諦めない教育原理

特別支援教育は教育の原点と聞いたことがあります。
その窓からどこまで見えるか…。

58 生体としてのインクルージョン#06 遊園地 (後半)

2019年12月21日 | インクルージョン
  一生懸命というより必死だった修学旅行が終わりはした。でも自宅に戻っても余韻で眠れない。

 終始表情をあまり変えなかったAくんにとって「修学旅行」とはなんだったのか。
バスの振動と慣れない場所での宿泊、まぶしい太陽の下の活動…。
そんなことは、あまり突き詰めず行事は「こなす」べきなのか…。

 そして、お母さんに再会した時のあの上気したような表情は何なのか。
不安から逃れられての安堵の表情か…。
でも最後いい表情がはっきり見られてよかったじゃないか…。

 それより今自宅にいるAくんの体調はどうなのだろう。
月曜日登校できるといいのだけど…。


 そんなことを何度も考えなら休日が過ぎ、いつもの月曜日になった。

 いつものジャージでスクールバスの到着を待っていると、遠くの角を曲がってバスが来るのが見えてきた。
Aくんを乗せた青い線の入ったバス。
 バスが目の前に近づくと、少しワクワクしている。数日前、一緒に冒険をし、寝食を共にした仲間。
「オレたち、頑張ったよな」
とか言い合いたい。


 バスが停車するとAくんの車いすをバスの近くに止めブレーキを踏んで、彼を移乗すべくバスに乗り込む。いつも一連の動作。

 前扉から中央右側の席に彼の姿が見えた。身体の緊張の強い彼はフラットに近いリクライニングシートに座っている。顔はほぼ天井に向いている。
「いたいた!」
と思いながら、いつもの感じ近づいていく。いつもよりやや速足。

 そして、その時である。いつもと違うことが起きた。
 
 彼に近づいて最初にすることは、表情を確かめることである。起きているのか寝ているのか、唇のあたりで水分は足りているのか、肌のツヤの様子で元気度を見たりする。
おはようと言って静かに横抱きにしながら、緊張の入り具合を見たりするのである。

 が、この日は、私が近づくと、
「ん?」
一生懸命を目動かし、彼の足の先の方向の私を見ようとしているのである。
「えっ!、こっちを見ている」

 それだけではなかった。

 近づく私に合わせ視線を移動させ、横にくると、興奮気味の表情で笑ったのである。
「笑った!」
Aくんが笑った。
子どものあどけなさに加え、(例えば、新幹線から降りてくる旧友が手を振って再会を喜んでいるような)感激的な笑顔にも見えた。

びっくりした。
そして直後、笑顔の意味が明確に伝わってきた。
「ボクたち、頑張ったよね」
と彼も言っているのである。

彼はすべて分かっていたのである。
バスの中で呆然としていた。

      (続く)

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