◆ 道徳の教科化・文科省研究開発校の発表会を見学して (教科書ネット21ニュース)
平成26年度文科省の研究開発校に指定されている学校は、全国に9校あります。そのうち普通の公立校は3校です。その3校の中で「道徳」を研究テーマにしているのは1校です。この学校は、道徳と言わずに「徳育科」と呼んでいます。
徳育科には大きく二つの柱があります。ひとつは学習指導要領の道徳です。もうひとつは礼法、礼儀作法です。時数は、道徳30時間、礼法15時間で年間45時間が徳育科に充てられています。
中教審・教育課程企画特別部会「論点整理」には、「道徳」の改善充実のポイントとして3点あげています。
①考える道徳、議論する道徳への転換
②問題解決的な学習
③体験的学習を取り入れる。です。
具体的にはどのような授業が展開されるのか、研究開発校の学校の授業を見てきました。
すべての授業が、議論する授業、問題解決的な学習、体験する授業いずれかになっていました。
すべての授業の流れが「気付く」「考える」「実践につなげる」「深め広げる」の4段階の展開になっています。
考える段階ではあまり議論がなく、実践につなげる段階で議論や体験的活動をとりいれていました。
アクティブラーニングの道徳版だと思います。
この学校の研究テーマの柱の一つは、「『なにがわかった』から『なにができるか』」へ、つまり道徳的実践力を身につけ、実践を評価するというものです。ですから、「実践につなげる」というところが授業のメインになっています。
◆ 問題解決型道徳は
5年生の「知らない間に」という授業を参観しました。
メールを扱った内容です。
転校生が来ました。自己紹介でマンガを読んだり書いたりするのが好きといったので、同じ趣味だ仲良くなれると思い、メールアドレスを交換しようとしたら携帯を持っていなかった、そこで、転校生は携帯をもっていないよと友達にメールしたら、どんどん拡散し「仲間はずれになっていたかも」というような内容になっていく。
次の日それを知った転校生は、帰りの会に仲間外れになっていませんと発言、「いつの間にこんなになってしまったのだろう」と家に帰って電話をしようとしました。
◆ 教師が想定外だったら
「実践につなげる」段階での話し合いの課題は、「そういうメールが来たときあなたならどう返信しますか」。
まず、班で乱合い、発表。
「本当かどうかわからないし、携帯なくても友達になってあげればいいと思うよ」「へえそうなんだ。でも推測だからわからないよ」「でも理由があって携帯持ってないかもしれないし、推測だからそうぃうことを言うのはよくないよ」などなど、「正解かな」という答えが発表されます。
ところが最後になって、8、9班が「じゃ暗い人なんだね。みんなにメールしておく」「携帯ないなら遊べなぃかもしれないかも。誘うのやめとく」というのがだされます。教師は想定外だったのでしょう。
教員は、「この中にヘンなのがあるね」と挙手をさせ、8班9班の答えを黒板から外してしまいます。ほとんどの子どもたちが「変だ」に手を挙げていました。「えっ、書いた班の人も手を挙げてるよ」というつぶやきが聞こえました。
時間の関係もあり、これについては議論はできないまま授業は終わってしまいました。しかし、「そういうメールはしない方がいいよ」と返信するのが正解であることは誰もが知っています。
『こうしなけらばならない』という建前ではない本音の議論をしたら、違った議論になったかもしれませんが、建前上の正解がわかっていて、その枠の中での議論は「押し付け」以外何物でもない。が私の感想です。
◆ 体験的道徳
もうひとつの充実改善の方法「体験」についてみてみます。
礼法ではまさに体験的授業が多く組み込まれています。実際にやってみる、ロールプレイなど模擬的な体験をするなどいろいろな授業がありましたが、一番びっくりしたのは、5年生の授業に食事マナーがあったことです。フォーク、ナイフの使い方、スープを飲む時は音を立てない、などなど。
私は参観しませんでしたが、これが「道徳」の授業なのでしょうか。
1年生の「姿勢正しく」を参観しました。
まず、授業の始まりにびっくり。
日直「あいさつをします」全員「ハイ」
日直「立ってください」全員「ハイ」全員「よろしくお願いします」礼
日直「座ってください」全員「ハイ」。
前言後礼と言って、あいさつを言ってから3拍礼、だそうです。
最初の発問、「なぜ姿勢正しくお話しを聞かなければならないのですか」。
まっすぐに手を挙げて大きな声で発言した「お話ししてくれる人に失礼がないように」「姿勢正しく聞くと気持ちがいいから」。
模範解答過ぎて、1年生としてあまりに不自然。
いつも言い聞かせているんでしょうか。教師「では正しい姿勢をしてみましょう」と授業は進んでいきます。
それにしても形から入る典型でした。その様子を見て、直立不動の姿勢で「教育勅語」を聞いている子どもたちが目に浮かび、とても授業を見続けることはできませんでした。もちろん私は、リアルタイムにそのような光景を見たことはありませんが…。
◆ 講評・発表資料で印象に残ったこと
講師の先生から次のような発言がありました。
「指導案をしっかり作ることは重要です。しかし児童の想定外の発言に、議論を深める可能性があると思ったら、授業の中に積極的に取り入れることが重要。」
「今、カリキュラムマネージメントがいわれています。指導計画・カリキュラムをしっかり立てることはとて重要です。しかしそれと同時に、子どもの実際の様子や出来事をとりいれることも必要です。」
事前に準備した教材では、本当に議論しなければならない必然性や必要性は困難です。準備された教材は現在の生活に必ずしもヒットしているとは限りません。準備した教材と議論の必然性には基本的に矛盾があるということを自ら明らかにしてしまったように思いました。
◆ 道徳の評価を3段階で
「評価」も研究の重要な柱の一つです。すでに通知表には、1、2学期は文章表現で、3学期は3段階で評価をしています。
報告書に、課題として書かれていることは、今現在どこの学校の通知票にもある「所見」「行動の様子」との関連、整合性です。道徳的実践力でしたら、「行動の様子」で事足りるだろうし、もし特別に書く必要があることは「所見」に書けばよいことです。
「道徳」の評価の困難さはこんなところにも表れていると思いました。
◆ 道徳を「個別指導」とは
課題として挙げられていることに「個別指導」があります。目標に達成していない児童に対する指導をどうするかが課題だというわけです。
算数がわからない子どもに対する個別指導ならまだわかりますが、道徳の個別指導とはいったいなんだろうと思いました。
一人の子どもを相手にお説教をしている姿が目に浮かびます。「人格の完成」を目指す教育を破壊するものであることを明らかにした発表でした。
(やざわただみち)
「子どもと教科書全国ネット21ニュース」108号(2016.6)
矢澤正道(子どもと教科書あきる野ネット21事務局長)
平成26年度文科省の研究開発校に指定されている学校は、全国に9校あります。そのうち普通の公立校は3校です。その3校の中で「道徳」を研究テーマにしているのは1校です。この学校は、道徳と言わずに「徳育科」と呼んでいます。
徳育科には大きく二つの柱があります。ひとつは学習指導要領の道徳です。もうひとつは礼法、礼儀作法です。時数は、道徳30時間、礼法15時間で年間45時間が徳育科に充てられています。
中教審・教育課程企画特別部会「論点整理」には、「道徳」の改善充実のポイントとして3点あげています。
①考える道徳、議論する道徳への転換
②問題解決的な学習
③体験的学習を取り入れる。です。
具体的にはどのような授業が展開されるのか、研究開発校の学校の授業を見てきました。
すべての授業が、議論する授業、問題解決的な学習、体験する授業いずれかになっていました。
すべての授業の流れが「気付く」「考える」「実践につなげる」「深め広げる」の4段階の展開になっています。
考える段階ではあまり議論がなく、実践につなげる段階で議論や体験的活動をとりいれていました。
アクティブラーニングの道徳版だと思います。
この学校の研究テーマの柱の一つは、「『なにがわかった』から『なにができるか』」へ、つまり道徳的実践力を身につけ、実践を評価するというものです。ですから、「実践につなげる」というところが授業のメインになっています。
◆ 問題解決型道徳は
5年生の「知らない間に」という授業を参観しました。
メールを扱った内容です。
転校生が来ました。自己紹介でマンガを読んだり書いたりするのが好きといったので、同じ趣味だ仲良くなれると思い、メールアドレスを交換しようとしたら携帯を持っていなかった、そこで、転校生は携帯をもっていないよと友達にメールしたら、どんどん拡散し「仲間はずれになっていたかも」というような内容になっていく。
次の日それを知った転校生は、帰りの会に仲間外れになっていませんと発言、「いつの間にこんなになってしまったのだろう」と家に帰って電話をしようとしました。
◆ 教師が想定外だったら
「実践につなげる」段階での話し合いの課題は、「そういうメールが来たときあなたならどう返信しますか」。
まず、班で乱合い、発表。
「本当かどうかわからないし、携帯なくても友達になってあげればいいと思うよ」「へえそうなんだ。でも推測だからわからないよ」「でも理由があって携帯持ってないかもしれないし、推測だからそうぃうことを言うのはよくないよ」などなど、「正解かな」という答えが発表されます。
ところが最後になって、8、9班が「じゃ暗い人なんだね。みんなにメールしておく」「携帯ないなら遊べなぃかもしれないかも。誘うのやめとく」というのがだされます。教師は想定外だったのでしょう。
教員は、「この中にヘンなのがあるね」と挙手をさせ、8班9班の答えを黒板から外してしまいます。ほとんどの子どもたちが「変だ」に手を挙げていました。「えっ、書いた班の人も手を挙げてるよ」というつぶやきが聞こえました。
時間の関係もあり、これについては議論はできないまま授業は終わってしまいました。しかし、「そういうメールはしない方がいいよ」と返信するのが正解であることは誰もが知っています。
『こうしなけらばならない』という建前ではない本音の議論をしたら、違った議論になったかもしれませんが、建前上の正解がわかっていて、その枠の中での議論は「押し付け」以外何物でもない。が私の感想です。
◆ 体験的道徳
もうひとつの充実改善の方法「体験」についてみてみます。
礼法ではまさに体験的授業が多く組み込まれています。実際にやってみる、ロールプレイなど模擬的な体験をするなどいろいろな授業がありましたが、一番びっくりしたのは、5年生の授業に食事マナーがあったことです。フォーク、ナイフの使い方、スープを飲む時は音を立てない、などなど。
私は参観しませんでしたが、これが「道徳」の授業なのでしょうか。
1年生の「姿勢正しく」を参観しました。
まず、授業の始まりにびっくり。
日直「あいさつをします」全員「ハイ」
日直「立ってください」全員「ハイ」全員「よろしくお願いします」礼
日直「座ってください」全員「ハイ」。
前言後礼と言って、あいさつを言ってから3拍礼、だそうです。
最初の発問、「なぜ姿勢正しくお話しを聞かなければならないのですか」。
まっすぐに手を挙げて大きな声で発言した「お話ししてくれる人に失礼がないように」「姿勢正しく聞くと気持ちがいいから」。
模範解答過ぎて、1年生としてあまりに不自然。
いつも言い聞かせているんでしょうか。教師「では正しい姿勢をしてみましょう」と授業は進んでいきます。
それにしても形から入る典型でした。その様子を見て、直立不動の姿勢で「教育勅語」を聞いている子どもたちが目に浮かび、とても授業を見続けることはできませんでした。もちろん私は、リアルタイムにそのような光景を見たことはありませんが…。
◆ 講評・発表資料で印象に残ったこと
講師の先生から次のような発言がありました。
「指導案をしっかり作ることは重要です。しかし児童の想定外の発言に、議論を深める可能性があると思ったら、授業の中に積極的に取り入れることが重要。」
「今、カリキュラムマネージメントがいわれています。指導計画・カリキュラムをしっかり立てることはとて重要です。しかしそれと同時に、子どもの実際の様子や出来事をとりいれることも必要です。」
事前に準備した教材では、本当に議論しなければならない必然性や必要性は困難です。準備された教材は現在の生活に必ずしもヒットしているとは限りません。準備した教材と議論の必然性には基本的に矛盾があるということを自ら明らかにしてしまったように思いました。
◆ 道徳の評価を3段階で
「評価」も研究の重要な柱の一つです。すでに通知表には、1、2学期は文章表現で、3学期は3段階で評価をしています。
報告書に、課題として書かれていることは、今現在どこの学校の通知票にもある「所見」「行動の様子」との関連、整合性です。道徳的実践力でしたら、「行動の様子」で事足りるだろうし、もし特別に書く必要があることは「所見」に書けばよいことです。
「道徳」の評価の困難さはこんなところにも表れていると思いました。
◆ 道徳を「個別指導」とは
課題として挙げられていることに「個別指導」があります。目標に達成していない児童に対する指導をどうするかが課題だというわけです。
算数がわからない子どもに対する個別指導ならまだわかりますが、道徳の個別指導とはいったいなんだろうと思いました。
一人の子どもを相手にお説教をしている姿が目に浮かびます。「人格の完成」を目指す教育を破壊するものであることを明らかにした発表でした。
(やざわただみち)
「子どもと教科書全国ネット21ニュース」108号(2016.6)
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