上の続きです。
【宝塚歌劇】宙組「アナスタシア」歌唱フル動画【三井住友カード公式】
キキちゃんは、ボルシェヴィキの将官・グレブという役で、歌っているのは「The Neva Flows」。
いったい、なんなんでしょうか。
私にとってキキちゃんの歌声は、世界の歌姫、ターヤ・トゥルネンやSU-METALと同じ心地よさなんです。
私、声楽については、まるっきりなにもわかっていませんので、まちがっているかもしれないのですが、ヴィブラートが少なめ、というのは、もしかして、共通項かもしれません。
SU-METALがノンヴィブラートの奇跡のストレートボイス、とはよく言われますが、ターヤ・トゥルネンはオペラ歌手でしたので、初期のころはヴィブラートが相当強くかかっていたんです。しかし、シンフォニック・メタルのボーカルとなってしばらくして、唱法をかえたみたいで、ストレートに近い、よく通る声で歌うようになりました。
キキちゃんももちろん、ヴィブラートがかからない、というわけではないんですけれども、少なめ、と思います。
ところで、ボルシェヴィキの将官・グレブって、どういう役なんだろう、と、少し調べてみました。
ミュージカル『アナスタシア』日本初演公演スペシャルプロモーションビデオ
そもそも『アナスタシア』は、同名のアニメをもとに、2017年、ブロードウェイでミュージカル化され、今年の春に日本上陸。先に外部公演が行われていたのですが、コロナのために、東京公演が半分も上演できず、大阪公演は全面中止になりました。
今回の宝塚公演、最後まで無事に上演できますことを、心より祈っています。
Anastasia (1997) - Once upon a December [4K] Sub.
このアニメ、楽曲が美しく、「once upon a december」にのせて蘇るロマノフ家の舞踏会の場面は、なんとも郷愁をそそります。ミュージカル版も、ほとんどそのまま、舞台に再現しているようです。
Once upon a December (Anastasia)
アニメとミュージカルの最大のちがいは、アニメでロマノフ家を滅ぼし、アナスタシアを追い詰めたのが、ファンタジーらしく魔法使いラスプーチンの呪いだったのに対し、ミュージカルでは事実によせて、ボルシェヴィキにしていることなんですね。
ですから、キキちゃん演じるグレブは、ミュージカルのオリジナル・キャラクターで、歌もオリジナル、ということになるんですが、初演のブロードウェイにおいては、このグレブ役を、実力があって人気の高い、ラミン・カリムルーが務めています。「オペラ座の怪人」の主演で、名を売った方なんだそうです。
Anastasia Original Broadway Cast Recording — "The Neva Flows" — Lyrics
ファンタジー要素をたっぷりと残しながら、悪役のみ悪魔の呪いからボルシェヴィキに変えていて、グレブはその象徴として作られた役ですから、これは、相当に難しいと思うんですね。
そもそもアニメ版は、映画「追想」にヒントを得てできあがったそうなのですが、「追想」は、かなり事実に即した設定になっています。
ngrid Bergman - Anastasia / イングリッド・バーグマン ‐ 追想 1956
イングリッドバーグマンのアナスタシアがのぞきこんでいるのは、ペテルスブルグのネヴァ河ではありません。パリのセーヌ河です。
パリの白系ロシア人コミュニティに属する男たちが、記憶喪失のアンナをアナスタシアに仕立て、革命で惨殺された皇帝がイングランド銀行に預けていた信託金を得ようとします。
そのためには、デンマークに住むマリア皇太后(マリア・フョードロヴナ)に認めてもらうしかなく、一行はパリからコペンハーゲンへと向かいます。紆余曲折の末、アンナはアナスタシアであると、祖母の皇太后に認めてもらえるのですが、男たちの中心だったボーニン将軍(ユル・ブリンナー)と恋に落ち、皇太后の黙認のもと、二人は姿を消します。
この最後がなんともあっけなく、補ってアニメができたのは、納得がいきます。
上に書いていますが、アレクサンドル3世の皇后で、ニコライ2世の母親でした皇太后マリア・フョードロヴナは、イギリスのアレクサンドラ王太后(エドワード七世妃、ジョージ5世母)の妹で、デンマークの王女です。
したがいまして、イギリスのジョージ5世とロシアのニコライ2世は、母方の従兄弟で、よく似ていました。
ロシア革命は、第1次世界大戦の最中に起こりました。
鉄道網の後進性から、兵士の動員が思うにまかせず、初戦でドイツ・オーストリア軍に大敗し、膨大な死傷者を出し、都市部において、極度の食糧物資不足に見舞われます。
それこそが革命の主要因だったと、私は思います。
ニコライ2世退位後、最初に権力を握ったケレンスキーの臨時政府で、ニコライ2世一家のイギリス亡命話が持ち上がるのですが、大使の打診に、イギリス政府の回答は拒否でした。これは、ロイド・ジョージ首相の意向であるとも伝えられていたのですが、実は現在、そっくりの従弟ジョージ5世が拒否したのだと、はっきりわかっております。
未曾有の総力戦で、イギリス国内にも反王室気運が強くなっていまして、専制君主として、イギリスではあまり評判の芳しくありませんでしたニコライ2世を身内として迎えますことに、ジョージ5世が多大な危惧を持った結果のようです。
しかし、アレクサンドラ王太后は、妹の救出に必死でした。
第一次世界大戦の終わりました1919年、ジョージ5世も母の願いを入れて軍艦を派遣し、マリア・フョードロヴナは説得されてロシアを脱出し、最初はイギリス、そして最終的には故国デンマークに亡命することになります。
ロシア革命の亡命者は、全部あわせますと百万をはるかに超えます。
「尼港事件とwikiと『ニコラエフスクの破壊』vol.5で」書きました皇太后マリア・フョードロヴナのように黒海経由、ペテルスブルグ生まれの日本学者セルゲイ・エリセーエフがたどったフィンランド経由が、主なヨーロッパ・ルートでして、この場合は、大方、最終目的地がフランスです。
なにしろ、貴族やインテリ層のロシア人は、フランス語が自国語のように話せました。
とはいいますものの、子供のころ、一家で黒海経由、パリに亡命し、フランスの小説家となりましたアンリ・トロワイヤの祖母はコーカサス生まれで、チェルケス語を母語とし、フランス語どころかロシア語もろくに話さなかったのだそうです。
「ドクトル・ジバゴ」のラーラは、コマロフスキーと極東へ行き、極東共和国の終焉とともにコマロフスキーはモンゴルへ逃れ、映画では、ラーラは幼い娘(ユーリの子)とモンゴルではぐれたことになっています。
モンゴルというのは、現在の内モンゴル、中東鉄路(東清鉄道)が通っています満州里なども含みますし、シベリアの農民やコサック、ブリヤートなどが、村ごと集団で亡命したケースが多かったでしょう。ボルシェビキはあらゆる宗教を弾圧しましたから、信仰のためにそうしたケースもけっこうあります。
個人ルートとしましては、コルチャーク政権の崩壊前後、そして、日本軍がシベリアから撤退し、極東共和国が崩壊しました1922年を中心としまして、主には、シベリア鉄道から中東鉄路を乗り継ぎ、鉄道付属地で、ロシア人の自治が行われていましたハルビンへ行くか、そこからさらに、天津や上海など中華民国の租界へ行くケースと、ウラジオストク経由船便、あるいは鉄道で朝鮮や日本の港に渡り、さらに上海やアメリカに渡るケースが多かったのではないでしょうか。
ボルシェヴィキの冷酷な圧政の中、多くのロシア人が祖国を離れ、他国でコミュニティを築きました。
革命前夜のロシアには、産業の拡大により、サッバ・モロゾフ、サッバ・マンモートフなどの大富豪が生まれておりましたが、ロシア帝国は彼らを、体制側に取り込むことができないでおりました。
サッバ・モロゾフの祖父は農奴で、自分と家族の自由を買い取った上で、事業の基礎を築き、次の代で繊維、工作機械、製造業などの連合企業体経営で億万長者となり、サッバはそれを受け継ぎました。
一方、サッバ・マンモートフは父親が徴税代理人で、鉄道事業を手がけて富を築き、息子のサッバがそれを拡張しました。
そのモロゾフもマンモートフも、ボリシェビキやメンシェビキ、社会革命党など、反政府勢力に莫大な資金援助をして、その活動をささえていたんです。彼らはまた、多数の芸術家たちのパトロンでもあり、マンモートフはモスクワ芸術座の財政を賄ったことで有名です。
新興ブルジョワジーの富は、変革への期待を育み、新しいロシアの文化を大きく花開かせたわけです。チェーホフやゴーリキーの脚本による演劇。リムスキー=コルサコフなどの音楽。ニジンスキーなどのバレエ。
またこの当時、ベルエポックの華やかなパリとペテルブルクは、豪華寝台車で結ばれ、富裕な人々や芸術家たちは、気軽に行き来してもおりました。
アメリカのダンサー、イサドラ・ダンカンは、ヨーロッパ公演の一環でロシアを訪れ、血の日曜日事件で虐殺された人々の葬儀を目撃しています。
そして、血の日曜日事件のよく年からは、ディアギレフを中心として、ロシア美術や音楽、そしてバレエのパリ進出が実現し、世界的に認められることともなりました。
あまり知られていませんが、ロシアやその周辺国からの亡命芸術家たちの中には、日本や、日本の支配下になった満州に住み着いた人々もいました。
バレリーナのエリアナ・パブロバ、ヴァイオリニストの小野アンナ、指揮者のエマヌエル・メッテルなど、彼、彼女たちが、日本の西洋音楽やバレエの発展に果たした役割は、はかりしれません。
まあ、ですね。
結局のところ、ありえないことなのですけれども、ペトログラードの宮殿がボルシェヴィキに襲われ、アナスタシアは逃げ延び、皇太后はパリにいて、ロシアのクラシックバレーの美しい幻影がロシアとパリを結びつける、といった、ミュージカルのファンタジー性は、ちゃんとリアリティを持った幻影となっている気がします。
で、革命の象徴としてのグレブ、ですよね。
悪魔は悪魔かもしれませんけれども、ボルシェヴィキの中の人も人間ですから、それがこの役の難しいところかなあと、思ったりします。
ところが、です。
この難しい役を真剣に演じながら、キキちゃんは一方で、日替わりアドリブを入れて笑いをとろうとしているとか、信じられません!
本日(11月19日)は、望海さん、真彩ちゃん、彩風さんをはじめ、雪組さんが観劇なさったそうで、キキちゃんは、片手で顔半分を隠し、「ファントム」のYou are musicをやっていたとか……。
見たかった!!!