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東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

解雇の金銭解決制度の危険性

2013年10月13日 | 格差社会
  《労働情報 安倍「雇用改革」の総チェック》から
 ◆ 「解雇の金銭解決」をめぐる議論の錯綜とその危険性
緒方桂子●広島大学

 解雇の金銭解決制度は是か非か-この問題は、ここ10年ほどの問、日本の労働法制の改革が議題となるたびに浮かんでは消えてきた問題である。つい最近も、内閣府の下にある規制改革会議で雇用規制改革の対象として議論されてきた。
 もっとも、同会議の報告書である「規制改革に関する答申~経済再生への突破口」は、同制度の導入に慎重な姿勢を示すにとどめたため、今回もまた見送られたと思われた。ところが、安倍総理大臣を議長とする産業競争力会議の下に設けられた国家戦略特区ワーキンググループ(以下、WG)が、特区を利用した同制度の導入を再検討することを表明した。
 このような流れに照らすと、解雇の金銭解決は、この秋から本格化する雇用規制改革のひとつの柱となっていくだろう。
 ところで、「解雇の金銭解決制度」とはいったいどのようなものであろうか。実は、この点について、議論がやや錯綜している。
 すなわち、議論されている「解雇の金銭解決制度」には、大きく2つのもの(AとB)があるにも関わらず、その違いを明確に意識せずに議論が行われているフシがある。
 うがった見方をすれば、故意に議論を錯綜させ、A制度の導入に理解を示す有識者の見解を盾に、B制度の導入を図ろうとしているのではないかとさえ思える。A制度とB制度は、いずれも「解雇の金銭解決制度」と呼ばれているが、まったく似て非なるものである。
 ◆ 「事後型」「事前型」の違い
 A制度(ここでは便宜的にこのように呼ぶ。「事後型」とも呼ばれる。)は、不当解雇であることが確定した場合に、当該紛争の解決を、解決金の支払いと労働契約関係の解消によって行うとする制度である。
 そして、そのような解決方法の選択を、労働者からだけでなく、解雇者である使用者側からも認めようとするところに特徴がある。
 他方、B制度「事前型」とも呼ばれる。)は、簡単にいえば、補償金を支払うことによって解雇を可能にするという制度である。たとえば、リストラで希望退職を募集する際には、退職金の積み増しを条件とした合意解約による労働契約関係の解消が行われることが多いが、これを制度化するものと捉えてよい。
 要は、お金を払えば適法に解雇ができる-法的にみると、これが「解雇」といえるかは疑問であり、一種の「合意解約」だと思うのだが-ということを制度的に認めようとするものである。
 先述したように、「解雇の金銭解決制度」の導入をめぐっては、2002年12月26日に出された労政審議会労働条件部会報告「今後の労働条件に係る制度の在り方について」をはじめとして、さまざまな場面で繰り返し言及されてきた。しかし、そこで議論の対象となっていたのは、一貫して、A制度の方であった。
 同制度の導入を本格的かつ詳細に展開した労働契約法制研究会の「今後の労働契約法制の在り方に関する研究会報告書」(2005年9月15日。以下、「2005年報告書」)でも、そして、今年の6月に規制改革会議が行った答申でも、あくまでも検討の対象はA制度であった。
 ところが、WGにおいては様相が異なっている。解雇の金銭解決制度についてWGのヒアリングを受けた有識者のうち、大竹文雄氏(大阪大学教授)及び八代尚宏氏(国際基督教大学客員教授)は、明確に、B制度を前提としてその導入を図るべきだと述べているのである。
 B制度の問題点を指摘し、A制度の導入を図るべきと述べているのは大内伸哉氏(神戸大学教授)のみである。
 しかし、これらの議論はすべてWGでは「解雇の金銭解決制度」とまとめられてしまっている。
 必要時に簡便に人員削減を行い、解雇を行った場合の紛争発生のリスクを回避したいというのは、企業側の偽らざる本音だろう。その意味で、B制度は企業にとって願ってもない仕組みである。
 しかし、B制度は解雇権の濫用規制を実質的に骨抜きにし、恣意的な解雇や人権侵害にあたるような解雇(組合所属、思想信条、性別等を理由とする解雇)ですら可能にしてしまう危険性が高い
 それは働く現場の秩序を完全に崩壊させてしまうだろう。
 今後、特区を使った「過激な実験」が行われる危険は否定しがたく、WGの動きには注視しておく必要がある。B制度の導入には断固反対しなければならない
 他方、A制度の導入に関しては、まず、労働者側から、契約関係の解消と解決金給付を求めて申し立てを行うことについては基本的に賛成する意見が多い。解決金の額に関する問題はあるものの、被解雇労働者にとって救済方法の選択肢が広がるなど、メリットとなる点が多いからである。
 しかし、使用者側からの関係解消の申し立てを認めることへの妥当性には疑問も多い。
 たしかに、同制度を具体的に検討した2005年報告書は、同制度が濫用されることへの懸念を前提としたうえで、使用者側からの申し立てが認められるのは、「使用者の故意または過失によらない事情であって労働者の職場復帰が困難と認められる特別な事情がある場合に限る」と限定した。
 しかし、このような制限を置いたとしても、使用者が不当覚悟で解雇を行い、関係解消の申し立てを乱発することによって労働者を実質的に職場から放逐するなど、濫用的利用が生じる不安はぬぐえない。
 ◆ ドイツでは原職復帰が基本
 同制度の導入にあたってしばしば引用されるドイツでは、たしかに労使双方からの同制度利用が認められているものの、使用者側からの申し立ては、事業目的に則した労使の協働が期待できない場合に限られており、容易にその利用が認められているわけではない。
 労働者が望まない場合以外は、やはり基本は原職復帰である。
 また、解決金の額も、原則として給与の12ヵ月分、50歳以上でかつ15年以上の勤続年数がある場合には15ヵ月分、55歳以上でかつ20年以上の勤続年数がある場合には18ヵ月と比較的高額になっている(ドイツ解雇制限法9条及び10条)。
 諸外国では労使双方からの解決申立が認められており、日本は遅れていると言わんばかりのありがちな議論に対して、慎重に対応することが重要である。
『労働情報872号』(2013/10/1)

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