(友人の結婚式のためのスピーチを、お許しを得たうえで掲載しておきます。言うべきことは他に沢山あったはずだと思うのですが、こんなことに…。ほんとうに申し訳ない。でも、少なくともきみたちふたりに喜んでもらいたくて書いたのは本当です。言い足りなかったことは、またいつか別の機会にでも言わせてください)
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本日はまことにおめでとうございます。
新郎および新婦共通の友人を代表して、御祝いの言葉を述べさせていただきます。しかしながら、わたしは長く話すことが苦手ですので、きょうは、みじかい物語を朗読させていただこうとおもいます。わたしと、おふたりとの三人が共有する、ある思い出をもとに書きました。私は喜んで読みますので、どうか楽しんで聞いてください。タイトルは「鳥のうた」といいます。それでは。
《 鳥のうた 》
季節は春です。森にすむ鳥たちは、春の喜びに浮かれて、仲良く飛びまわっています。胸を柔らかく美しい赤い羽毛でおおわれた小さなコマドリも、鳩やツバメ、尾長やカモメ、スズメや雷鳥と楽しげにさえずりを交わしました。
夏のある朝、小さなコマドリは、気難し屋の雷鳥と強気なカモメとともに、森の向うの海岸におりたちました。三羽の鳥たちは、前の晩から降っていた雨が上がったばかりで、濡れて冷たい砂浜をはしゃぎまわります。そうするうちに、太陽が昇り、海の上に美しい大きな虹がかかりました。気難し屋の雷鳥は、虹に向かって飛び出そうとしました。「虹の足には、財宝が眠っている」という伝説を信じていたのです。
それを見たカモメは、光の秘密を教え、虹というのは追いつけるものではないことを雷鳥に言いきかせますが、気難し屋の雷鳥は納得しませんでした。それどころか、カモメの言うことを聞いて、なにかをひらめいたようすの雷鳥は、こう言います、「自分はこれからあの虹に向かって飛ぶよ。きみたちはここにいて、それを見ていてくれる? そしたら、少なくともきみたちの眼には、わたしが虹の根元に辿り着いたように見えるんじゃないだろうか」
カモメは、あきれましたが、結局は黙って見ていることにしました。コマドリは、雷鳥がそんなことをやりたがるのには馴れていたので、やはり黙って見ていました。ふたりとも優しい鳥だったのです。
雷鳥はふたりの友人を浜辺に残し、どんどん沖のほうへ飛んでいきました。飛んでも飛んでも、やはり虹にはすこしも近づきませんでしたが、そろそろいいだろうかというところで、雷鳥が振り返ると、遠い砂浜でふたりが手を振っているのが見えます。どうやら思ったとおりになったようです。それで、気難し屋の雷鳥は満足そうにゴロゴロと鳴きながら、ふたりのもとへ帰りました。コマドリとカモメは優しかったので、さすがにすこし恥ずかしそうにしている雷鳥をからかいもせず、「ちゃんと虹のなかにいるように見えた」と言ってあげたのです。三羽の鳥は一緒になって笑いました。雷鳥はその朝のことをいつまでも忘れませんでした。
季節はそれからいくつも過ぎ去っていきました。森の鳥たちは、いつしかそれぞれが目指す方向へと飛び立ちました。小さなコマドリも遠くの空を飛んでいます。木にぶつかって羽根を折ったり、蜂にさされることもありました。時には夜の闇のなかを、あるいはくちばしの先も見えぬ程に濃い霧のなかを、方向も失って、孤独と不安におののきながら飛ぶこともありました。それでもコマドリはとにかく飛びつづけたのです。
そうして、また春になり、長いあいだ飛びつづけたコマドリは、いつしか故郷の森へと帰っていました。森には昔の仲間の鳥たちの姿もちらほらと見えます。みんなそれぞれに成長しているようでした。コマドリは懐かしい森を訪ねて歩きます。森の中心からすこし離れたところに、コマドリがそれまで何度か行ったことのある小さな泉があります。そこに、カモメが休んでいるのが見えました。泉のほとりで、ふたりは再会を喜び合いました。過ぎてしまったいつかの季節がまたすぐによみがえったように思えました。
しかし、かれらは変わらないように見えて、やはり変わっていました。ふたりとも遠いところを旅して帰ってきたところなのです。かれらはそれぞれが見たり聞いたりしたことや、自分がどれほど成長したかということを確認しあいました。カモメは前よりも力強く旋回してみせました。コマドリは前よりもはやく羽搏けるようになっていました。ふたりはそれを喜んで、ぐるぐると森の木々の上を飛び回ったのでした。
二羽の鳥がそうやってまた森で楽しく暮らし始めたある日、コマドリは泉の底に、なにかきらきらと光るものを見つけました。それは、見たこともない美しいものです。コマドリはそれをそっと指差して、カモメにしめしました。それを見てカモメも「美しい」と言いました。カモメはコマドリのために、その光るものを泉の底から掬いあげました。ふたりがそれを覗き込んで、きらめきの奥に見たのはなんだったのでしょうか。
かれらは、そこに同じものを見ました。そして、コマドリはカモメとであれば、カモメはコマドリとであれば、きっとそれを見つけられるだろうことを知ったのです。
季節が秋に変わるころ、夕暮れの森には鳥たちが大勢集まっていました。そして森でもっとも高い木の上には、二羽の鳥がとまっています。それはコマドリとカモメでした。かれらはこれから飛び立つところなのです。そのまえに、ふたりのために祝宴がひらかれようとしているのです。
その夜は、空には星が明るくかがやいていました。鳥たちがうたう祝福の歌は森中に響き渡り、明け方まで途絶えることがありませんでした。
夜が明け、白みはじめた空を、二羽の鳥が仲良く飛んでいきます。ふたつの影の小さいほうの胸のあたりに、なにかきらきらと光っているのが、ふたりを見送るすべての鳥たちに見えました。みんなが祈ります。コマドリとカモメの行く先がどこまでも美しく豊かでありますように。
見送りの列のなかから飛び上がって、雷鳥は大きく手を振りました。あの朝の海岸でのように。今度は雷鳥がふたりに手を振ったのです。虹はかかっていませんが、飛び立ったふたりに虹は必要ありません。ふたりは、雷鳥にこたえて、くるりと一回だけまわりました。
そのときちょうど昇ってきた朝日が、かれらの羽根を美しく照らしだしました。コマドリとカモメは高く、楽しげに飛んでいきます。
森の鳥たちは大合唱で、晴れ渡った空へと、ふたりを送りだしたのです。
(おわり)
さて、あの朝、気難し屋のわたしが追いかけたのは実際には虹ではなく海から昇る太陽の光でありましたが、わたしがふりかえって見たのは、きみたちふたり。そのとき、友情は朝日よりも美しかったものです。他ならぬそのきみたちふたりが、あのころは予想もしなかったけれど、これからは一緒に歩いてゆくというので、わたしは、人と人とが出会うことの不思議とその美しさというものを信ずることができるようです。
どうか望むように飛んでいってください。きみたちがどこへ行くのか、わたしは楽しみに見ています。手を振ってほしければ、いつでも振りましょう。どうか、きみたちの行くさきが豊かで美しいものでありますように、変わらぬ友情をこめて、きょうはほんとうにおめでとう。
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《付録》 :
「運命の輪」
およそ1年前にも、私は↑こんなポエムのようなものを、ふたりに贈りました。内容は重なっていますけど、懐かしいので読み返してみました。私って……恥を知らないのだろうか。よければ笑ってください。