【五次訴訟/第四回口頭弁論原告側意見陳述から】
◆ 原告 秋田 清 意見陳述要旨
(2022年4月28日 東京地裁709号法廷)
秋田清と申します。私が今ここにいるのは、もとはといえば2003年度と2005年度の2回の卒業式の国歌斉唱時に、それぞれ40秒間程度、ただ静かに座っていたことに起因します。
このことで2004年に戒告処分、2006年に十分の一・1箇月の減給処分、そしてその2度目の処分が最高裁判所の判断で取り消された後、2013年12月に再度の戒告処分を受けました。
今回、この再度出された戒告処分、所謂「再処分」にっいて撤回を求めています。
それはこの処分が明らかに「二重罰」であり、不合理だと思うからです。
私はこの再処分の決定過程を知りたいと思い、2014年7月に情報開示請求をしましたが、「開示することにより処分原案の作成過程が明らかになり、東京都教育委員会が行う人事管理の事務に関し、公正かつ適正な事務の遂行に支障が生じるおそれがあるため」との理由で、審議内容については全く開示してもらえませんでした。
処分者=都教委の代理人は、人事委員会に提出した意見書の中で「判決により、量定の関係で本原処分が取り消され、請求人らとの関係で懲戒処分は初めからなかったことになったが、他方では判決の理由の中で請求人らの非違行為は認められたのであるから、職員の責任が確認される必要がある状況に至った」と述べています。
これが処分者側の論理なのでしょう。でも、本当にそうでしょうか。
給料等を回復したのみで、処分の行為を「初めからなかったこと」になどできるものでしょうか。
懲戒処分は、適正に行われれば一定の効果は期待できるかもしれませんが、反面ある種の暴力でもあると思っています。殴られた側の痛みはまだ残っているのに、処分が取り消されたから、改めて殴り直すなどということが許されるのでしょうか。
今裁判の処分者側の「答弁書」では、「神戸税関事件判決」を引いて、「懲戒処分は、公務員に非違行為があったときに『その責任を確認し』、『公務員関係の秩序を維持するため』に行うのであって、制裁を経ることによって非違行為者の責任を自覚させようとしているのである」と述べています。
これを読んで、私は二回目の「再発防止研修」をまざまざと思い出しました。
講師が、私の行為は都民・保護者の信頼を著しく失墜する行為だと言うので、「保護者のなかには、『入学式に国旗がなく、内心の自由についての説明もしてもらえたので大変ありがたかった』と言っていた人もいた」と反論しましたが、無視されました。
「明らかに違憲違法と思われる命令には、従う必要はないのではないか」という質問には、「それを判断するのはあなたではない。司法判断で違憲違法が確定するまでは、職務命令には従わなくてはならないのだ」と言う答えでした。
講師の姿勢は、まさに「公務員関係の秩序を維持するために」「非違行為者の責任を自覚させようと」し、反省するまでは研修を終わらないというものでした。
私が大学を卒業して赴任したばかりの学校で、生徒指導をめぐる会議があり、私も意見を求められました。それが何十年のベテランの先生の意見と同じ重みで議論されるのに驚きました。
ある先生は、学校では生徒にかかわる誰もが同じ責任を持って生徒と向き合うのだと教えてくれ、身が引き締まる思いがしたことを覚えています。
しかし、ここでの研修はそれとは対極でした。
講師の言葉は結局のところ「何事も自分で判断せず、上からの命令に唯々諾々と従え」ということです。
また、同時に行われた専門研修では、自らの良心に照らして苦渋の末に取った行動を、セクハラや体罰と同列に扱われ、私は屈辱に震える思いでした。
2004年に、私たちは東京地裁に「再発防止研修執行停止申立」を行いました。それは認められませんでしたが、その際、「繰り返し同一内容の研修を受けさせ、自己の非を認めさせようとするなど、公務員個人の内心の自由に踏み込み、著しい精神的苦痛を与える程度に至るものであれば、そのような研修や研修命令は合理的に許容される範囲を超えるものとして違憲違法の問題を生じる可能性があるといわなければならない」という指摘がありました。
私はこの二度目の再発防止研修で、執拗に同一内容を繰り返され、著しい精神的苦痛を感じました。裁判所の指摘は完全に無視されたのです。都教委の裁判所軽視の姿勢がここにも表れていると思います。
10・23通達以後、入学式・卒業式以外でも、学校現場はどんどん変容させられました。
2006年4月に職員会議での挙手採決を禁止する通知が出されて以来、会議そのものがあまり開かれなくなり、どこで何が決まっているのかもわからないようになってしまいました。
二回の人事異動を経て、2013年、私は大田桜台高校に勤務していました。教科や経験年数のバランスからして、来年度の新担任に選ばれることは確実でした。不起立の「実績」がある私は、式典では式場外の警備や在校生の指導など、国歌斉唱時に式場内にいなくてもいい役割を割り振られていたのですが、新担任となればそうはいきません。入学式での「踏み絵」に始まる新たな三年間に耐えられるだろうか、うつ病を発症するのではないかとも考えましたが、断る理由がありません。
そんな折、実家の母の介護という家庭の問題が持ち上がり、私は悩んだ末、年度末をもって早期退職することを決意しました。肩の荷を下ろすと同時に、職場にとどまる仲間に対しては、いわば敵前逃亡のような後ろめたさを覚えました。
しかし、もしも2003年の10・23通達がなかったら、以前のままの都立高校であったなら、教員を続けていられたはずだと思っています。
都教委は、命令に従わない教職員を排除することで、「公務員関係の秩序を維持し」、徹底した上意下達の命令による学校運営を貫徹したいのでしょう。そのために一度の行為に対して、繰り返し戒告するなど許されることではありません。裁判所におかれては、是非とも「再処分」を取り消す判断を下していただけるようお願いします。
◆ 原告 秋田 清 意見陳述要旨
(2022年4月28日 東京地裁709号法廷)
秋田清と申します。私が今ここにいるのは、もとはといえば2003年度と2005年度の2回の卒業式の国歌斉唱時に、それぞれ40秒間程度、ただ静かに座っていたことに起因します。
このことで2004年に戒告処分、2006年に十分の一・1箇月の減給処分、そしてその2度目の処分が最高裁判所の判断で取り消された後、2013年12月に再度の戒告処分を受けました。
今回、この再度出された戒告処分、所謂「再処分」にっいて撤回を求めています。
それはこの処分が明らかに「二重罰」であり、不合理だと思うからです。
私はこの再処分の決定過程を知りたいと思い、2014年7月に情報開示請求をしましたが、「開示することにより処分原案の作成過程が明らかになり、東京都教育委員会が行う人事管理の事務に関し、公正かつ適正な事務の遂行に支障が生じるおそれがあるため」との理由で、審議内容については全く開示してもらえませんでした。
処分者=都教委の代理人は、人事委員会に提出した意見書の中で「判決により、量定の関係で本原処分が取り消され、請求人らとの関係で懲戒処分は初めからなかったことになったが、他方では判決の理由の中で請求人らの非違行為は認められたのであるから、職員の責任が確認される必要がある状況に至った」と述べています。
これが処分者側の論理なのでしょう。でも、本当にそうでしょうか。
給料等を回復したのみで、処分の行為を「初めからなかったこと」になどできるものでしょうか。
懲戒処分は、適正に行われれば一定の効果は期待できるかもしれませんが、反面ある種の暴力でもあると思っています。殴られた側の痛みはまだ残っているのに、処分が取り消されたから、改めて殴り直すなどということが許されるのでしょうか。
今裁判の処分者側の「答弁書」では、「神戸税関事件判決」を引いて、「懲戒処分は、公務員に非違行為があったときに『その責任を確認し』、『公務員関係の秩序を維持するため』に行うのであって、制裁を経ることによって非違行為者の責任を自覚させようとしているのである」と述べています。
これを読んで、私は二回目の「再発防止研修」をまざまざと思い出しました。
講師が、私の行為は都民・保護者の信頼を著しく失墜する行為だと言うので、「保護者のなかには、『入学式に国旗がなく、内心の自由についての説明もしてもらえたので大変ありがたかった』と言っていた人もいた」と反論しましたが、無視されました。
「明らかに違憲違法と思われる命令には、従う必要はないのではないか」という質問には、「それを判断するのはあなたではない。司法判断で違憲違法が確定するまでは、職務命令には従わなくてはならないのだ」と言う答えでした。
講師の姿勢は、まさに「公務員関係の秩序を維持するために」「非違行為者の責任を自覚させようと」し、反省するまでは研修を終わらないというものでした。
私が大学を卒業して赴任したばかりの学校で、生徒指導をめぐる会議があり、私も意見を求められました。それが何十年のベテランの先生の意見と同じ重みで議論されるのに驚きました。
ある先生は、学校では生徒にかかわる誰もが同じ責任を持って生徒と向き合うのだと教えてくれ、身が引き締まる思いがしたことを覚えています。
しかし、ここでの研修はそれとは対極でした。
講師の言葉は結局のところ「何事も自分で判断せず、上からの命令に唯々諾々と従え」ということです。
また、同時に行われた専門研修では、自らの良心に照らして苦渋の末に取った行動を、セクハラや体罰と同列に扱われ、私は屈辱に震える思いでした。
2004年に、私たちは東京地裁に「再発防止研修執行停止申立」を行いました。それは認められませんでしたが、その際、「繰り返し同一内容の研修を受けさせ、自己の非を認めさせようとするなど、公務員個人の内心の自由に踏み込み、著しい精神的苦痛を与える程度に至るものであれば、そのような研修や研修命令は合理的に許容される範囲を超えるものとして違憲違法の問題を生じる可能性があるといわなければならない」という指摘がありました。
私はこの二度目の再発防止研修で、執拗に同一内容を繰り返され、著しい精神的苦痛を感じました。裁判所の指摘は完全に無視されたのです。都教委の裁判所軽視の姿勢がここにも表れていると思います。
10・23通達以後、入学式・卒業式以外でも、学校現場はどんどん変容させられました。
2006年4月に職員会議での挙手採決を禁止する通知が出されて以来、会議そのものがあまり開かれなくなり、どこで何が決まっているのかもわからないようになってしまいました。
二回の人事異動を経て、2013年、私は大田桜台高校に勤務していました。教科や経験年数のバランスからして、来年度の新担任に選ばれることは確実でした。不起立の「実績」がある私は、式典では式場外の警備や在校生の指導など、国歌斉唱時に式場内にいなくてもいい役割を割り振られていたのですが、新担任となればそうはいきません。入学式での「踏み絵」に始まる新たな三年間に耐えられるだろうか、うつ病を発症するのではないかとも考えましたが、断る理由がありません。
そんな折、実家の母の介護という家庭の問題が持ち上がり、私は悩んだ末、年度末をもって早期退職することを決意しました。肩の荷を下ろすと同時に、職場にとどまる仲間に対しては、いわば敵前逃亡のような後ろめたさを覚えました。
しかし、もしも2003年の10・23通達がなかったら、以前のままの都立高校であったなら、教員を続けていられたはずだと思っています。
都教委は、命令に従わない教職員を排除することで、「公務員関係の秩序を維持し」、徹底した上意下達の命令による学校運営を貫徹したいのでしょう。そのために一度の行為に対して、繰り返し戒告するなど許されることではありません。裁判所におかれては、是非とも「再処分」を取り消す判断を下していただけるようお願いします。
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