● 声明 「検定中の白表紙公開と謝礼に関する一連の問題について」
昨年来、いくつかの義務教育教科書発行者が、検定審査中の申請本(以下、白表紙本)を公立小中学校の校長らに見せて意見・感想を求め、その謝礼として金品の提供を行っていた問題が新聞などで報道された。
これを受けて文部科学省は、義務教育教科書を発行する21社に対し、同様の事実があるかどうかを調査させ、1月20日までに報告させることとした。この問題に関する出版労連の見解を以下に述べる。
この問題は、(1)検定合格前の白表紙本を採択関係者に見せて意見を聴取したこと、(2)それに対し謝礼を支払ったことの二つから成る。(1)(2)両方について、教科書発行者が現に存在するルールを逸脱したことは誤った行為であるといわなければならない。
(1)については「申請者は、申請図書の検定審査が終了するまでは、当該申請図書並びに当該申請図書の審査に関し文部科学大臣に提出した文書及び文部科学大臣から通知された文書について、その内容が当該申請者以外の者の知るところとならないよう、適切に管理しなければならない」(「教科用図書検定規則実施細則」の「第5 申請図書等の公開」の「(3)申請図書等の適切な情報管理」)とされている。
(2)については、公正であるべき教科書採択を発行者が自ら蹂躙する行為である。
密室での検定ではなく、開かれた場で教科書の質的向上をめざすためには、検定期間中であろうと、その公開は認められるべきであるが、採択を期待しての公開・意見聴取は、厳に謹まなければならない。
(1)の根拠となる検定制度上の規制が強化されたのは、2000年度に検定申請を行った「新しい歴史教科書をつくる会」が実質的に作成した扶桑社版の中学校歴史および公民教科書を、扶桑社関係者が学校関係者に見せ、そこからその内容が人口に膾炙して大きな批判が広がったことに起因している。これを口実として検定制度の密室性はさらに進められることとなった。
出版労連は、教科書検定は廃止されるべきであると考えているが、それが存在する以上、その改善を要求してきた。その見地からすれば、たとえ合格前であっても教科書検定の内容は、公開され、多くの国民の意見によってよりよくすべきものである。
「静ひつな審査環境の確保」とは密室で検定を行うことの言い換えにほかならない。
教科書検定を行っている諸国の中でも、日本ほど密室で審査が行われている例はきわめてまれである(財団法人教科書研究センター『諸外国における教科書制度及び教科書事情に関する調査研究報告書』、2000年)。
付言すれば、「つくる会」が参入する前には、検定合格前に『教科書レポート』(出版労連の年刊定期刊行物)誌上で検定の内容を報じてきた。そのことについて文部省(当時)は一度たりとも出版労連に対して抗議などを行ったことはない。
(2)の採択関係者に白表紙本を見せた見返りに金品を渡していた問題については、採択を期待して公務員に金品を提供することが許されないことはいうまでもない。
教科書発行者で組織する一般社団法人教科書協会が定めた「教科書宣伝行動基準」の「会員各社は、直接であると間接であるとを問わず、選択関係者に対して、金銭、物品、きょう応、労務の提供その他これらに類似する経済上の利益を供与し、又は供与することを申し出て、特定の教科書を選択するよう勧誘してはならない」(「教科書宣伝行動基準」4-1-⑧)などの諸規定に反する行為を、その会員会社が行っているのでは、教科書発行者の倫理性が問われなければならないというべきである。
義務教育教科書発行者はすべて同協会の会員であり、自ら定めた基準を遵守する意思がないのかと疑われても仕方がないであろう。
以上を踏まえてなお、一連の問題はそのように指摘して済むものではない。かかる事例が引き起こされる構造的要因こそが問われなければならない。それは日本の教科書制度そのものが、世界的に見て例を見ないものであることに起因している(前掲『報告書』)。すなわち、
①検定教科書の使用義務を学校教育法(第34条)で定め教員に負わせていること、
②密室性がきわめて高いうえ、独立機関ではなく政府が検定を行っていること(教科書調査官は文部科学省職員である)、
③学校もしくは教員ではなく、教育委員が採択を決定し、一定の地域で同一の教科書を使用する広域採択制度(共同採択制度)であること、
④実状をおよそ反映せず、政府が一方的に、しかもきわめて安く決定する教科書価格制度などは、少なくともOECD諸国では日本以外に例を見ない特異な制度である。
これらに加えて、1985年の3分の2までに及ぶ児童・生徒数の減少が、教科書発行者の危機感をさらに深刻にしている。
この観点から、文科省が打ち出した「公開の場での教科書説明会」を開催するという方針自体について反対するものではない。
しかし、その具体的な内容は現時点では不明であり、公開性・透明性の確保、参加者の範囲(現場教員や保護者、住民の参加)などの課題がある。
一方、教科書発行者にとっても、その負担が著しく増える可能性がある。たとえば600近い採択地区ごとに説明会が開催されるとすれば、発行者がそのすべてに参加することは、大きな負担をもたらすだろう。とりわけ経営規模の小さな発行者には困難であり、公開の場での教科書説明会が果たすべき採択における公平性の確保が、逆に不公平性を助長しかねないことにもなるだろう。
今回の問題は、教科書発行および採択について、深い自覚と自浄能力を発揮することを要請している。それは何より教科書の内容と制度に対する政府の介入を許さないためである。
政府がこの問題を利用して教科書統制を強化するようなことがあるとすれば、それは絶対に許されない。
出版労連は、これまでにも教科書制度の改善について何度か提言を発表してきた。今回の問題を機に、新たな提言を作成し、社会に問う方針である。
『日本出版労働組合連合会』
http://www.syuppan.net/
2016年1月21日
日本出版労働組合連合会
中央執行委員長 大谷 充
日本出版労働組合連合会
中央執行委員長 大谷 充
昨年来、いくつかの義務教育教科書発行者が、検定審査中の申請本(以下、白表紙本)を公立小中学校の校長らに見せて意見・感想を求め、その謝礼として金品の提供を行っていた問題が新聞などで報道された。
これを受けて文部科学省は、義務教育教科書を発行する21社に対し、同様の事実があるかどうかを調査させ、1月20日までに報告させることとした。この問題に関する出版労連の見解を以下に述べる。
この問題は、(1)検定合格前の白表紙本を採択関係者に見せて意見を聴取したこと、(2)それに対し謝礼を支払ったことの二つから成る。(1)(2)両方について、教科書発行者が現に存在するルールを逸脱したことは誤った行為であるといわなければならない。
(1)については「申請者は、申請図書の検定審査が終了するまでは、当該申請図書並びに当該申請図書の審査に関し文部科学大臣に提出した文書及び文部科学大臣から通知された文書について、その内容が当該申請者以外の者の知るところとならないよう、適切に管理しなければならない」(「教科用図書検定規則実施細則」の「第5 申請図書等の公開」の「(3)申請図書等の適切な情報管理」)とされている。
(2)については、公正であるべき教科書採択を発行者が自ら蹂躙する行為である。
密室での検定ではなく、開かれた場で教科書の質的向上をめざすためには、検定期間中であろうと、その公開は認められるべきであるが、採択を期待しての公開・意見聴取は、厳に謹まなければならない。
(1)の根拠となる検定制度上の規制が強化されたのは、2000年度に検定申請を行った「新しい歴史教科書をつくる会」が実質的に作成した扶桑社版の中学校歴史および公民教科書を、扶桑社関係者が学校関係者に見せ、そこからその内容が人口に膾炙して大きな批判が広がったことに起因している。これを口実として検定制度の密室性はさらに進められることとなった。
出版労連は、教科書検定は廃止されるべきであると考えているが、それが存在する以上、その改善を要求してきた。その見地からすれば、たとえ合格前であっても教科書検定の内容は、公開され、多くの国民の意見によってよりよくすべきものである。
「静ひつな審査環境の確保」とは密室で検定を行うことの言い換えにほかならない。
教科書検定を行っている諸国の中でも、日本ほど密室で審査が行われている例はきわめてまれである(財団法人教科書研究センター『諸外国における教科書制度及び教科書事情に関する調査研究報告書』、2000年)。
付言すれば、「つくる会」が参入する前には、検定合格前に『教科書レポート』(出版労連の年刊定期刊行物)誌上で検定の内容を報じてきた。そのことについて文部省(当時)は一度たりとも出版労連に対して抗議などを行ったことはない。
(2)の採択関係者に白表紙本を見せた見返りに金品を渡していた問題については、採択を期待して公務員に金品を提供することが許されないことはいうまでもない。
教科書発行者で組織する一般社団法人教科書協会が定めた「教科書宣伝行動基準」の「会員各社は、直接であると間接であるとを問わず、選択関係者に対して、金銭、物品、きょう応、労務の提供その他これらに類似する経済上の利益を供与し、又は供与することを申し出て、特定の教科書を選択するよう勧誘してはならない」(「教科書宣伝行動基準」4-1-⑧)などの諸規定に反する行為を、その会員会社が行っているのでは、教科書発行者の倫理性が問われなければならないというべきである。
義務教育教科書発行者はすべて同協会の会員であり、自ら定めた基準を遵守する意思がないのかと疑われても仕方がないであろう。
以上を踏まえてなお、一連の問題はそのように指摘して済むものではない。かかる事例が引き起こされる構造的要因こそが問われなければならない。それは日本の教科書制度そのものが、世界的に見て例を見ないものであることに起因している(前掲『報告書』)。すなわち、
①検定教科書の使用義務を学校教育法(第34条)で定め教員に負わせていること、
②密室性がきわめて高いうえ、独立機関ではなく政府が検定を行っていること(教科書調査官は文部科学省職員である)、
③学校もしくは教員ではなく、教育委員が採択を決定し、一定の地域で同一の教科書を使用する広域採択制度(共同採択制度)であること、
④実状をおよそ反映せず、政府が一方的に、しかもきわめて安く決定する教科書価格制度などは、少なくともOECD諸国では日本以外に例を見ない特異な制度である。
これらに加えて、1985年の3分の2までに及ぶ児童・生徒数の減少が、教科書発行者の危機感をさらに深刻にしている。
この観点から、文科省が打ち出した「公開の場での教科書説明会」を開催するという方針自体について反対するものではない。
しかし、その具体的な内容は現時点では不明であり、公開性・透明性の確保、参加者の範囲(現場教員や保護者、住民の参加)などの課題がある。
一方、教科書発行者にとっても、その負担が著しく増える可能性がある。たとえば600近い採択地区ごとに説明会が開催されるとすれば、発行者がそのすべてに参加することは、大きな負担をもたらすだろう。とりわけ経営規模の小さな発行者には困難であり、公開の場での教科書説明会が果たすべき採択における公平性の確保が、逆に不公平性を助長しかねないことにもなるだろう。
今回の問題は、教科書発行および採択について、深い自覚と自浄能力を発揮することを要請している。それは何より教科書の内容と制度に対する政府の介入を許さないためである。
政府がこの問題を利用して教科書統制を強化するようなことがあるとすれば、それは絶対に許されない。
出版労連は、これまでにも教科書制度の改善について何度か提言を発表してきた。今回の問題を機に、新たな提言を作成し、社会に問う方針である。
以上
『日本出版労働組合連合会』
http://www.syuppan.net/
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