諦めない教育原理

特別支援教育は教育の原点と聞いたことがあります。
その窓からどこまで見えるか…。

258 幸福をどうするか #10 幸福学の直登

2025年01月26日 | 幸福をどうするか
雪!の天城山 伊豆最高峰 万二郎岳 1299M、隣の万三郎岳 1406M に到着、ここから縦走開始。半島にありそこそこの標高もあるので雪だけでなく、降雨量も多い山です。

「幸福学」である。
日本の幸福学の第一人者、前野隆司さんは次のように語る。

従来、幸せの研究は哲学者がやるものだとされてきました。つまり、主観的な研究だと思われていたのです。ところが、客観的かつ統計的に、科学と幸せを研究しようという機運が高まってきています。

この学問領域は2000年以降にアメリカを中心に盛んになったといっていいようである。
この新しい分野で前野さんは続けて、

このように、様々な分野からのアプローチが学問として体系化されようとしています。社会福祉の観点から、満ち足りた生活とは何かを研究する「ウェル・ビーイング」、個人や社会の繁栄つながる前向きな心の状態を模索する「ポジティブ心理学」、さらには先端の医学などが一体となって、幸福のシステムの解明にあたっています。

このように幸福を科学的に実証的に直接的に取り扱うことが、最近よく耳にするウェル・ビーイングと同調しながら注目を集めているのである。

今回のテキストは、

「幸せ」について知っておきたい5つのこと
NHK「幸福学」白熱教室 
中経出版 2014年


である。話題になったNHKのテレビ番組を下地にしている。
10年以上も前の本だが、実用書のように誰でもわかりやすい。
さっそく、「幸福学」の紹介を兼ねてこの本から抜粋していきたい。

各章にはいくつかの「Key to Happiness」というページが配されていて、そこに幸福へのキーワードが記されている。
つまり、主観的な幸福へのスイッチである。


第1章 幸福を見つける鍵

01 たとえ宝くじで大金が当たっても、あなたの幸福度は変わらない
→収入額や貯金額といった「客観的要素」で人が満たされる事はない。自分自身の心の中で「主観的」に幸福を実感しない限り、人は幸せになれない。

02 どんなに辛い出来事が起きたとしても、それがあなたを永遠に苦しめることはない
→人生の満足度や幸福度が、何らかの原因によって一時的に下がったとしても心配することはない。それは時間の経過とともに必ず元の状態に戻っていく。

03 幸せな人たちに共通する「他人との結びつき」
→コーヒー1杯買うときでさえ、「他人との交わり」は実感できる。

04 「親切」と「感謝」は幸福感をたかめるエッセンス
→他人に「親切」にし、「感謝」の気持ちを常に抱き続けることによって、人は自らの幸福を増すことができる。

05 人は目の前のことに集中することで幸せを実感できる
→スマートフォンの使用は集中を妨げ、注意力を散漫にする。その結果、人の幸福度を低下させる原因になる。

06 幸福感は「寿命を長くする力」を秘めている
→幸せの感情は、人の気持ちを一時的に良くするだけでなく、生命力を強めるなどの多くの恩恵を与えてくれる。



第2章 お金はあなたを幸せにしますか?

01 お金持ちと貧しい人を比べてみても、両者の幸福度に大きな差はない
→ある一定の収入に達すると、収入額による幸福度の高まりは頭打ちになる。それ以上の収入を得ても幸福度が比例して上昇していくことはない。

02 物を買うよりも「経験」を買った方が人は効果を感じる
→幸せを得ると言う観点からすると、家や自動車を買ったりするよりも、家族と旅行に出かけるなどの「経験」にお金を使った方がより幸福感を得ることができる。

03 幸せを大きく育てる「ご褒美」の法則
→どんなに貴重なものであっても日常化してしまうと魅力が薄れる。貴重なものとしての魅力を持続させたいのであれば、それを希少なものとして扱うと良い。そうすることで魅力が保たれる。

04 「他人のためにお金を使う」ことで、人は幸福や喜びを感じることができる
→他人に何か分け与える行為は人を幸せにする。したがって、寄付やプレゼントをすることは、幸福感を高めるためにはとても有効な手段となる。



第3章 あなたの仕事と幸せの関係

01 「ネガティブな感情」も役に立つ
→本当に幸せな人は、ポジティブな感情だけでなく、一定のネガティブな感情も抱えている。そうした現実を受け入れた上で、人生に満足できる人が真に幸せな人である。

02 住んでいる国の豊かさと幸福度は関係していない
→経済規模が大きい日本に住む人よりも、経済規模の小さいラテンアメリカの人々の方がより強く幸せを感じているという。すなわち人の幸せとは、経済規模で測れるものではないといえる。

03 仕事を「幸せ」に変えるために欠かせないもの
→仕事が人の幸福に与える影響は大きい。ただし、仕事に「地位」「名声」「金」「権力」を結びつけると、仕事から得られる幸福感は薄れていく。

04 仕事を「幸せ」に変える〝ジョブ・クラフティング“
→仕事に対する位置づけを変えたり、仕事の質や範囲、方法に工夫を加えることによって、それまでなんとなく行ってきた自分の仕事の価値を上げ、やりがいを持つことができる。

05 ポジティブな感情は人を行動的かつ友好的にし、その結果として幸福感を高めてくれる
→ポジティブな感情は人間を進化させた本能で、それによって人は前向きに生き幸福感を得ていく。幸福度が高い人は免疫機能も高く、健康状態が良いことも調査で判明している。



第4章 挫折や逆境から立ち直るためには

01 逆境や挫折を「受け入れる」効果
→人生では必ず「逆境に」陥り、「挫折」を経験する。これらから逃げるのではなく向き合うことで、困難から乗り越えるための回復力を鍛えることができる。

02 快適さの追求は、刹那的な喜びしか持たなさない
→快適さの追求には際限がなく、いつまでも満たされる事はない。つまり、「不快感」を「快適感」で打ち消そうとしても、究極的な解決には結びつかない。

03 悲しいことが起きたら、悲しむ。しかし、その中で起きる「幸せ」は逃さない
→悲しいことが起きたら、すぐに幸せになることを考えるのではなく、悲しんでみる。長期にわたって悲しみが継続する事はない。必ず幸せな出来事が起きると言うことを忘れてはいけない。

04 個々の創造性を犠牲にしがちなのが、集団主義の特徴だが、調和や協力を促すメリットもある
→日本のような集団主義の国の人たちは、個人的なポジティブ感情を強く発することは少ないが、調和や平和、絆といった規範に重きを置き、相手の感情に配慮することにたけている。



第5章 幸せを導く人間関係とは

01 人は歳を重ねるうちに精神状態が安定し、人生満足度も上がっていく
→老いていくとともに不満が多くなり、暗くなりがちだと考えがちだが、実は歳を重ねるごとにネガティブな感情は減少し、人生の満足度は上がっていくという調査の結果が出ている。

02 高齢者の人生満足度の秘訣は、長い人生経験から培った、物事に対する「受容性」
→アメリカの高齢者に比べ、日本の高齢者の満足度が低い。その原因は、家族や友人、近所の人たちとの人間関係の希薄にある。幸せな人生を送るためには、人間関係の維持が大切となる。

03 後悔から人生の「幸せ」を逆算してみる
→死を目前にした人が語る「自分の人生で後悔していること」の多くは、人との交わりについてのことがらが多い。人生を幸せに生きるには、いかに他人とのつながりを築いていくかが鍵となる。

0 4  1人の人間の幸せは、周囲の人たちに伝染する力を持っている
→昔感じた幸福感は、時間が経てもよみがえらせることができる。また、幸福には伝染する力があり、幸せな友人が周りにいると、自分にもその幸せが伝染してハッピーになれる。

05 サポートを受けることを考えるのではなく、逆にサポートすることを考える
→親密な人間関係を築いている他人が1人か2人いるだけで、充分幸せな気分になれる。



以上、なにやら先人の名言を集めたカレンダー?でも延べていようだが、いかがだっただろうか。
これまでの幸福の捉え方より直接的である。”幸福は条件論ではない”といっているような小気味よさがある。

また、この言葉が著名な人などの経験や教訓から出たものではなく、心理学が統計学の実証からのキーワードなのである。
実際個々のワードは多くの幸福学者の研究の成果らしい。
「客観的かつ統計的に、科学と幸せを研究する」(前野さん)ということが幸福学である。
次回も「幸福をどうするか」の続きをこのテキストに聞いていきたい。

《補足》
この本の著者は、エリザベス・ダンさんというカナダの大学の自己認識と幸福についての研究家と、ロバート・ビスワス=ディーナーさんというアメリカの大学で、ポジティブ心理学を研究されている方である。番組の中ではカナダやアメリカの学生に向けての5回の講義を行い幸福について考えている。本書はその時のエッセンスをまとめたもの。



《見出し画像の補足》
こんな山路を、次の目標地八丁池まで行きます。初夏にはシャクナゲが咲くことで有名ですが…。

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257 幸福をどうするか #09 お二人の話

2025年01月13日 | 幸福をどうするか
🈟 雪!の天城山   万二郎岳から天城峠までの縦走です。伊豆半島らしからぬ雪景色の中で幻想的な山歩きに。

子どもの幸福について、大人ができることは何だろう。
統計とは別種の「幸福観」である。


河合隼雄さんの話
イタリアの民話を紹介する。

ある王様の一粒種の王子は、いつも満たされぬ心をかかえて、一日中ぼんやりと遠くを見つめていた。王様は息子のためにいろんなことをしてみたが駄目だった。王様は学者たちに相談した。学者たちは「完全に満ち足りた心の男を探し出して、その男のシャツと王子様のシャツを取りかえるとよろしい」と忠告してくれた。
王様はお触れを出して、「心の満ち足りた男」を探させた。そこへ一人の神父が連れて来られ、「心が満ち足りている」と言った。王様は「そういうことなら大司教にしてやろう」と言うと、神父は「ああ、願ってもないことです」と喜んだので、王様は「今よりもよくなりたがるような人間は満ち足りていない」と、追い払ってしまった。王様もなかなかの知恵ものである。
つぎに近くの国の王様が「まったく満ち足りた」生活をしている、というので、使節を送った。ところがその王様は「わたしの身に欠けるものは何一つない。それなのにすべてのものを残して死なねばならぬとは残念で夜も眠れない」と言うので、これも駄目ということになる。
王様はある日、狩りに出かけ、野原で歌を歌っている男の声があまりに満ち足りていたので話しかけてみる。王様が都会へ来ると厚くもてなすぞ、などと言うが、若者は「今のままで結構です。今のままで満足です」と言う。王様は大喜びだ。ついに目指す男を見つけたので、これで王子も助かると思い、若者のシャツを脱がせようとしたが、「王様の手が止まって、力なく両腕を垂れた。男はシャツを着ていなかった」。
これでお話は終わりである。

男のシャツを譲りうけようとしても駄目だったことは、ほんとうに「満ち足りた生き方」などというのは他人からの借りもので、できるはずがないことを示していると思われる。


                             『河合隼雄の幸福論』

養老孟司さんの話

子どもが生まれてくると改めてわかることがあります。子どもは何かの目的を持って生まれてきたわけではないのです。自分の一生もそうで、何らかの目的のために生きてきたわけではない。我々は働きアリでも働きバチでもない。一人ひとりの一生は何だかわからない、理由などよくわからない一生です。子どもだって将来どうなるかわかるはずがありません。そういう当たり前のことが、都市の中に暮らしているとわからなくなる。そして、すべてを現在化してしまうのです。
私が言いたいのは、すべてが予定の中に組み込まれていったときに、いったい誰が割を食うのかということです。それはもう間違いなく子どもなのです。なぜなら、子どもというのは何にも持っていないからです。知識もない、経験もない、お金もない、力もない、体力もない。何もない。それでは子どもが持っている財産とは何か。それこそが、一切何も決まっていない未来、漠然とした未来なのです。

その子にとって未来がよくなるか悪くなるか、それはわかりません。ともかく彼らが持っているのは、何も決まっていないという、まさにそのことなのです。私はそれらを「かけがえのない未来」と呼びます。だから、予定を決めれば決めるほど、子どもの財産である未来は確実に減ってしまうのです。私たちは、先のことを決めなければ、一切動かないと言う困った癖がついてしまいました。

                            『かけがえのないもの』

河合隼雄さん

「子どもの幸福」の1番大切な事は、子ども自身がそれを獲得するものだ、ということである。とはいっても、それを「見守る」事は、何やかやと子どものために、おせっかい焼きをするよりも、はるかに心のエネルギーのいるものである。

                             (前掲書)

養老孟司さん

時折「幸せとは何か」と言うようなことを聞かれることがあります。
私はいつもこんなふうに答えます。
「考えたことありません。」
またしても怒られそうですが、喧嘩を売っているわけではありません。
何かが起きた後に、思いがけず感じるものが幸せなのです。
あらかじめわかっているようなこと、「幸せとはこういうものだ」と定義できるようなものは幸せではないと思うのです。
私の例で言えば取れるはずがないと思っている虫が思いがけず取れたということが幸せです。
思いがけないものです。
「思いがけた」幸せなんてないような気がします。

                              『養老訓』


幸福は「受け渡せないシャツ」だし、「思いがけないもの」だという。
人生の北極星のようなものでありながら、はっきりとは見えない。

次回から幸福学に学んでいく。
幸福を誰もが享受できるようにしたい、というのか幸福学である。
ほとんど条件論をはさまないで幸福山を直接登るのである。

《見出し写真の補足》
JR伊東駅からバスで登山口まで行きます。





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256 幸福をどうするか #08 統計の輪郭(Unicefの主旨)

2025年01月05日 | 幸福をどうするか
晩秋の日光白根山🈡 中禅寺湖の先の奥日光はここ金精峠を越えで上越側へ古道が続いています。現在はトンネルができてひっそりしています。

nicefのレポートではこれまで見てきたように、子どもたちの幸福を多層・多面的に考える新しいモデルで検証している。
今回はその総評である。
それは、このレポート(PDF)の冒頭にまとまっており、Unicefの研究機関でるイノチェンティ研究所のアナ・グロマダという方が担当され、それをフォローする形で評論家の尾木直樹さんと、東京都立大学人文社会学部教授 兼 子ども・若者貧困研究センター長の阿部 彩という方が、そのお立場からのさらに掘り下げた分析、評価をされている。
この統計調査見えることのまとめを参照しよう。

イノチェンティ レポート 16
子どもたちに影響する世界:
先進国の子どもの幸福度を形作るものは何か

https://www.unicef.or.jp/library/pdf/labo_rc16j.pdf

【解説】日本の子どもに関する結果第5章



まとめ(解説)をさらに端的にまとめるてみる。



第1の円 日本の子どもの幸福度
ここで指摘されていうのは、両極端(パラドクス)である。
身体的健康は 1 位でありながら、精神的幸福度は 37 位という最下位に近い結果である。
また、スキルは、27位で、うち「すぐに友達ができる」かとの問い答えた子どもの割合30%は世界のワースト2位だ。
このとこについて尾木直樹さんは、学力指標だけで振り分けられる競争原理に基づく一斉主義により序列化を懸念し、これが自己肯定感へつながっていないことを指摘している。一方、日本の子どもは友だちづくりにナーバスになっているのである。友だちがあることは幸福の大きな条件であるともいえる。


第2の円 子どもの世界
ここでは、日本の比較データがないが、外遊びと幸福度との相関が思いのほか強かった。
「子どものあたりまえの活動である遊びをどう位置 づけるのか、ということでもあると思います。」とあるように、学校教育の比重が高まるにつれて、またオーバーロード(学習の過重負荷)によって、子ども幸福を担保する遊びが追いやられるのは避けなければならい。

そして、いじめは急速に幸福度を下げることも万国共通であり、逆に学校への帰属意識は幸福度(生活満足度)をあげる。序列主義ではあっても学校が平和で活躍できる場が多様であること改めて確認できる。


第3の円 子どもを取り巻く世界
身近な存在はつまり家族であり、その家族は特に日本では保護者のワークライフバランスが難しく、それが子ども生活の質に影響している。また、地域に十分な遊び場があること、家に本があること幸福への要件である。


第4の円 より大きな世界
失業率、ニート率が低いのに、ワークライフバランスが難しく、子ども貧困率が低くない。
子どもの貧困は、子どもの幸福度の結果に影響するため重要。
その上、日本は、大人にとても 困った時に頼れる人の少ない国の一つである。このような社会実相は直接、間接的に子どもの幸福度に影響していると言える。




以上、キーワードを強調しながらまとめみたが、ここには世界統計の限界もある。
「日本の子ども場合」と言ったとき、いったいどの地域の、どの年齢層なのか、男女別もあるだろう。そこをもっと突き詰めるのは各国の課題である。東京都の例を示しながら阿部 彩さんは次のようにまとめているのは興味深い。

中学 2 年生において、「楽しみにしている ことがたくさんある」「生きていても仕方がないと思う」「何をしても楽しい」など答えた割合は、家庭の経済状況によっ て格差があることが報告されています。また、いじめに遭う確率も、経済状況と関係していることがわかってきました。

社交的で、たくさんの友人にいつも囲まれていない子どもが悪いということではありません。人によって は、シャイであったり、一人でいるのが好きな子もいるでしょう。しかし、どのような性格の子どもであっても、周りから偏見の目で見られることがなく、友だちをつくろうと思ったら、すぐできる、という環境があるのか、ないのか、それが問われていると思います。

親のワーク・ライフ・バランスの重要性が指摘され、指標としては、「母親・父親に認められる育児休業の週数合計」が提示されています。日本は上から5 番目ですが、多くの人がご存じのように父親の育児休業取得率はやっと 6%(平成 30 年度)です)。つまり、「認められる」 育児休業週数は多くても、実際に「取得」されているものはごく僅かです。

日本の子どもの幸福度を上げるために、必要なのは、最も幸福度が低い状況に置かれている格差の底辺にいる子どもたちとその家族の状況を改善することです。いじめに遭いやすい貧困世帯の子どもや、ワーク・ライフ・バランス など考えることもできない非正規労働の保護者、子どもを保育所に預けることもできない家庭。一番底辺の人々の状況を改善し、格差を縮小することで、「すぐに友達ができる」子ども、困った時に頼れる人がいる大人、そして、生活に満足する子ども・大人が増えるのではないでしょうか。


各論に落とし込むほど、子どもの幸福論は課題意識とともに現実論になる。

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