチ党員で………第二次世界大戦勝利から20年、ヨーロッパ全土を支配下におさめる大ナチ帝国を舞台に展開される気宇壮大な政治ミステリー。
《この一文》
“過去のことも、自分の属している世界のことも、自分自身のことも、何もかもまったく知らないで、自分の人生を生きるとは、ひどく滑稽なことだと、マルヒはそのあとで思った。それでいて、そんな生き方をするのはじつにたやすいのだ! ”
同じ人による『アルハンゲリスクの亡霊』という上下巻の小説を、以前読んだのですが、こちらの『ファーザーランド』もなかなか面白かった。とてもドラマチック。もしもドイツが第二次大戦で勝利していたら――という設定に興味津々だった私は、いつか読んでみたいと思っていたのです。
かつてUボートの乗組員であり、現在はベルリン刑事警察の捜査官、大隊指揮官のマルヒは、有能だがやや反抗的傾向がありゲシュタポから目をつけられている40歳代の男前という設定です。そして、無能だが実直で信頼できる友人でもある同僚。跳ねっ返りの若い美貌のアメリカ人女性記者。マルヒの行く先々に現れる親衛隊。マルヒの離婚した妻とその息子。そして湖畔で見つかった老人の死体。事件を追ううちに、隠されていた壮大な秘密が明らかになり、マルヒもその周囲の人々の運命も激流の中に飲み込まれていく……というお話です。典型的な政治サスペンスという感じ。
もしドイツが第二次大戦で勝っていたら――という設定ですが、私はそれを楽しみにしていたはずでしたが、読んでみた感触では、なぜその設定が必要だったのかいまいち分かりません。いや、物語はハラハラさせられるし、ものすごく盛り上がって面白いのですが、架空のドイツを舞台にしなければならなかった理由はあまり感じられないよなーと思ってしまいます。もちろん、私が歴史に疎いせいもありますが。実在の人物が多く登場するので、詳しい人が読めばもっとすっごく楽しめたのかも。しまった。私にはまだ早かったのか……。
それから、アルハンゲリスクの時のスターリンの描き方が迫力あって強烈だったので(あまり出てこないけど)、今回もインパクトのあるヒトラー像を期待していたのですがねー。(以下の一文→ネタバレ注意!)ヒトラーは出てこなかったよ(/o\;)
でも、とりあえずある種の閉塞空間で、自分の生きる環境に疑問を抱き、別の人生の可能性を考えたりするひとりの人間の物語としては面白かったです。
『アルハンゲリスクの亡霊』でもそうだった気がしますが、この作者は巨大な謎と秘密をめぐって複雑に錯綜する人間関係を描くのがうまいようです。緊迫感があります。また、謎が謎を呼び、最後まで事態が二転三転して、真相や事件の顛末を予測できません。クライマックスでは本当に気が抜けませんでした。
たまにはこういうのも面白いものですね。政治サスペンスとかミステリーとか、私は映画ではたまに観たりするのですがね。『ボーン・アイデンティティ』以下のシリーズも面白かったし。
小説では、このジャンルの名作と言えば、ほかには何があるのでしょうか。トム・クランシーとか? ジョン・ル・カレの『寒い国から帰ってきたスパイ』なんかも結構面白かったんですけどねー。あとは何でしょう。おすすめとかあれば、どうか教えてくださいませ!