宝塚キキ沼に落ちて vol4 - 郎女迷々日録 幕末東西
上の続きです。
私、望海風斗さんがいらしたので、雪組については、演目など、多少は気にかけていました。しかし、望海さんがトップになられたとき、二番手さんがだれなのかは、うかつにして存じませんでした。
今年の春のことです。地元のテレビ局が、宝塚雪組全国ツアーのチケット販売を告知してたんですね。調べてみましたら、二番手の彩風咲奈さん主演でした。
去年の夏に明日海さんの引退公演「青い薔薇の精」を見ましてから、なんやかやと動けない事情が重なり、ようやく、年明けて春からは動けそうでしたので、望海さん東京公演の切符を手に入れたところでした。
どうしようかなあ、と思ったのですが、地元松山の公演なんてめったにないですし、見ることにしたんです。
驚いたことに、彩風さんは大洲の出身でおられるとか。
大洲って、松山から車で一時間もかからない小さな町で、習い事などは、松山まで来られる方が多いのですが、彩風さんも、宝塚受験前には松山のバレー教室まで通われていたと、知り合いの知り合いくらいからですが、話が伝わってきました。
コロナのおかげで、公演は中止払い戻し。
しかし、私の関心は強くなりまして、松山公演のヒロイン予定で、次期トップ彩風さんのお相手かと思われていた潤花さんの宙組移動には、仰天しました。宙で次期トップといわれているキキちゃんの嫁、とかいわれて、ありえないから!と、一人憤慨。
私、キキちゃんの嫁には、ぜひお歌の上手な方を!と、切望しています。
彩風さんの嫁さんが、朝月希和さんに決まったことにも、また仰天。
なにしろ、朝月さんの経歴をWikiで見ましたところ、「『MY HERO』クロエ・スペンサー 東上Wヒロイン」と書いてあるんです。
Wヒロインって、えええっ??? ヒロインは音くり寿ちゃん一人じゃなかったの!?
あのクロエちゃんが、雪次期娘一とは! でした。
「金色の砂漠」の後、明日海さんは「仮面のロマネスク」全国ツアー。そして、キキちゃんは、東上公演初主演となる「MY HERO」でした。それがなんと、戦隊ものだっていうんですね。
うーん。宝塚初心者の私などからしましたら、やはり宝塚は華やかじゃなくっちゃ! みたいなのがあります。ああ、別に「ベルサイユのばら」風でなくともいいんですが、「金色の砂漠」にしろ「月雲の皇子」にしろ、時代物はそれぞれに華やかです。
戦隊ものってどうなん? と、円盤を買うのも、長くためらっていました。
といいますのも、もうひとつ、戦隊ものは子供と一緒に若いお母さんたちが見るものですから、かなり以前から、イケメン俳優を出演させて人気上昇を狙う、というようなことが言われていました。私の年代では、『仮面ライダークウガ』のオダギリジョーが有名でしたが、現在でも、戦隊もの出身の俳優さんって、松坂桃李、横浜流星、千葉雄大と、けっこうな活躍ぶりです。
ねらいがあざとくない?という、懸念を持ってしまったんですね。
ところが、ですね。キキちゃんにはまって買ってみましたら、これが、予想に反して、けっこういい作品なんです。
作・演出は、齋藤吉正氏。なんと、「桜華に舞え」の作者です。
全体の雰囲気は、ちょっとレトロなアメリカン・コミック。
キキちゃん演じるノア・テーラーは、人気のアクション・スターです。
幕開けは、「子供たちも大好きな憧れのヒーロー・マスクJ」の映画製作発表記者会見。
キキちゃんが、さわやかにインタビューに答えると同時に、心のうちの陰の声が流れます。
「子供だましの特撮映画でえらい騒ぎだな」
にっこやかにほほえんで、「この作品のテーマである勇気とやさしさを、子供たちに届けたいです」
吐き捨てるように陰の声で、「おれ、子供大嫌い!」
チャラい感じのキキちゃんは、派手なスーツもシュッと着こなして、同時に両面を見せる芸当を軽々と演じています。
そして、独白。
「ブルース・リーにジャッキー・チェン。子供のころ、ぼくはアクション映画に夢中だった。話はきまっていっしょ。必ず悪者は退治され、主人公と囚われの女の子は、めでたくハッピーエンド。そんな定番のストーリーが大好きだった。そう、ぼくもそんなヒーローに憧れていたんだ」
続く楽しいプロローグで、しっかり、物語世界に誘い込まれます。
けっこう、凝った作りではないかと思うんですが、冒頭に、定番ストーリーを裏切る主人公が登場し、ところがいつの間にか、はちゃめちゃなコメディ人情劇となって、笑いと涙をまじえつつ、ハッピーエンドのステキな定番ストーリーに着地するんです。
ノアのお父さんハル(綺城ひか理)は、マスクJの中の人、つまり戦隊もののスーツアクターで、小さなノアは正義の味方のハルが大好きでした。
ところが、お母さんが亡くなり、ハルは小さなノアのために、家政婦のメイベル(芽吹幸奈)と再婚するんですね。しかしノアは、突然できた新しいお母さんになじめず、ハルとの関係をこじらせます。こじらせたまま、ハルは、撮影現場の事故で死亡。
このときハルは、子役の女の子・マイラ(音くり寿)の命を助け、マイラは事故のショックで足が立たなくなりますが、命の恩人ハルのことは、MyHeroとして、強く胸に刻んでいました。
清く正しい表の顔とは裏腹に、女をとっかえひっかえ遊んでいたノアは、スキャンダルを暴かれ、事務所を首になって、転落していきます。その過程で、「男と金にだらしがなく」借金取りに追われる女クロエ(朝月希和)と知り合い、彼女をマネージャにして、リベンジに挑戦。
ここで、ですね。クロエが嘘泣きをしつつ「私、借金取りに脅かされて住むところもない」みたいなことを言うと、キキちゃんは、退職金代わりに事務所からもらった50万ドルをクロエに手渡し「これでおれのマネージャをしろ」とか、言うんですね。ちょっとありえない人の良さですが、そこが演技のうまさといいますか、にじみ出る品の良さといいますか、クロエを感激させると同時に、「まっ、いろいろあっても、ノアっていい人よね」と観客を納得させます。
ノアの映画で、中の人、スーツアクターをやる予定だったテリー・ベネット(鳳月杏)は、子供の頃からハルに憧れていて、仕事に誇りを持っていました。難病で、妹さんが医学生で、稼ぐ必要があるところに、ノアのスキャンダルで映画が中止。ところが、テリーは実はイケメンで、ノアの代わりに主演が決まり、歌手としてもスターダムに。
行く先々でノアはテリーと出会い、最初はバカにしていたのに、やがて立場が逆転。思い上がっていた自分を知らされていくのですが、友情が芽生え、話しているうちに、ハルを見直す契機ともなります。
ノアは嫌っていたスーツアクターを経験し、ハルが命を助けたマイラと出会い、悪者たち(中心は天真みちるさん! 好演です)の陰謀も暴かれ、最後はマイラをお姫様だっこして大団円。義理のお母さんだったメイベルとも再会して、こじらせたまま逝ってしまったハルへ、暖かい思いをよみがえらせます。
結局のところ、この物語の核は父子関係で、泣かせてくれます。
といいますか、キキちゃんうまい!
いえ、キキちゃんだけではなく、ひらめちゃん(朝月希和)も、ちなつさん(鳳月杏)も、音くりちゃんも、そして、芽吹幸奈さんも綺城ひか理さんも、みんな好演でした。
綺城さんは、現在星組に移っていますが、97期ですから、キキちゃんよりだいぶん年下なんですね。にもかかららず、176センチの長身ゆえでしょうか、見事なお父さんぶり。直前の「金色の砂漠」新人公演で、主役ギィを演じて好評だったそうです。明日海さんの役ですから、歌も多く、それを破綻無くこなしたわけですから、歌唱力、演技力は相当です。星組での活躍を期待しています。
キキちゃん主演なので、でしょうか、全体に歌が多く、デュエットも多数なんですが、明日海さん・仙名さんはじめ、主力が「仮面のロマネスク」再演全国ツアーにぬけているなかで、これだけの歌唱力の持ち主がそろうなんて、当時の花組は、すごいです!
ああ、音くりちゃんはいまも花組にいて、歌唱力では組の大黒柱になっているようですけども。
そして、いまや伝説ともなったキキちゃんの音くりちゃんお姫様だっこ!!!
えらく長い時間やってて、ど、どこに、そんな力がっ???!!!と、びっくりします。
いや、嘘か本当か知りませんが、「キキちゃんは、実はちなつさんをお姫様だっこしたがっていた」という話も(笑)
そしていったい、いつからキキちゃんは、これほどの歌上手になってたんでしょうか?
普段は2番手さんですから、歌は少ないんですが、主演してたっぷり歌うので、これはもうルドルフの時とは大違い!と、はっきり気づきます。
なにかで、「明日海さんのトートとルドルフを演じたとき、圧倒されて歌えなくて、必死になって練習した」というようなことを、キキちゃん本人が言っていました。
男役さんの声は、作るものなんだそうです。明日海さんでさえも、月組の最初のころは、それほど歌がお上手ではなかった、という話もありまして、2008年の「ホフマン物語」主演では、「歌唱力はいまひとつ」ともいわれたようです。
いまにして聞き返してみれば、「新源氏物語」の「恋の曼荼羅」、「雪華抄」の「逢瀬の星」と、この前からキキちゃんは相当に上手く、だから初の東上公演で、これだけ歌う作品をもらえたんですね。
そして、ひらめちゃん。演技力満点で、ちょっとずうずうしくて、調子がよくて、しかし根は人がよくて暖かい、ヒロインというよりは相棒を演じて、キキちゃんの繰り出すアドリブにも、ちゃんと対処してたんだそうです。
歌唱力はいまひとつ、と言われるひらめちゃんですが、「金色の砂漠」のカゲソロ、そして、この「MY HERO」のキキちゃんとのデュエット「ここから始めよう」は、悪くありませんでした。
いえね、バッグの中からビールビンを取り出すような役でしたから「Wヒロイン」という言葉にちょっとびっくりしたのですが、ひらめちゃん、なんと、「金色の砂漠」で卒業なさった花乃まりあさんと同期です。その「金色の砂漠」の新人公演で、ひらめちゃんはビルマーヤ姫でして、あらためて花乃さん、まだ新公年齢だったんですねえ。若いのに、よく重圧に耐えてたんだなあ、と、いまさら感心しました。
そして、これからトップ娘役、というひらめちゃんは、娘役さんとしては、相当年がいっていることになります。
「ファントム」は、望海風斗さんと真彩希帆さんの作品で、見ることができなくてとても残念だったものですが、雪組へ移ったひらめちゃんが、けっこう重要な役で出ているというので、円盤を買うことにしました。
望海さんが雪組トップになられるとき、花組でいっしょだった真彩希帆さんが相手役に呼ばれ、絶賛されている、というのは、確か中村さまからお聞きした情報でした。
以前にお話ししましたように、『誠の群像-新選組流亡記-』高松公演のチケットは手にしていたのですが、骨折して見られなくなり、その後も、なんだかんだと動けなくていたころに、「ファントム」の評判を聞きました。
ただ、「ファントム」に関しては、多少の懸念はありました。
上に書いていますように、私は、映画「オペラ座の怪人」に、けっこうはまっていたんです。
といいますか、あのロック調の主題歌が大好きでした。
オペラ座の怪人(The Phantom of the Opera)
この歌、絶対、キキちゃんの声質にあうと思うんですよねえ。版権の問題もあるでしょうけれども、ぜひ歌って欲しい!
まあ、懸念はあたりまして、望海さんと真彩さん、二人の歌声は驚くほどすばらしかったんですが、どうしても、お話になじめませんでした。
ひらめちゃんは、冒頭、ファントムのお母さんの影のダンスが、すばらしい出来で、望海さんの歌声とともに、深く印象に刻まれます。
歌は、ねえ。ファントムが亡き母の歌声を慕っていて、真彩ちゃん演じる歌姫・クリスティーヌの声がそれに似ていたという設定なので、お母さんとクリスティーヌは、一人二役が多いそうなんですよ。お母さん役のひらめちゃんも歌えてなくはないんですが、どうしても真彩ちゃんとくらべてしまいますから、ちょっと、ですね。
花娘らしく、美しい裾捌きで、ダンスが素晴らしく上手いひらめちゃん。雪トップ娘役、おめでとうございます。
ここからはじめよう、昔の荷物は置いてゆこう。
一歩ずつ急がずに 踏み出そう。
明日へ、ここからはじめよう。〜♪