=高校学習指導要領改訂と教科書 2 各教科ごとの分析=
◆ (1)国語の特徴
1.経済界への忖度により歪められた国語教育
これまで高校国語の目標は、国語に関する基本的なことを身につけるとともに、心情を豊かにすることにあったと思う。
しかし、今回の学習指導要領の改訂では、社会人としてすぐに役立つような言語技能を身につけさせることを目標とすることが前面に出てきた。
これは、主に経済界からの要請を受けた政府・自民党の意向が強く働いたものと思われる。
たとえて言えば、高校国語を「社会人のための実践言語技能ガイド・入門編」という性格に変えたことになる。つまり、経済界への忖度により、学校教育が歪められたということになるのである。
2.自由な発想を制限する目標
今回、目標に新たに3項目が立てられたが、そこに「生涯にわたる社会生活」「生涯にわたり」という言葉が加えられた。
社会人になった後のことも考えた学習が、高校国語において不必要だとは言わない。しかし、社会人としての言語技能(マナー)は、社会人になってからでも学べる。
むしろ高校時代には、(科学における基礎研究のように)国語に対する基礎的・基本的な知識・技能を身につけるとともに、相手の痛みを知ることができる心情を豊かにすることが大切ではないか。
また、社会のしがらみにとらわれず、自由な発想ができるところに、高校時代の特長があると思う。
この目標では、社会の役に立たないことは無駄だから学習しなくてもよいとなり、自由な発想を自ら制限する高校生を育てることになりかねない。
3.目標から「心情を豊かに」を削除
現行学習指導要領の目標にあった「心情を豊かに」という言葉を削除したのは大きな問題である。
これでは、心情を豊かにし、いろいろなことを考えて文句を言う人間より、上の人(国)の言うことを素直にきく人間を育てたいという方針であると疑わざるをえない。
今日、いじめ問題が後を絶たないが、これは自分以外の人間に対する「想像力」の欠如が大きな原因になっていると思う。そしてこの「想像力」は、豊かな心情から生まれる。
相手の痛みを知るという「想像力」が必要とされる現代において、目標から「心情を豊かに」を削除するなど、言語道断である。
『出版労連 教科書レポート No.61』(2018)
◆ (1)国語の特徴
1.経済界への忖度により歪められた国語教育
これまで高校国語の目標は、国語に関する基本的なことを身につけるとともに、心情を豊かにすることにあったと思う。
しかし、今回の学習指導要領の改訂では、社会人としてすぐに役立つような言語技能を身につけさせることを目標とすることが前面に出てきた。
これは、主に経済界からの要請を受けた政府・自民党の意向が強く働いたものと思われる。
たとえて言えば、高校国語を「社会人のための実践言語技能ガイド・入門編」という性格に変えたことになる。つまり、経済界への忖度により、学校教育が歪められたということになるのである。
2.自由な発想を制限する目標
今回、目標に新たに3項目が立てられたが、そこに「生涯にわたる社会生活」「生涯にわたり」という言葉が加えられた。
社会人になった後のことも考えた学習が、高校国語において不必要だとは言わない。しかし、社会人としての言語技能(マナー)は、社会人になってからでも学べる。
むしろ高校時代には、(科学における基礎研究のように)国語に対する基礎的・基本的な知識・技能を身につけるとともに、相手の痛みを知ることができる心情を豊かにすることが大切ではないか。
また、社会のしがらみにとらわれず、自由な発想ができるところに、高校時代の特長があると思う。
この目標では、社会の役に立たないことは無駄だから学習しなくてもよいとなり、自由な発想を自ら制限する高校生を育てることになりかねない。
3.目標から「心情を豊かに」を削除
現行学習指導要領の目標にあった「心情を豊かに」という言葉を削除したのは大きな問題である。
これでは、心情を豊かにし、いろいろなことを考えて文句を言う人間より、上の人(国)の言うことを素直にきく人間を育てたいという方針であると疑わざるをえない。
今日、いじめ問題が後を絶たないが、これは自分以外の人間に対する「想像力」の欠如が大きな原因になっていると思う。そしてこの「想像力」は、豊かな心情から生まれる。
相手の痛みを知るという「想像力」が必要とされる現代において、目標から「心情を豊かに」を削除するなど、言語道断である。
『出版労連 教科書レポート No.61』(2018)
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