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東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

河原井さん根津さんらの「君が代」解雇をさせない会 学習会

2019年11月27日 | 日の丸・君が代関連ニュース
  =江藤祥平さん講演会=
 ◎ 「日本国憲法の70年を振り返る」


 日時 2019年12月15日(日)13時30分~
 場所 国分寺労政会館第4会議室
     国分寺市南町3-22-10(JR国分寺駅南口下車5分)
 講師 江藤祥平さん(上智大准教授 憲法学)


 「君が代」起立斉唱は「思想及び良心の自由の間接的な制約となる面がある」が「慣例上の儀礼的所作」と判決はいう。その判旨について江藤准教授(37歳)は、「面従腹背のすすめ」と読み解く。「腹では従わなくてもいいけれど、面構えだけはみんなと同じにしなさい、ということ」と。
 また、「君が代を押しつける権力者の真の動機は、右を向けと言ったときに右を向く従順なしもべをつくり、左を向く『非国民』をあぶり出すことにある」(2019年5月5日朝日新聞)とも。
 私たちは2008年上告書上告理由書及び2009年控訴審準備書面作成に際し、江藤准教授に意見書を書いていただきました。
 「まず問題なのは、国旗・国歌というナショナル・シンボルをめぐる争いが、単なる『職務命令→拒否』の図式に落とし込まれている点にある。
 国家が国民教育において国旗や国歌をかつぎだすのは、国民精神を集中させて『統合』を実現するという政治自的からである。国家権力が強制力を背景に実施するときに、これを、各小法廷が言う、『儀礼』と評するのは不可能である。
 そもそも、もしそれが本当に儀礼なのであれば、強制力は不要のはずである。強制力を用いなければならないところに、政治性が露見している。国家が国旗・国歌をめぐり強制力を行使するときに、『統合』とは切り離された意味での『敬意』などというものは観念しえない。
 次に問われるべきは、職務命令が教職員の憲法上の自由を制約するか否かの以前に、そもそも国家の側にそのような命令をする権力があるのか否かである。」と論じます。
 講演では、「日の丸・君が代」強制とその判決についても十分にお話しいただきます。
河原井さん根津さんらの「君が代」解雇をさせない会
〒185-0033 東京都国分寺市内藤2-38-1 田中コーポエクセレント101多摩教組気付

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