諦めない教育原理

特別支援教育は教育の原点と聞いたことがあります。
その窓からどこまで見えるか…。

255 幸福をどうするか #07 統計の輪郭(Unicefの大きな世界として)

2024年12月29日 | 幸福をどうするか
晩秋の日光白根山 再び外輪山に登ると、東方向に男体山、女峰山、太郎山のご家族、火山の土壌で植生が限られていて紅葉が見事

引き続きUnicefのレポートを読んでいきたい。
子どもの幸福度は子ども自身の中の内在するのだが、それは国の状況や取り組みとどの程度関係があるか。
前回の「子どもを取巻く世界」からもっと拡げて「より大きな世界」という章を見ていく。
Unicefは子ども幸福と関係が深い(と思われる)事象を大きな世界の中から取り上げる。


イノチェンティ レポート 16
子どもたちに影響する世界

先進国の子どもの幸福度を形作るものは何か
https://www.unicef.or.jp/library/pdf/labo_rc16j.pdf

第5章 より大きな世界



大きな世界は取り上げる事象も幅広い。ブログとして重くなりすぎるので、事象ごとのポイントをまとめたい。
適宜、本資料を見てください。

図 24:母親および父親に認められる育児休業週数(2018 年、給与と同等の給付換算)
《Unicefのまとめ》父親に割り当てられている育児休業期間は全体の 10 分の 1

 世界各国では現在でも父親に対する育児休業があまりみとめられていないようである。その中で日本は「母親が取得できる育児休業」が 「父親に割り当てられている育児休業」とか制度的にかなり平等に位置づけられてきている。休業中の給与額も高水準である。
実際の父親がどの程度この制度を利用するかは別問題だが、子育て支援の仕組みとして優れている。

図 25:世帯所得が中央値の 60% に満たない世帯に暮らす子どもの割合(2008 年、2014 年、2018 年)
《Unicefのまとめ》半数近くの国で、5 人に 1 人以上の子どもが貧困状態で暮らしている

日本の感覚でいうと、1世帯の収入の平均が500万円だとして、300万円未満の世帯で暮らす子どもの割合である。
トルコが33%であり、アイスランドは10%の間にあって日本も18.8%でありけして低い水準ではない。「貧困家庭の子どもは、認知的・社会情緒的な発達がよ り低く、成人後も健康状態がより悪い傾向がある」と指摘があるように、子どもたちの直接の幸福感にも関係がつよいと思われる。
また、レポートではこの貧困家庭の率が、単に格差を表しているとは言えないといい、
「この指標は、税と所 得移転の制度が、子どものいる世帯が 貧困に陥ることを防止することにどの程度有効であるかを示している」という。
行政の手腕が試されるところともいえるのだろう。

図 26:現金給付、サービス、税の優遇措置を通した家族向け公的支出(2015 年)
《Unicefのまとめ》先進国の家族関係支出は平均で国内総生産(GDP)の 2.4% -うち半分がサービス

家族支援への公的出動の割合である。つまり所得格差是正のための公的な対応であるが、日本は36か国中29位である。図25とも兼ね合いで考えると18.8%の貧困世帯のためにもう少し増額できないものかと思うが、どうだろう。しかもその3割以上が現物支給である。
だだしGDP比であるため、絶対額とは異なることに留意したい。

図 27:家庭の貧困状態の推移と 14 歳時点の結果:語彙力、肥満、うつ状態(英国)
《Unicefのまとめ》継続的な貧困が子どもの成長を阻害

結論として、「最貧困グループの子どもは最富 裕グループの子どもよりも語彙力が低い確率が 2.6 倍、肥 満である確率が 1.8 倍であることが分かった。所得とうつ 状態に関してはそこまで明確な繋がりは認められなかった」としている。
「2000 年代前半に生まれた数千人の子どもを 20 年近くにわたって追跡した英国の調査データを利用した」ものであり、「貧困とは、単に経済的に困窮していることを意味するもの ではない。貧困は子どもたちの生活のその他の面にも波及するものである」とレポートはいう。

図 28:小学校に入学する年齢より 1 年前の時点で体系的な学習に参加している子どもの割合
《Unicefのまとめ》就学前に体系的な学習に参加したことがある子どもの割合は?

小学校に入学する年齢より 1 年前の時点で体系的な学習に参加している子どもの割合である。率直に言って各国の幼児教育の整備は進んでいることにおどろく、待機児童が問題になり始めた2013年の日本は91.1%。41か国中、35位である。「保育の歩(ほ)」で各国の保育政策の進展状況を見てきたがそれを反映したものともいえる。
現在日本は「率」は向上したものの「質」をどうするかに焦点が移ってきているのは以前のレポートの通り。


図 29:欧州諸国における保育ニーズが満たされない 3 歳未満の子どもの保護者の割合
《Unicefのまとめ》欧州の 22 カ国において 10 人中 1 人の保護者は保育ニーズが満たされていない

保育所へ不満ではなく、費用負担であることに留意したい。
質の向上にはコストがかかり、そこまで公的な負担はできないとなると利用者負担となるのだろう。日本のデータはない。

図 30:就学前教育・保育参加率および費用負担感に照らした保育満足度
《Unicefのまとめ》保育満足度が高い国は就学前教育・保育参加率が高く、負担可能な費用

「国レベルでは、就学前教育・保育参加 率はサービス満足度と正の相関関係に ある(図 30 参照)。これは、就学前 教育・保育サービスを肯定的に捉えている保護者の方がサービスを利用する可能性が高いからとも言える。」

図 31:就業、就労、職業訓練のいずれも行っていない 15 ~ 19 歳の若者(ニート)の割合
《Unicefのまとめ》5 カ国において 10 人に 1 人以上の若者が就業も就労もしていない

大人に近い年齢層だから幸福度と直接かかわる調査である。
2010年のデータと2018年のデータで大きな違いが各国で見られるから主に社会因子が強いのだろうが、地域性や個人や家庭によることもあるだとう。
日本のデータなく残念だが、次の調査が参考になる。
厚生労働省データ:未就職卒業者数の推移
(調査した年齢層に違いがあり、比較しにくい。ネットで検索すると日本のニート率は2.4%と出てくる。調査の国の平均6%より低い)

そして、Unicefは子どもの衛生、子ども世代を取巻く社会の現状に目をむける。

図 32:はしかワクチンの 2 回目を接種した子どもの割合
《Unicefのまとめ》はしか予防接種率は 2010 年から 2018 年にかけて 14 カ国で低下

 はしかの予防接種は次のような意味があるという。「予防接種率は、子どもの予防保健サービスの利用可能性と費用負担可能性を測る指標として一般的に使われている。しかしながら、反ワクチン運動の高まりもあり、一部の予防接種率は公衆衛生に関するコミュニケーションの有効性を測る指標にもなってきている。予防接種率を見れば、予防接種に
関する情報が一般の人々に十分に伝わっているか、間違った情報によって子どもがリスクにさらされていないかが分かる。また、はしかの 10 件に 1件は海外渡航中に感染するか、国内で他国からの来訪者との接触で感染している 。これは、はしかという予防可能な病気から子どもたちを守るには国レベルの予防接種率が高いだけでは不十分であり、国境を越えた協力が重要であることを示唆している」日本の93%はどういう経緯かはわかない。

図 33:全出生数中の 2,500 グラム未満の低出生体重児の割合
《Unicefのまとめ》先進国で生まれる 15 人に 1 人は低出生体重児

日本はこの割合が高い(9.4% 世界平均が6.7%)。一義的には周産期医療の高度化の成果を感じるのだが、この統計の意図は、「妊娠中に利用できるサービスの質を測る指標として用いられ、」「また、母親の健康、年齢、栄養、妊娠中の薬物などの物質使用にも関係するとされている」という。また、低出生体重児の成長・発達に対する懸念が高いことにもつながる。子ども幸福度としてこのテーマを取り上げる真意がわかりにくい。

図 34:2007 と 2019 年の失業率
《Unicefのまとめ》失業率がリーマンショック前の水準以下に改善していない国も
日本の失業率は極めて低い

図 35:国民所得と所得格差
《Unicefのまとめ》格差と所得の間にトレードオフの関係は存在しない
「総所得が上がるためには格差は仕方がない」ということではないというのがこの図である。日本は両方の尺度の中間にある。

図 36:出生 1,000 人当たりの乳児死亡率と国民所得および所得格差の関係
《Unicefのまとめ》乳児死亡率は国民所得よりも所得格差に関連している

日本は所得や格差を超えて乳児死亡率が最低水準。すごい。
逆に所得格差との相関が明らかな場合は保健医療制度に限界があるのだろう。

図 37:子どもの死亡率と国民総所得および所得格差
《Unicefのまとめ》子どもの死亡率は所得格差と国民所得が同様に大きく関連している

これはもっと露骨な結果となっている。
1,000人あたりの5 ~ 14 歳の子どもの死亡率(死因は問わない)が見事に経済状態と所得の格差とに沿っている。日本は、0.8人と低い。

図 38:困ったときに頼れる人がいる人の割合
《Unicefのまとめ》ほとんどの国において、おとなの 20 人に 1 人以上が頼れる人が誰もいない

全世界で無縁社会化しているのだろうか。「誰もない」という人と子育て支援者の不足とかいっそう孤独な現代を感じさせる。日本も100人中11人が「誰も頼れない」状態にある。データが10年以上も前のもので現在はどうなのだろう。

治安について、
図 39:2010 年および 2017 年の殺人による死亡率(人口 10 万人当たり)
《Unicefのまとめ》殺人による死亡率は 24 カ国において低下しているが、メキシコと米国は高水準で増加傾向にある

当然傷害事件も少ないわけだから、日本は得がたい幸福をすでに得ている。

環境について
図 40:2010 年および 2017 年の各国の PM2.5 年間平均濃度(µ/m3 )
《Unicefのまとめ》高いレベルの大気汚染によって子どもの健康が脅かされている

図 41:安全に管理された水が利用できる人の割合(2017 年)と住んでいる地域の水質に満足している人の割合
《Unicefのまとめ》ほとんどの先進国において、10 人に 1 人以上が住んでいる地域の水質に満足していない

日本では幸福と結び付けて意識されることが少ないが、関係者の努力によって維持されている分野である。
これも安心の根源であって幸福度と強くつながっている。

そして、
図 44 子どもの幸福度のための条件(政策と状況)総合順位表
これは図を引用しておく。



わかりやすく日本の子どもの幸福にかかわる「政策と状況」は41か国17位である。
さて、これらの統計をどう子どもに生かすべきなのか。次回まとめていきてい。

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254 幸福をどうするか #06 統計の輪郭(Unicefの諸環境)

2024年12月22日 | 幸福をどうするか
晩秋の日光白根山  溶岩ドームの頂上から見下ろすと、「カルデラ湖」五色沼が水をたたえています。

引き続きUnicefのレポートを読んでいきたい。
子どもの幸福度は子ども自身に内在するのだが、それは当然子どもを取巻く環境によるものも大きい。
前回の「子ども世界」の枠を拡げ、今回は「子どもを取巻く世界」へと移る。
子どもの幸福度と相関性の高い諸関係をUnicefは特定していく。

イノチェンティ レポート 16
子どもたちに影響する世界:
先進国の子どもの幸福度を形作るものは何か

先進国の子どもの幸福度を形作るものは何か
https://www.unicef.or.jp/library/pdf/labo_rc16j.pdf


第4章 子どもを取巻く世界



はじめにUnicefは保護者の立場を取り上げる。
図 19:家族、友人、サービス提供者の支援が得られる保護者の割合(資料参照)

では、日本のデータはないのだが、各国での状況はほぼ共通して、
 家族…約80%、友人…10%、サービス提供者…5%未満、誰もいない…5%前後
ということになる。子どもを養育する保護者は家族や友人によって支えられているのである。
それにしても、「誰もいない」や「サービス提供者」の率が低い国、友人によるサポートが得られやすいオランダ、トルコ、ドイツなども含めてこれらの国は地域社会が充実しているといえるのだろう。日本の統計が気になるところ。

次のその家族の置かれていいる状況を次の調査で象徴させている。

図 20:欧州諸国における仕事と家庭のバランスに苦労する労働者の割合と平均労働時間





保護者を支援するべき家族(保護者自身も含めて)の「家族の責務を果たすことに苦労している割合」は、明確に「本業の週平均労働時間」に比例しているのである。
これも当然であり、データのない日本においても同様であろう。レポートでも「非自発的失業により働いていないこと は経済的にも社会的にも損失だが、幸福度の観点からは働き過ぎも同様に問題である。働き過ぎは個人にとっても その周囲の人間関係にとっても有害な ものとなり得る。」と指摘する。

つづいて学習環境として、家庭に所有している本と読解力と数学のリテラシーとの相関を見る。

図 22:読解力および数学的リテラシーが基礎的習熟レベルに達している 15 歳の子どもの割合と家庭における勉強に役立つ本の有無



これも相関がみられる。「勉強に役立つ本が家にある」場合とない場合と相関がない国は1か国もない。
このことは本だけに及ばない。同じ傾向は家庭によって他の学習環境のにも共通する。
コンピュー タを所有しているか、自分専用の部屋があるかなど、その子ども個人の資源 を意味することもあれば、自家用車があるか、休暇を楽しむ経済的余裕があるかなど、より広く家族全体の資源を意味することもある。
そしてもちろん、
資源の不足はさまざまな経路を経て子どもに影響を与える可能性があり、例えば家庭の貧困状態は、入手できる食品の種類や運動 のパターンなど、さまざまな要因が働いて高い過体重・肥満率に繋がっていることが研究で示されている。
ということにもなる。

そして、地域の環境として「地域に十分な遊び場がある」と回答した子どもの割合を調査している。レポートでは「地域に十分な遊び場がある子どもの方が幸せ」としているが、この調査では幸福感との相関は顕著ではない。
ただ、日本のデータがなく残念だが、屋外遊びと幸福度が関係していることからして、遊び場の確保は環境として重要というのは当たり前である。

この章では、子どもを取巻く世界として、家族、家庭の教育環境、学校、地域を見てきた。
子どもを育む保護者や家族自身の幸福度が上がることが子どもの幸福度を上げるのは当然である。だとするとその家族に身近な仕事や学校との付き合い、地域の豊かな環境や人間関係が重要なことが改めて確認できる。

果たしてそれが政策のレベルでどこかまで達成できていて、課題は何なのか、次回は「より大きな世界」から考える。


《見だし写真の補足》
五色沼の沼畔?まで降りてドームを見え上げてみました。火山ならでは不思議な雰囲気



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253 ピン留めした「第九」の解説

2024年12月15日 | エンタメ
晩秋の日光白根山 ドームをよじ登ると秋の空気に映える大展望 遠くに富士山(標識の左上)

大掃除の傍ら、昔のプログラムや録画した画像を整理していると「第9」の資料がたくさんあることに気づいた。毎年感心をもっているとこんなことになるらしい。そういえば今年も年の瀬である。
そんな気がかりで、印象に残る指揮者のコメントを紹介したい。鑑賞の参考になれば幸いです。
NHK交響楽団のプログラムや録画からの抜粋

2011年 スクロヴァチェフスキ

歌詞がなくても音楽のメッセージが伝わる

第九」の素晴らしいところは、ただ曲想や響きが完璧で美しいことだけではなく、例え合唱や「歓喜に寄せて」の歌詞がなくても音楽のメッセージが伝わることです。
それはこの世ではないどこかに存在する抽象的で、完全な美そのものなのです。
「第九」は私たちの活力の源だと信じています。
この音楽のおかげで私たちは希望を持って人生を歩めるのです。
3月日本は大きな災害に襲われました。
そんな時こそ芸術、特に音楽は人の心を癒してくれます。
苦しむ人々に希望と再び立ち上がる力を与えてくれるのです。

2013年 ノリントン

インプットとアウトプットは演奏の両輪

「第九」の場合は、さて、どうなるでしょう。従来の演奏と大きく異なるのは、おそらく第3楽章でしょうね。本当に美しい音楽ですが、本来はそれほどゆっくりしたテンポで演奏されないのです。そう考えると、全4楽章の平均的な演奏時間が75分位だとして、私の「第9」はせいぜい65分といったところでしょう。
こうした演奏するにあたっては、正確な情報のインプットが何よりも大切です。おいしい料理を作るためには、材料が良質でなくてはいけません。音楽の場合は、当時の演奏がどういったものなのか、ベートーベンの意図を理解して、それに近づけるにはどうしたらいいか、といったことが重要な課題なのです。オーケストラや合唱団の楽器の配置、テンポや音の長さ、フレージング、アーティキュレーションといった情報が正しくインプットされているからこそ、良い演奏を実現できるでしょう。
こうした確信の上で、アウトプットについても気を配らなくてはなりません。お客様へ演奏を披露する際に、ある程度自由さを持って生き生きとした音楽になるよう心がけるのです。フレージングに少しだけ遊び心を反映させたり、ドラマ性を高めたりするようなそういう風があれば、聴衆にアピールすることができるでしょう。ベートーベンが即興演奏の名手であることを、もう一度思い出してみてください。インプットとアウトプットは演奏の両輪だといえます。決して相反するものではありません。

2016年 ブロムシュテッド

ベートーベンは幸福を切望し、次から次へと悲劇に見舞われたとしても幸せになる事はできると言う理念を、音楽を通して示したかったのです。

第一楽章は想像する喜びを表現していると言えるでしょう。地球創造のような神秘的な始まり。第一主題の決然とした音型は、ベートーベンにとっては神を象徴しているのだと思います。一方、第二主題は人間にあふれています。神を象徴する主題と、人間的な主題との対比と言うアイディアを使って、大きな建造物を建造するがごとくに作曲しているのです。
第二楽章は冒頭からドラマチックです。ベートーベンは意図的に、弾けるばかりの喜びを書きたかったのです。中間部はがらりと変わって、とてもなめらかで美しい半狂乱の喜びと穏やかな喜び、素晴らしいコントラストです。
第3楽章は歌心に溢れ、叙情的かつ心安らぐ楽章です。第一楽章、冒頭と同じ音程を使用しています。つまり、同じレンガを使って全く違う建造物を構築しています。第3楽章のエンディングは本当に穏やか、誰もが求める安らぎ、心の平和を得るのです。
(第4楽章)しかし、直後におぞましい不協和音が来ます。人生には過酷なことが起こると言うことを鮮明に思い出させるんです。しばらくすると、意外なことに、とても美しい、心和メロディーが聞こえてきます。やがて、バリトンの独唱が始まり、「私はこんな音楽を聴きたくは無い。もっと美しい、幸せな音楽が聞きたいのだ」と歌います。ベートーベン自身による歌詞です。この終楽章においても、ベートーベンは神を象徴する主題と人間を表す主題を組み合わせています。フィナーレではオーケストラが非常に早いテンポで、人間の主題を奏で、合唱が神の主題を歌い上げるのです。つまり、神と人間の共存が可能であると、ベートーベンは考え、音楽で見事に表しています。耳の不自由な天才音楽家の構造物です。ベートーベンは幸福を切望し、次から次へと悲劇に見舞われたとしても幸せになる事はできると言う理念を、音楽を通して示したかったのです。


2015年 パーヴォ・ヤルヴィ

ベートーベンの第九交響曲の捉え方に関しては、意見がかなり分かれています。
1つの見解として、第9は古典派からドイツロマン派への架け橋であると言う至って正当な見方があります。一方、ドイツロマン派と呼ばれるようになる様式には至っていないと言う味方もあります。私自身は真実は2つの考え方の間にあると考えています。私はクリアにかつ神秘的に演奏するべきだと考えています。ベートーベンらしい古典的なスタイルを取りながら同時に神秘性も追求したい。それでいて冷たい感じにならず、想像力をかき立てるような音楽にしていのです。
ベートーヴェン自身が記したメトロノーム記号は重要です。とにかく早いのです。これまではベートーベンのメトロノームが壊れていて、仕組みもよくわからず、既に耳が聞こえなくなっていたベートーベンは客観的にテンポを捉えることができなかったと考えられてきました。しかしそんな事はあり得ません。耳は不自由だったかもしれませんが、頭脳は明晰でした。ベートーベンが晩年にメトロノーム記号を記入したのは、自分の意思を後世に伝え、できるだけ正しいテンポで演奏してもらいたいと言う思いがあったからです。ですから、譜面が最優先なのです。文字通り熟読しなければなりません。
第3楽章はその後うつ出されるドイツロマン派の偉大なアダージョ作品の源となりました。19世紀末から20世紀の指揮者たちは、ワーグナーを始めとするドイツロマン派の壮大な作品に慣れていたので、ベートーベンの音楽にもワーグナー的なやり方を持ち込んでしまう傾向がありました。しかしワーグナーが活躍したのはベートーベンがなくなった後だと言うことを忘れてはなりません。ベートーベンはワーグナーの音楽を全く知らなかったのです。従来のたっぷりとしたワーグナー的なアプローチは、私はちょっと違うと考えています。
(第4楽章)第九のメッセージは、時代を超えて私たちの心に響きます。今の世界情勢とベートーベンの時代と比較すると、人間は過去からあまり学んでいないのではないかと思ってしまいます。人はずっと同じような過ちを繰り返しているのです。人は皆兄弟となると言う第9の歌詞には心から共感を覚えます。兄弟愛と平和へのメッセージが今ほど大切だった事はありません。正反対のものをいかに融合させるかこれは永遠の課題です。200年近くも前に書かれたこの作品が現代を生きる私たちの心にこれほどまでに強い共感を抱かせると言うのは考えてみると怖いくらいです。


200年近くも前に書かれたこの作品が現代を生きる私たちの心にこれほどまでに強い共感を抱かせると言うのは考えてみると怖いくらいです。



《見出し写真の補足》
お隣の男体山から見えた5月の日光白根山です。麓の草原が戦場ヶ原




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252 幸福をどうするか #05 統計の輪郭(Unicefの家族や友達)

2024年12月08日 | 幸福をどうするか
晩秋 日光白根山   忽然と表れたカルデラ湖と大きな溶岩ドーム。この上が頂上らしい

前々回から国内の統計、そして世界幸福度ランキングの統計を見てきた。
さすがに規模の大きな調査による統計で幸福という私的なことを浮かび上がらせるのに手が届きにくい面を感じた。
しかし、こうした統計は、各国の各地域の人々の公共的福祉を改善することが主たる目的であり、それはその意味では大変有効なものである。
ところが、である。これから見ていくユニセフのレポートではもっとリアリティがある。
読み取ろうとするとリアルに子どもたちの一人ひとりが想起させる優れたものである。

イノチェンティ レポート 16
子どもたちに影響する世界:
先進国の子どもの幸福度を形作るものは何か

https://www.unicef.or.jp/library/pdf/labo_rc16j.pdf


第3章 子ども世界

前回は子どもたちの幸福感について、その実感を「結論」としてレポートした部分を見てきた。



今回はその外側の円として描かれる部分、つまり子どもの幸福の実感と密接する「行動」と「人間関係」とを見ていく。
子どもの幸福度を形成するものは何なのか、無数にあると思われる因子のうちこのレポートが何に注目していくのだろうか。

図:あまり外で遊ばない子どもと毎日外で遊ぶ子どもの平均幸福度



まずUnicefが注目したのが、子ども外遊びと幸福度との兼ね合いである。
日本のデータがなく、主に欧州諸国のデータだが、顕著な結果がみられる。
頻繁に外で遊ぶ子どもの方が、自分が幸せであると感じるのである。
注目したいのは、15か国の外遊びが多い子が「私の幸福度90点」以上なのである。
ギリシャやマルタでは97点!というのである。
あまり外で遊ばない子が80点程度であることをみると、圧倒的に外遊びと幸福度との相関がつよい。

野山で探検ごっこをしているのかもしれない、公園の遊具で遊んでいるのかもしれない、
いつもの集まる広場で鬼ごっこをしているのかもしれない、ストリートサッカーなのかもしれない、スケートボードなのかもしれい、昆虫や植物の採取なのかもしれない。
いずれにしても大人に干渉されない自分たちの世界を楽しんでいるに違いなく、そこに幸福度は高まるということであろう。

ところで、この中には室内遊びが含まれていないのはなぜだろう。これもまた特徴といえる。

図:9~16歳の一日当たりのインターネット平均利用時間(分)



対して、休日のインターネットの利用の時間の増加がある。「積極的にインターネットを利用している子」に特化した調査だが、予想どおりの結果でどの国でも(これも欧州諸国限定だが)10年前から1.5倍、休日に3時間もネット利用している。室内遊びの増加をインターネットが促進させているうように感じるし、学校でもネット環境が整えてこれを推奨している面がある。こうしたインターネット使用を含めて画面(テレビやゲームも含まれる)と対峙する時間を「スクリーンタイム」というらしいが、これと幸福度との関係がわかるのが次の調査である。

図:8種類の行動と若者の精神的幸福度の繋がり



8種類の行動のうち、精神的幸福度に一番マイナスなので「いじめられる」で、これが圧倒的である。そして、スクリーンタイムはやはりマイナスであるが、それほど顕著でないことがわかる。それにしてもプラスなのはすべて健康にかかわることだ。「自転車に乗る」が2番手なのは外遊びの代表として納得できる。(ただし、英国限定の調査のようだ)

つづいて、調査は「人間関係」に移る。

図:15歳の子どもの家族関係の質の違いと情緒的幸福度



これも欧州中心の統計であるが、家族関係と幸福度との普遍性がわかる。
情緒的幸福度は、気分の落ち込む頻度、苛立ったり不機嫌になったりする頻度、不安を覚える頻度、不眠の頻度の4つの質問での測定で、家族関係は、家族は本当に自分を助けようとしてくれる、必要とする精神的な支援やサポートを家族から得ている、家族に自分の問題を話すことができる、家族はすすんで意思決定の手助けをしてくれる、という4つの項目を平均して指標を作成したものという。
家庭環境に恵まれない子どもの孤独感が浮き彫りになっているようだ。
改めて、子どもの一番身近な人間関係は家族なのであり、幸福度にも直結する。

図:15歳の子どものいじめの頻度と生活満足



人間関係で幸福度を引き下げるのはいじめであることを示している。
この統計には日本を含めた欧州以外の国も調査されているようで、いじめは普遍的に議論の余地なく解消されるべきである。それにしても日本の低迷がさみしい。

人間関係の最後が学校である。

図:学校への帰属意識が高い子どもを低い子ども(15歳)の学力と生活満足度の差



これも興味深いデータである。
左が、学校が好きな子とあまり好きでない子での学力差(数学と読解力)で、右は、学校が好きな子とあまり好きでない子の幸福度(生活満足度)である。
学力の方ではどの国もあまり学校が好きでもない子がよく健闘していると言えるのではなか。現在の学校には満足していなが、未来に向けて努力している子もあるだろうし、逆に学校が居場所として機能しているが、学力は高くない子もあるだろう。
いずれにしてもそれぞれの学校の教師の頑張りが伺える。

一方、生活満足度でいうと開きが大きくなる。学校が好きな子の方が圧倒的に生活満足度が高い。学校の”主人公”になっていく実感を持てるか否かが重要である。
また、ここでも日本の低調が気になる。特に学校があまり好きでない子(学校への帰属意識が低い子ども)の生活満足度40%というのは世界のワースト1位である。だだし、日本の15歳は日々進路関係で悩んでいる時期である。

ここまで、第3章 子ども世界を見てきたわけだが、子ども活動も人間関係も社会とのかかわりの中にある。教育という枠ぐみだけでなく、より福祉的な視点が必要なことがわかる。

阿部 彩さん(東京都立大学 人文社会学部 教授 兼 子ども・若者貧困研究センター長)はレポートの中でこう解説している。

日本の子どもの幸福度を上げるために、必要なのは、最も幸福度が低い状況に置かれている格差の底辺にいる子どもたちとその家族の状況を改善することです。いじめに遭いやすい貧困世帯の子どもや、ワーク・ライフ・バランスなど考えることもできない非正規労働の保護者、子どもを保育所に預けることもできない家庭。一番底辺の人々の状況を改善し、格差を縮小することで、「すぐに友達ができる」子ども、困った時に頼れる人がいる大人、そして、生活に満足する子ども・大人が増えるのではないでしょうか。

次回は「子どもを取巻く世界」で地域が育む力について考えてたい。





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