《月刊救援から》
☆ コリアン・ジェノサイド
~百年目の民衆責任を問う
前田 朗(東京造形大学)
☆ ジェノサイド百年
一九二三年の関東大震災朝鮮人中国人虐殺から百年の節目を迎え、各地で多彩な取り組みかなされた。
現地調査、フィールドワーク、学習会、講演会、映画製作・上映会、演劇など幅広い取り組みである、TVや新聞・雑誌などマスメディアも積極的に取り上げている。
国会では長期の忘却と無視を経て、朝鮮人中国人虐殺について議員から質問がなされ、政府見解か示された。
五月、参議院内閣委員会で立憲民主党の杉尾秀哉参院議員、六月、社会民主党の福島みずほ議員が質問に立った。
膨大な犠牲について民間の調査が進んだだけでなく、政府文書に官憲や軍隊が関与した事実を裏付ける記録が国会図書館などにある、と指摘した上で、政府の認識をただした。
警察庁は「政府として調査した限り、事実関係を把握できる記録は見当たらず、仮に指摘の資料を確認しても内容を評価することは困難」との答弁を繰り返した。
防災担当相は「さらなる調査は考えていない」と言い放ち「流言飛語への対応は歴史から謙虚に学び、安全安心の確保につなげていく必要がある」と一般論を唱えた。
政府の責任を正面から追及する国会質問は百年ぶりである。
事件直後の一九二三年一二月一五日、永井柳太郎衆院議員が本会議で、震災直後に内務省が「在留鮮人放火、投弾」と警戒を求める電報を各地に発したことに触れ、「政府自ら出した流言飛語に対して、責任を感じないか」と追及した。
政府は調査を約束したが、実施していない。だが国会では百年間ほとんど取り上げられずにきた。
野党議員は二〇一五年以降、八回にわたり質問主意書を出した。政府答弁書は毎回、「記録か見当たらないからお答えは困難」というものだった。
国会の場て口頭質問をしたのは百年ぶりである。この空白をとう考えるべきか。
関東大震災朝鮮人虐殺という言葉が定着しているが、国際法的に表現すればジェノサイドである。
国際的に知られるジェノサイドはナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺が一九三〇~四〇年代、オスマン・トルコによアルメニア・ジェノサイドは一九一五~一八年の出来事である。
二〇二一年、ドイツはナミビアで植民地時代に行ったヘレロ人虐殺がジェノサイドてあったと認めた。一九〇五~○八年、ヘレロ人八万人のうち六万人か殺害されたと推定される。
いずれも百年に及ぶ過去の悲劇であるが、国家責任が解明・追及されてきた。ところか日本政府は調査を妨害し、記録を隠蔽し、百年後にも事実を認めず、調査を否定する。
小池百合子東京都知事は事実を曖味化し、横網町公園の追悼碑前での追悼式典妨害に加担している。
☆ 民衆犯罪論の視点
佐藤冬樹『関東大農災と民衆犯罪』(筑摩書房)は、逮捕され、刑事訴追を受けた自警団など一一四件の殺害事件、六〇〇人以上の自警団員の裁判記録等を基に事件の概要、発生状況、犯行地等を解明する。佐藤の研究と叙述は資料の数量データ化を基に、手堅い分析を加える点に新奇性がある。
朝鮮人被害者のプロフィールについて性別、年齢、職業・所属を確認し、事件の態様として、
第一に、検問・警戒中に遭遇した事例、
第二に、逃亡した人を捕縛.斬殺、
第三に、住居・勤務先・宿泊先襲撃、
第四に、警察署・軍隊への移送途上襲撃、
第五に、派出所・警察署襲撃、
第六に、負傷・捕縛された人の殺害
に分けて考察する。
佐藤は自警団の犯罪の特徴を四つにまとめる。
第一に、徹底した攻撃性。自ら攻撃を仕掛け朝鮮人滞在先を襲撃し、逃げる者を容赦なく殺した。
第二に、無差別性。性別、年齢を問わず乳幼児や女性も斬殺した。同し町内で暮らした労働者も見逃さない、「善良な朝鮮人」と「不逞鮮人」の区分を拒否し、無差別に殺した。
第三に、警察への反発。いったん排外主義に火がつくと、朝鮮人を庇護する警察を敵視し、巡査を追い回し警察署を包囲して朝鮮人を殺害しようとした。
第四に、群衆による犯罪。数十人、場合によっては数百ないし数千人が集結して無名性・匿名性に埋没して犯行に及んだ。
それでは加害者の特徴は何か。
従来第一に在郷軍人、第二に下層細民に注目が集まったが、佐藤は埼玉県の虐殺事件裁倒記録を基に、官製団体(消防組員、在郷軍人、青年団員)加人状況、性別、年齢別、職業別構成を検討し、「在来産業」従業者主犯説を提起する。
あらゆる年齢層の男性が加わったが、農民、漁民、商人、職人が主力であった。地域に根差した働き方、暮らし方をして消防組や自警団の中心メンバーであった。
佐藤は「ふつうの地元民」が虐殺事件を引き越した事実を明らかにし、そのことに衝撃を愛ける。なぜ「ふつうの地元民」がエスノサイドを惹起したのか。
日本軍や警察による煽動があったのは事実たが、それだけでは説明がつかない。
朝鮮人殺害だけでなく警察署を襲撃するほとの民衆犯罪のエネルギーの秘密こそ解明しなければならないという。
佐藤が教えてくれたことは関東大震災朝鮮人虐殺はいまだ十分に研究されず、論じられていないことである。さらに多様な論点を登記して研究と責任追及が続けられなければならない。
『月刊救援 653号』(2023年9月10日)
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