過熱する中学受験<上> 表れたひずみ
首都圏の今年の私立中学受験者が五万八千人(推定)と過去最高となった。「合格」へは厳しい受験競争を戦わねばならない。一方で、その激しさは子どもたちの心に数々のひずみを生み、学校現場にも負の影響が出ている。過熱する中学受験の現実を紹介する。(井上圭子)
= 親も公認 塾優先 授業ボイコット =
「みんないいの? このままで」。受験熱が高く、クラスの児童の七割以上が中学受験を控えていた東京都中央区の公立小学校六年の学級担任は昨年末、子どもたちのバラバラぶりを見かねてこう問いかけながら、思わず泣いてしまった。
「バカらしい」という態度で授業を妨害する子、嫌なことがあると机をひっくり返す子、受験のストレス発散に学校の花壇の花を全部掘り返す子。小学校生活最後の思い出となる修学旅行さえ「模試の前だから」と欠席者が出た。
受験を控える児童のほとんどは受験塾に通う。ほぼ毎日だ。保護者も「塾で疲れてるから宿題は出すな」「授業中は寝かせとけ」「インフルエンザが怖いから一月は学校を休む」などと平然と言ってくる。塾の保護者会には行くのに学校の保護者会には全く来ない。受験しない子も「どうせ私はバカだから」と自暴自棄に。学級崩壊状態だった。
保護者も必死だ。「この受験に落ちたら人生終わり」と泣きじゃくる女児は「あんたが落ちたら塾に払ったお金どうすんの!」と母親に脅されていた。親からサッカー禁止令を出されたサッカー少年は、放課後「五分でいいから遊ばせて」とすがってきた。
受験勉強に集中するため授業を聞かない、宿題しない、行事に参加しないのは保護者も公認だ。「小学校生活最後の年に『このクラスでよかった』という思い出をつくってやりたい」との担任の思いは最後まで通じなかった。
入試落ちて公立へ 燃え尽き…無気力
一方、入試に落ちた子が入学してくる公立中学校も苦慮している。一昨年、生徒の八割が学区外からの入学という都心の中学校で一年生を担任した教員(47)は「受験失敗の後遺症ケアで疲れ果てた」と話す。
「『偏差値の低い私立に行って恥をさらすよりは名の通った公立へ』という子の集まり。社会性は身に付いてない、協調性もないがプライドは高い」
問題行動を起こす。ホームレスに石を投げたり、遠足で乗った電車内で他の乗客に傍若無人ぶりを注意され「うるせえババア」と暴言を吐いたり。「指導しても無表情、無反応」
「砂漠に水をかけるような無力感。向かってきた方がまだやり方はある。五感を磨くべき小学生時代に受験勉強一辺倒で、ママがいないと動けない。受験が終わった時点で燃え尽きている」とこの教員は話す。
第一志望校に入学できても挫折が待っていることもある。小学生時代は明るいスポーツ少女だった東京都杉並区の女生徒(15)は、一年生の一学期に不登校になった。「皆ブランド物で固めていて、新しい服を着ていくと『どこの?』とチェックが入る。付属小学校出身者との溝も深い。疲れちゃった」
地元の公立中学に入り直したが、立ち直るのに二年かかった。「合格」することに気を取られ、入学後の子どもの学校生活まで思いがいかなかった。母親は「受験期は、塾への投資を取り返さねば…と悩乱状態で冷静に物事を考えられなかった」と悔やむ。
塾の「合格体験記」には華やかな体験が並ぶが、その背後にはこうした受験の影が広がる。
『東京新聞』(2007年7月10日)【暮らし】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/CK2007071002031088.html
首都圏の今年の私立中学受験者が五万八千人(推定)と過去最高となった。「合格」へは厳しい受験競争を戦わねばならない。一方で、その激しさは子どもたちの心に数々のひずみを生み、学校現場にも負の影響が出ている。過熱する中学受験の現実を紹介する。(井上圭子)
= 親も公認 塾優先 授業ボイコット =
「みんないいの? このままで」。受験熱が高く、クラスの児童の七割以上が中学受験を控えていた東京都中央区の公立小学校六年の学級担任は昨年末、子どもたちのバラバラぶりを見かねてこう問いかけながら、思わず泣いてしまった。
「バカらしい」という態度で授業を妨害する子、嫌なことがあると机をひっくり返す子、受験のストレス発散に学校の花壇の花を全部掘り返す子。小学校生活最後の思い出となる修学旅行さえ「模試の前だから」と欠席者が出た。
受験を控える児童のほとんどは受験塾に通う。ほぼ毎日だ。保護者も「塾で疲れてるから宿題は出すな」「授業中は寝かせとけ」「インフルエンザが怖いから一月は学校を休む」などと平然と言ってくる。塾の保護者会には行くのに学校の保護者会には全く来ない。受験しない子も「どうせ私はバカだから」と自暴自棄に。学級崩壊状態だった。
保護者も必死だ。「この受験に落ちたら人生終わり」と泣きじゃくる女児は「あんたが落ちたら塾に払ったお金どうすんの!」と母親に脅されていた。親からサッカー禁止令を出されたサッカー少年は、放課後「五分でいいから遊ばせて」とすがってきた。
受験勉強に集中するため授業を聞かない、宿題しない、行事に参加しないのは保護者も公認だ。「小学校生活最後の年に『このクラスでよかった』という思い出をつくってやりたい」との担任の思いは最後まで通じなかった。
入試落ちて公立へ 燃え尽き…無気力
一方、入試に落ちた子が入学してくる公立中学校も苦慮している。一昨年、生徒の八割が学区外からの入学という都心の中学校で一年生を担任した教員(47)は「受験失敗の後遺症ケアで疲れ果てた」と話す。
「『偏差値の低い私立に行って恥をさらすよりは名の通った公立へ』という子の集まり。社会性は身に付いてない、協調性もないがプライドは高い」
問題行動を起こす。ホームレスに石を投げたり、遠足で乗った電車内で他の乗客に傍若無人ぶりを注意され「うるせえババア」と暴言を吐いたり。「指導しても無表情、無反応」
「砂漠に水をかけるような無力感。向かってきた方がまだやり方はある。五感を磨くべき小学生時代に受験勉強一辺倒で、ママがいないと動けない。受験が終わった時点で燃え尽きている」とこの教員は話す。
第一志望校に入学できても挫折が待っていることもある。小学生時代は明るいスポーツ少女だった東京都杉並区の女生徒(15)は、一年生の一学期に不登校になった。「皆ブランド物で固めていて、新しい服を着ていくと『どこの?』とチェックが入る。付属小学校出身者との溝も深い。疲れちゃった」
地元の公立中学に入り直したが、立ち直るのに二年かかった。「合格」することに気を取られ、入学後の子どもの学校生活まで思いがいかなかった。母親は「受験期は、塾への投資を取り返さねば…と悩乱状態で冷静に物事を考えられなかった」と悔やむ。
塾の「合格体験記」には華やかな体験が並ぶが、その背後にはこうした受験の影が広がる。
『東京新聞』(2007年7月10日)【暮らし】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/CK2007071002031088.html
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