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諦めない教育原理

特別支援教育は教育の原点と聞いたことがあります。
その窓からどこまで見えるか…。

59 行政文書の向こう側

2019年12月28日 | エッセイ
苔。生きてる感じ。よく見はじめると興味が拡がっていきそうです。


公立学校も行政機関の一部だから、指示や伝達の行政文書が驚くほどたくさん届く。

 A4サイズの紙に、文書番号、学校名、校長名が配置され、表題はセンタリングされ、明朝体、10.5ポイント。
一種の形式美とも言えるかもしれない。
形式が整っていることが指示・伝達の権威を表す。
 

 ところが、悲しいかな、その形式も紙の上の文字情報であることを免れない。
紙とインクには体温や肉声や人格はない。
伝わることに限界がある気がする。

 そのため、その文字情報から漂うなんらかを昇華させ、学校現場の動的な世界でそれを具現化するにはそれなりの努力が必要である。食傷気味のまま通り過ぎてゆく場合も少なくない。


 しかし、一方で、
「紙にインクを乗せる側」にも、体温や肉声がある。
耳を澄ませるように?行政文書を読むと、多くの人の思考や努力、文を推敲した根気、手続きのご苦労まで分かるものも少なくない。


 学校行政に一時携わっていた時、
「文章が長いと読みにくくって、スープが冷めちゃうんじゃないすかね…」
と若い事務職員。
「だけど、短くすると誤読される恐れもあるだろう」
と先輩が説明する。
こういうジレンマもある。


 文字情報という双方をつなぐケーブルは、あまりに線が細くて、多くの情報が抜け落ちるのだが、そのことをあまり問題にしない。
本来のスープに仕立て直す努力
がないと、文字情報の限界に気づかないまま行政と学校双方の体温や肉声に生気がなくなる。

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58 生体としてのインクルージョン#06 遊園地 (後半)

2019年12月21日 | インクルージョン
  一生懸命というより必死だった修学旅行が終わりはした。でも自宅に戻っても余韻で眠れない。

 終始表情をあまり変えなかったAくんにとって「修学旅行」とはなんだったのか。
バスの振動と慣れない場所での宿泊、まぶしい太陽の下の活動…。
そんなことは、あまり突き詰めず行事は「こなす」べきなのか…。

 そして、お母さんに再会した時のあの上気したような表情は何なのか。
不安から逃れられての安堵の表情か…。
でも最後いい表情がはっきり見られてよかったじゃないか…。

 それより今自宅にいるAくんの体調はどうなのだろう。
月曜日登校できるといいのだけど…。


 そんなことを何度も考えなら休日が過ぎ、いつもの月曜日になった。

 いつものジャージでスクールバスの到着を待っていると、遠くの角を曲がってバスが来るのが見えてきた。
Aくんを乗せた青い線の入ったバス。
 バスが目の前に近づくと、少しワクワクしている。数日前、一緒に冒険をし、寝食を共にした仲間。
「オレたち、頑張ったよな」
とか言い合いたい。


 バスが停車するとAくんの車いすをバスの近くに止めブレーキを踏んで、彼を移乗すべくバスに乗り込む。いつも一連の動作。

 前扉から中央右側の席に彼の姿が見えた。身体の緊張の強い彼はフラットに近いリクライニングシートに座っている。顔はほぼ天井に向いている。
「いたいた!」
と思いながら、いつもの感じ近づいていく。いつもよりやや速足。

 そして、その時である。いつもと違うことが起きた。
 
 彼に近づいて最初にすることは、表情を確かめることである。起きているのか寝ているのか、唇のあたりで水分は足りているのか、肌のツヤの様子で元気度を見たりする。
おはようと言って静かに横抱きにしながら、緊張の入り具合を見たりするのである。

 が、この日は、私が近づくと、
「ん?」
一生懸命を目動かし、彼の足の先の方向の私を見ようとしているのである。
「えっ!、こっちを見ている」

 それだけではなかった。

 近づく私に合わせ視線を移動させ、横にくると、興奮気味の表情で笑ったのである。
「笑った!」
Aくんが笑った。
子どものあどけなさに加え、(例えば、新幹線から降りてくる旧友が手を振って再会を喜んでいるような)感激的な笑顔にも見えた。

びっくりした。
そして直後、笑顔の意味が明確に伝わってきた。
「ボクたち、頑張ったよね」
と彼も言っているのである。

彼はすべて分かっていたのである。
バスの中で呆然としていた。

      (続く)

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57 雑草

2019年12月14日 | エッセイ
苔好きの人が多いことが分かります。なぜか可愛い。


「雑草」という言葉の意味を調べると、

 農作物以外の植物

とある。つまり大多数の植物が雑草にあたる。

「人材」はというと、

才能のある、役に立つ人。人物

という意味らしい。


 自分を「人材」と思っている人はそう多くはないのに、人材という言葉(概念)が意識されると、相対的に自分を「材」と決めてしまってなんとかく気分が晴れない。
そういうことはたぶん幸せではない。

 言葉の定義というのはしばしばそういう状況を生む。

 言葉をもたない雑草と呼ばれる植物はただ生をまっとうすべく意気軒昂に生きている。

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56 生体としてのインクルージョン#05 遊園地(前半)

2019年12月07日 | インクルージョン
北欧?(北八ヶ岳山麓)

 当時の養護学校に着任したころ、Aくんがいた。

  Aくんは、身体が自分の意思に関係なく動いてしまう。不随意という。
椅子に座ったときののように、足を付け根から曲げていないと、全身に力が入ってその力から逃れられない。

 言葉はない。音声はあるが意味としては聞き取れない。
音に過敏で、物音に驚いて痙攣することがある。

そんなことが細かくカルテのようなカードに書いてある。プロフィール表とある。


 明日はそのAくんと一緒に修学旅行にいく。


 まずは、安全に行くこと、次にできるだけ快適に過ごせるよう姿勢や体温調整を心掛けること、そして彼の視線を意識して活動すること。
そんなことを考えてはいたが、実感としてAくんとの旅のイメージがつない。なにしろ養護学校の初心者だ。

ワイワイガヤガヤではないのだし、彼が楽しんでいるかよくわからない。

 道中のバスは最後部座席に布団を敷いて、この上にまず自分がすわりAくんを横抱きにする。
彼の心地よい姿勢を微調整しながら保持できるし、表情も見やすいと先輩先生がいう。

 バスが動きだすと小さな揺れを私の身体が吸収するかたちになり直接彼には伝わらない。
股関節や背中の角度も彼にとってナチュラルなポディションを探りやすいことも分かってきた。

 とりあえず、Aくんが見ている(であろう)ものを言葉にしようと思った。
「信号、赤だね」
「イトーヨーカ堂だ」
「ベンツの白いクーペ、高そう」?
そうやって、視線を合わせて見ていると、彼の気持ちに近づくように感じた。
「掛けた毛布が暑すぎないのか」
「もう少し、上体を起こすと視野が広がるかな」
「そろそろ喉が渇いたかな」

 でも、そんな対応が「正解」なのか、Aくんの表情からは読み取れない

 ホテルに着くと、着替えをして入浴タイムだ。
「さあ、入るよ。お家のお風呂より大きいでしょ」
と言って、気持ちいい表情を期待して探している。気持ちいいはずだ、間違いない。
顔を赤くして、少し微笑んでいるように見えた。期待のしすぎてそう見えたのかもしれない。

 夜も同部屋で一緒。寝る前に水分を取って、どちらかの肩に畳んだバスタオル入れて斜めの仰向けで体勢を整えた。
入眠時や夜中の睡眠が浅くなった時に発作があるというので気にしながら一晩を過ごす。
 こうした初日が終わった。

 翌日、郊外の遊園地にふさわしい晴天。
でも寝不足にはきついの太陽。

 せっかくなので…、ということで、メリーゴーラウンドの木馬に乗ることに。自分ともう一人の力持ちの男の先輩とで馬にまたがった感じの座り方を作って上下動しながら回転する動きを体験した。
びくりした表情だったが、何らかの興奮があったように見えた。
「いいねー、いいねー」
とそれを見ていた女性の先生。…本当によかったのか?。

 そのあとゴーカートに乗ったり、ぬいぐるみと握手したり、観覧車の狭い籠の中で発作を起こしたりいろいろなことがあった。

遊園地を出た時、
「先生よかったね。頑張ったじゃない」
とまた先輩に声を掛けられる。
励ましてくれなくてもいいのに…。


 そして帰路。
 帰りのバスでは、横抱きしたAくんは疲れたのか眠っている。
その寝顔は遊び疲れた子が寝てしまった様子に見えた。でも少し疲れすぎてないか心配になる。

 ところが、寝てしまうと体というのは重みを増す。お腹に重みがかかり、静かに寝かせている単調さもあって、こっちは車酔いになっての長い帰路となった。

 ようやく着いた学校では、大勢の先生方と、Aくんたちの保護者も帰りを待っていてくれた。
遠い星から生還したみたいな歓迎。

 そして、旅の最後に印象的なことがあった。車酔いと支えていた腕のシビレを抑えながら笑顔でお母さんにAくんを引き渡した時である。

「あれ!」

Aくんの表情が違う。

                             (続く)


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