上の続きです。
宝塚歌劇 宙組「アナスタシア」を観劇してきました
紫鳳あけのさんが、感想を述べておられます。
「2番手の芹香斗亜さん、お歌がすばらしくて、鳥肌が立ちました」
と、おっしゃっておられます。
フィナーレナンバーのことも詳しく語っておられ、見たくてたまらなくなるのですが、母が入院しましたので、動くのは無理なんです。
12月14日の宝塚大劇場千秋楽、ライブ配信が決まりましたので、見る予定でいます。しばらくは初日映像を見て、がまんするしかありません。
宙組公演『アナスタシア』初日舞台映像(ロング)
「フライングサパ」はライブ配信で見まして、いろいろと言いたいこともあったりするのですが、円盤を注文しましたので、再見してから、感想を書こうと思います。
11月24日、宙組に関して、いろいろな発表がありました。
トップ娘役・星風まどかちゃんのミュージック・サロン、和希そらさん主演のバウホール公演『夢千鳥』。
まどかちゃんのミュージック・サロンは、あるいは退団か、という予測もありますが、もしもそうだとすれば、真風さんと添い遂げなのかどうかも、気になるところです。そして、退団だったのだとすれば、退団発表の前にミュージック・サロンの発表、というのもおかしなものなのですが、勝手な憶測をしてみました。
もしも添い遂げ退団だったとしまして、その退団公演は、大劇場は月組さんの後で7月ころ、東京宝塚劇場は9月ころ、と予想できます。このころには、真風さんのディナーショーかなにかも、あるはずです。
しかし、ですね。コロナの影響だと思うのですが、花組さん、月組さんの100周年式典を、まだしてないんじゃなかったでしょうか。
で、そのころには、東京オリンピックも行われているはずで、催し物が多そうです。会場の問題があって、早くになったのではないでしょうか。
2番手のキキちゃんが、このまま宙でトップになるのかどうか、私としましては、もっとも気にかかるところなのですが、真風さんの演目も発表になりました。
「戦時下の情報戦を戦い抜く男たちのドラマ」であるとともに、「20世紀初頭のパリで華開いた“バレエ・リュス”の輝きへのオマージュを散りばめた」なんて、ものすごく魅力的な感じです。
うーん。ここでキキちゃん主演の公演がないってことは、微妙です。
まあ、12月になれば、なんらかの発表があると思うので、待つしかありません。
キキちゃんが出るのか出ないのか、今はまだわかっていない『Hotel Svizra House ホテル スヴィッツラ ハウス』ですが、まどかちゃんはミュージック・サロンですから、真風さんの相手役とはなりません。
で、ヒロインらしき役は二つ。「バレーダンサーのニーナ」と「艶やかな美女アルマ」です。ニーナ役は潤花ちゃん、アルマ役は遥羽ららちゃんかな、と思うのですが、もしかして、遥羽ららちゃん、この後、花組に行って次期トップ娘役の可能性があるのでは? と、ふと思いました。
前々回は音くりちゃんかなあ、なんて思いついてみたのですが、花組さんは、ひらめちゃんが抜けて娘役不足。宙組から一人行くのもありかなあ、だったら、ららちゃんトップかなあ、と。
ららちゃんであれば、相手を選びそうな柚香さんでも似合うかなあ、という気がしただけのことではあるんですけれども。
ところで、自分の頭の中をまとめたく、少し落ち着きたいとも思いまして、ちょっとロシアのバレエについて、お話ししてみたいと思います。「アナスタシア」、そして『Hotel Svizra House ホテル スヴィッツラ ハウス』と、宙組さん、ロシア・バレエがらみ、ですので。
上からの引用です。
クラシック音楽の歴史は、通常、カトリックの教会音楽にはじまるといわれます。
宮廷音楽も、もちろんそうなのです。
戴冠式にも結婚式にも教会はからみますし、教会音楽もそういった儀式を盛り上げます。やがて祝宴の場をも、宗教行事で育まれた音楽が彩るようになっていくのです。
戴冠式、支配都市への入城式、君主間の外交である結婚式。
それらの儀礼にともなうパレードと祝宴は、中世からあったわけなのですが、ルネサンスに至って、何日にも渡る大スペクタクルとなります。
ショー化された騎士たちの馬上武芸試合や、テーマを定めたきらびやかな飾り付けに仮装、歌やダンスの入った芝居、夜空を彩る花火。そしてもちろん、豪華な食事。
この祝宴スペクタクルが、もっとも洗練されていたのはイタリアで、それはおそらく、イスラム圏との交易による富の蓄積と文化の流入、カトリックの総本山ローマの存在、小国に別れて活発に行われた外交、といったさまざまな要素によるものでしょう。
ともかく、ルネサンス美術の中心がイタリアであったように、祝宴スペクタクルの本場もイタリアであり、そこから、オペラ、バレー、ダンスが生まれましたし、また料理、ファッションにおいても、最先端の流行を作り出していたのです。
そのイタリアの最先端の流行を、フランスにもたらしたのは、フィレンツェからフランス王家に嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスであり、マリー・ド・メディシスでした。
そして、ルイ14世にいたり、ついにフランス宮廷は、はるかにイタリアを凌駕し、ルイ14世の宮廷は、ヨーロッパのすべての宮廷の規範になったのです。
というようなわけで、17世紀から18世紀にかけて、バレエはフランスにおいて、オペラから離れて舞台芸術として確立するのですが、やがてフランス革命。もともとは宮廷に発したバレエは、しかし19世紀にいたって、ブルジョアジー、市民の娯楽となり、ロマン主義のもと、白いチュチュを着て、つま先立ちで、妖精のように軽やかに舞う、現在のバレエの原型、ロマンティック・バレエが生まれました。現在でも踊られているその代表作は、「ジゼル」です。
しかし、その後、明治維新の前後ですが、フランスでは、バレー・ダンサーの地位が低かったことも手伝い、ほとんどバレエが上演されなくなります。
代わって、バレエの本場となったのが、ロシアです。
ロシアでは、イタリア、フランスからバレエが伝わり、帝室の保護のもと、バレエ学校や劇場が運営されていました。
やがて19世紀後半ころから、ロマンティック・バレエが独自の発展を遂げ、クラシック・バレエとなっていきます。
「眠れる森の美女」、「くるみ割り人形」、「白鳥の湖」という、現代でも踊り継がれている名作は、19世紀末に、ロシアで生まれたものです。
このように、クラシック・バレエは、ロシア帝室と深いつながりを持っていましたので、皇族の結婚式や戴冠式で上演され、最後の皇帝ニコライ2世の戴冠式にでも、「白鳥の湖」などが上演されました。
やがてロシアでは、このクラシック・バレエの世界に満足できない表現者が出てきまして、セルゲイ・ディアギレフは、そういった表現意欲を吸収して、アンナ・パヴロワ、ヴァーツラフ・ニジンスキーなどのバレリーナを率い、パリへ進出します。そのまま、常設のバレエ・リュスが結成され、革新的なモダン・バレエ、斬新な舞台芸術を、世界規模で展開していくことともなってゆきます。
最後に映画のご紹介を。映像がきれいです。
映画『マチルダ 禁断の恋』予告
3年前のロシア映画ですが、主人公のマチルダ・クシェシンスカヤは実在の人物をモデルにしています。
ニコライ2世の愛人だった人物ですが、黒海経由で革命から逃げ延び、長寿を保って自伝を残しました。
次回は、「フライングサパ」の感想を書きたいな、と思っています。