塔ノ岳も古くは修験の山だったらしいです。山小屋も尊仏山荘といいます。
こんな例えが適切だかわからないが、
「よく「氷にのれた」滑りです」
と解説者が評するフィギュアスケートの選手がある。
ジャンプとか、ターンとか個々の技ではなく、滑りの重心が常に安定している。
全体に落ち着きがあるから、表現に説得力がある。
似た感じを、身近な人の姿にも感じたりする。
いつも活気のある酒屋のご主人、笑顔がいい。カフェの定員さんはいつもの注文するものを覚えてくれていてリズムがいい。あのころ毎日挨拶してくれた駐在所のお巡りさんは住民思いが表れていた。もちろん、この稿にも書いた町内会長さんは大きさがある。
どなたも仕事や役割にきちんと向き合って安定していて、力みがない。
自然に仕事が自己表現になっているとでも言うのか…。
いうまでもなく、皆さん自然に人望が集まり、目には見えないが輪ができるような。
仕事を通じて素敵な人になる
こういうことは実際あるなあ、と思う。それは能力や機能とは違ったもののようだ。
「インクルージョン」について考えてきた。
考えるために始めたこともあり、案の定、手に余り、考えを保留せざる得ない部分も多く残った。
まだ、しばらく時間も必要なようだ。
しかし、確かなことが1つだけあるとも感じた。
子ども達のかかわり手としての私たちの雰囲気のことである。
子ども達の代弁者である技術者であることより、同伴者として素敵さのような。
子ども達と日々接してその関わりの中に自分をみつけ、そこに「生きている」人がいること。
その人たちの素敵さと自然な人望こそがインクルーシブ社会へのパスポートのように感じる。
宮城まり子さんは、
「私は彼等と共に泣き、また、共に笑った
彼等はただ私と共にあり、私は彼等と共にあった」
という。
いい感じの同伴者が増えてきていると感じる。
こんな例えが適切だかわからないが、
「よく「氷にのれた」滑りです」
と解説者が評するフィギュアスケートの選手がある。
ジャンプとか、ターンとか個々の技ではなく、滑りの重心が常に安定している。
全体に落ち着きがあるから、表現に説得力がある。
似た感じを、身近な人の姿にも感じたりする。
いつも活気のある酒屋のご主人、笑顔がいい。カフェの定員さんはいつもの注文するものを覚えてくれていてリズムがいい。あのころ毎日挨拶してくれた駐在所のお巡りさんは住民思いが表れていた。もちろん、この稿にも書いた町内会長さんは大きさがある。
どなたも仕事や役割にきちんと向き合って安定していて、力みがない。
自然に仕事が自己表現になっているとでも言うのか…。
いうまでもなく、皆さん自然に人望が集まり、目には見えないが輪ができるような。
仕事を通じて素敵な人になる
こういうことは実際あるなあ、と思う。それは能力や機能とは違ったもののようだ。
「インクルージョン」について考えてきた。
考えるために始めたこともあり、案の定、手に余り、考えを保留せざる得ない部分も多く残った。
まだ、しばらく時間も必要なようだ。
しかし、確かなことが1つだけあるとも感じた。
子ども達のかかわり手としての私たちの雰囲気のことである。
子ども達の代弁者である技術者であることより、同伴者として素敵さのような。
子ども達と日々接してその関わりの中に自分をみつけ、そこに「生きている」人がいること。
その人たちの素敵さと自然な人望こそがインクルーシブ社会へのパスポートのように感じる。
宮城まり子さんは、
「私は彼等と共に泣き、また、共に笑った
彼等はただ私と共にあり、私は彼等と共にあった」
という。
いい感じの同伴者が増えてきていると感じる。