◆ ヘイト・スピーチといかに闘うか
◆ レマン湖畔のパレ・ウィルソン
8月29日、人種差別撤廃条約に基づく人種差別撤廃委員会は、日本政府が提出した3回目の報告書の審査結果としての総括所見を公表した。
特にヘイト・スピーチに関する勧告が注目を集め、NHKや各紙も以前の勧告よりもかなり大きく報道した。
日本政府報告書審査は8月20・21日、ジュネーヴ(スイス)のレマン湖畔にあるパレ・ウィルソン(国連人権高等弁務官事務所)会議室で開催された。パレ・ウィルソンとはかつて国際連盟の創設を提唱したアメリカ大統領の名前にちなんだ建物である。2001年の1回目、2010年の2回目も同じ会場で審査が行われたので馴染みの会場だ。
私は1994年8月の国連人権小委員会に参加するために初めてこの町を訪れたので、ちょうど20年目だ。夏のジュネーヴは素敵な青空が広がり、爽やかな気分で過ごす毎日だ。もっとも、日本政府報告書審査の時は、イヤ~な気分になる。
日本におけるマイノリティに対する深刻な差別が問われている。ところが、日本政府代表の外交官や官僚は「日本には人種差別はありません」などと異常な主張をして、顰蹙を買ってばかりである。恥を知らない官僚たちを見ていると、こちらが恥ずかしくなる。
審査を前に在ジュネーヴの日本人新聞記者を訪ねて取材依頼をする。
ヘイト・スピーチが取り上げられると予想されていたので、どの記者もかなり関心を持っているが、中には「在特会とカウンターはどっちもどっちだ」などと言う記者もいた。
人種差別撤廃委員会でのロビー活動のために連携・協力してきた「人種差別撤廃NGOネットワーク」事務局とEメールでやり取りしながら、審査を迎えた。
審査前日の8月19日には委員会とNGOの非公式会合が設定され、NGOはヘイト・スピーチ、朝鮮学校差別、アイヌ民族や琉球民族の状況、難民の権利、被差別部落の状況などを訴えた。
◆ 委員会勧告-人種主義的暴力と憎悪
勧告は多岐にわたるが、ここではヘイト・スピーチに関する勧告を引用しておく(人種差別撤廃NGOネットワーク訳を参照した)。
<4条に準拠した立法措置>
10.締約国の第4条(a)(b)項の留保の撤回あるいはその範囲の縮減を求めた委員会の勧告に関して締約国が述べた見解および理由に留意するものの、委員会は締約国がその留保を維持するという決定を遺憾に思う。人種差別思想の流布や表明が刑法上の名誉殿損罪および他の犯罪を構成しうることに留意しつつも、委員会は、締約国の法制が第四条のすべての規定を十分遵守していないことを懸念する(第4条)。
委員会は、締約国がその見解を見直し、第4条(a)(b)項の留保の撤回を検討することを奨励する。委員会は、その一般的勧告15(1993年)および人種主義的ヘイト・スピーチと闘うことに関する一般的勧告35(2013年)を想起し、締約国に、第4条の規定を実施する目的で、その法律、とくに刑法を改正するための適切な手段を講じるよう勧告する。
<ヘイト.スピーチとヘイト.クライム>
11.委員会は、締約国における、外国人やマイノリティ、とりわけコリアンに対する人種主義的デモや集会を組織する右翼運動もしくは右翼集団による切迫した暴力への煽動を含むヘイト・スピーチのまん延の報告について懸念を表明する。委員会はまた、公人や政治家によるヘイト・スピーチや憎悪の煽動となる発言の報告を懸念する。委員会はさらに、集会の場やインターネットを含むメディアにおけるヘイト・スピーチの広がりと人種主義的暴力や憎悪の煽動に懸念を表明する。また、委員会は、そのような行為が締約国によって必ずしも適切に捜査や起訴されていないことを懸念する(第4条)。
人種主義的ヘイト・スピーチとの闘いに関する一般的勧告35(2013年)を想起し、委員会は人種主義的スピーチを監視し闘うための措置が抗議の表明を抑制する口実として使われてはならないことを想起する。しかしながら、委員会は締約国に、人種主義的ヘイト・スピーチおよびヘイト・クライムからの防御の必要のある被害をうけやすい集団の権利を守ることの重要性を思い起こすよう促す。したがって、委員会は、以下の適切な措置を取るよう勧告する:
(a)憎悪および人種主義の表明並びに集会における人種主義的暴力と憎悪に断固として取り組むこと、
(b)インターネットを含むメディアにおけるヘイト・スピーチと闘うための適切な手段を取ること、
(c)そうした行動に責任のある民間の個人並びに団体を捜査し、適切な場合は起訴すること、
(d)ヘイト・スピーチおよび憎悪扇動を流布する公人および政治家に対する適切な制裁を追求すること、そして、
(e)人種主義的ヘイト・スピーチの根本的原因に取り組み、人種差別につながる偏見と闘い、異なる国籍、人種あるいは民族の諸集団の間での理解、寛容そして友好を促進するために、教授、教育、文化そして情報の方策を強化すること。
◆ 表現の自由を守るためにヘイト・スピーチを処罰する
審査1日目は8月20日午後3時から6時で、まず日本政府代表によるプレゼンテーションがあり、続いて日本担当のケマル委員から総括的な報告がなされ、最後にその他の委員から多数の質問が出された。
2日目は21日午前10~午後1時で、日本政府からの回答がなされ、各委員から2度目の発言がなされ、最後にケマル委員がまとめの発言を行った。
ケマル委員は最初に次のように指摘した。
「前回勧告の条約第4条(a)(b)の留保について、留保を撤回するべきである。特定のグループ、例えば朝鮮学校の子どもを標的とした差別発言や、部落差別が続いている。2013年には360件の差別デモがあったという情報がある。日本政府は具体的にどのような措置をとったのか。ヘイト・スピーチをおさえるのにどのように措置をとっているのか。」
続いてバスケス委員、ディアコヌ委員、ユエン委員、ファン委員、クリックリー委員が次々とヘイト・スピーチについて質問した。
◆ 政府「日本は立法の必要ない」
日本政府は2日目に回答したが、「現在の我が国の状況が、ヘイト・スピーチ立法をする必要がある状況に至っているとは考えない」という、委員も驚愕のゼロ回答であった。
というのも20日昼休みに、私たちは日本におけるヘイト・スピーチの映像を上映した。在特会による京都朝鮮学校襲撃事件、朝鮮大学校前での騒動、新大久保(東京)や鶴橋(大阪)における「殺せ!死ね!」と叫ぶヘイト・デモの映像である。
この映像を日本政府代表も見た。それでもなお、「日本には差別はない。ヘイト・スピーチの処罰は必要ない」と断定したのである。
引き続きアフトノモフ委員、ディアコヌ委員、クリックリー委員が発言し、最後にケマル委員がまとめた。
「まず何よりも、包括的差別禁止法の制定である。憲法とのギャップを埋めることになる。第4条(a)(b)と日本国憲法に不一致はない。しかし、日本政府は留保している。これでは善意であっても誤解されかねない。善意の印象を与えていないパラドクスである。第4条と憲法に矛盾はなく、負担でない。ヘイト・スピーチの処罰は、表現の自由にマイナスにならない。」
こうした経過で発表されたのが上記の勧告である。人種差別撤廃条約は、各国政府が人種差別をなくすために、いかなる努力をするべきか。その方策を示している。委員会は、各国政府に条約履行のために有益な手段を勧告する。NGOもそのために活動する。
憲法の表現の自由とヘイト・スピーチ規制には矛盾はない。むしろ、表現の自由と責任を守るためにヘイト・スピーチを処罰するべきだ。しかし、日本政府は条約を履行する意思を持っていない。
委員会勧告を持ち帰った私たちは、勧告を手掛かりに少しでも差別をなくすため、次のステップを模索している。(まえだあきら)
『子どもと教科書全国ネット21ニュース』98号(2014.10)
前田 朗(東京造形大学教授)
◆ レマン湖畔のパレ・ウィルソン
8月29日、人種差別撤廃条約に基づく人種差別撤廃委員会は、日本政府が提出した3回目の報告書の審査結果としての総括所見を公表した。
特にヘイト・スピーチに関する勧告が注目を集め、NHKや各紙も以前の勧告よりもかなり大きく報道した。
日本政府報告書審査は8月20・21日、ジュネーヴ(スイス)のレマン湖畔にあるパレ・ウィルソン(国連人権高等弁務官事務所)会議室で開催された。パレ・ウィルソンとはかつて国際連盟の創設を提唱したアメリカ大統領の名前にちなんだ建物である。2001年の1回目、2010年の2回目も同じ会場で審査が行われたので馴染みの会場だ。
私は1994年8月の国連人権小委員会に参加するために初めてこの町を訪れたので、ちょうど20年目だ。夏のジュネーヴは素敵な青空が広がり、爽やかな気分で過ごす毎日だ。もっとも、日本政府報告書審査の時は、イヤ~な気分になる。
日本におけるマイノリティに対する深刻な差別が問われている。ところが、日本政府代表の外交官や官僚は「日本には人種差別はありません」などと異常な主張をして、顰蹙を買ってばかりである。恥を知らない官僚たちを見ていると、こちらが恥ずかしくなる。
審査を前に在ジュネーヴの日本人新聞記者を訪ねて取材依頼をする。
ヘイト・スピーチが取り上げられると予想されていたので、どの記者もかなり関心を持っているが、中には「在特会とカウンターはどっちもどっちだ」などと言う記者もいた。
人種差別撤廃委員会でのロビー活動のために連携・協力してきた「人種差別撤廃NGOネットワーク」事務局とEメールでやり取りしながら、審査を迎えた。
審査前日の8月19日には委員会とNGOの非公式会合が設定され、NGOはヘイト・スピーチ、朝鮮学校差別、アイヌ民族や琉球民族の状況、難民の権利、被差別部落の状況などを訴えた。
◆ 委員会勧告-人種主義的暴力と憎悪
勧告は多岐にわたるが、ここではヘイト・スピーチに関する勧告を引用しておく(人種差別撤廃NGOネットワーク訳を参照した)。
<4条に準拠した立法措置>
10.締約国の第4条(a)(b)項の留保の撤回あるいはその範囲の縮減を求めた委員会の勧告に関して締約国が述べた見解および理由に留意するものの、委員会は締約国がその留保を維持するという決定を遺憾に思う。人種差別思想の流布や表明が刑法上の名誉殿損罪および他の犯罪を構成しうることに留意しつつも、委員会は、締約国の法制が第四条のすべての規定を十分遵守していないことを懸念する(第4条)。
委員会は、締約国がその見解を見直し、第4条(a)(b)項の留保の撤回を検討することを奨励する。委員会は、その一般的勧告15(1993年)および人種主義的ヘイト・スピーチと闘うことに関する一般的勧告35(2013年)を想起し、締約国に、第4条の規定を実施する目的で、その法律、とくに刑法を改正するための適切な手段を講じるよう勧告する。
<ヘイト.スピーチとヘイト.クライム>
11.委員会は、締約国における、外国人やマイノリティ、とりわけコリアンに対する人種主義的デモや集会を組織する右翼運動もしくは右翼集団による切迫した暴力への煽動を含むヘイト・スピーチのまん延の報告について懸念を表明する。委員会はまた、公人や政治家によるヘイト・スピーチや憎悪の煽動となる発言の報告を懸念する。委員会はさらに、集会の場やインターネットを含むメディアにおけるヘイト・スピーチの広がりと人種主義的暴力や憎悪の煽動に懸念を表明する。また、委員会は、そのような行為が締約国によって必ずしも適切に捜査や起訴されていないことを懸念する(第4条)。
人種主義的ヘイト・スピーチとの闘いに関する一般的勧告35(2013年)を想起し、委員会は人種主義的スピーチを監視し闘うための措置が抗議の表明を抑制する口実として使われてはならないことを想起する。しかしながら、委員会は締約国に、人種主義的ヘイト・スピーチおよびヘイト・クライムからの防御の必要のある被害をうけやすい集団の権利を守ることの重要性を思い起こすよう促す。したがって、委員会は、以下の適切な措置を取るよう勧告する:
(a)憎悪および人種主義の表明並びに集会における人種主義的暴力と憎悪に断固として取り組むこと、
(b)インターネットを含むメディアにおけるヘイト・スピーチと闘うための適切な手段を取ること、
(c)そうした行動に責任のある民間の個人並びに団体を捜査し、適切な場合は起訴すること、
(d)ヘイト・スピーチおよび憎悪扇動を流布する公人および政治家に対する適切な制裁を追求すること、そして、
(e)人種主義的ヘイト・スピーチの根本的原因に取り組み、人種差別につながる偏見と闘い、異なる国籍、人種あるいは民族の諸集団の間での理解、寛容そして友好を促進するために、教授、教育、文化そして情報の方策を強化すること。
◆ 表現の自由を守るためにヘイト・スピーチを処罰する
審査1日目は8月20日午後3時から6時で、まず日本政府代表によるプレゼンテーションがあり、続いて日本担当のケマル委員から総括的な報告がなされ、最後にその他の委員から多数の質問が出された。
2日目は21日午前10~午後1時で、日本政府からの回答がなされ、各委員から2度目の発言がなされ、最後にケマル委員がまとめの発言を行った。
ケマル委員は最初に次のように指摘した。
「前回勧告の条約第4条(a)(b)の留保について、留保を撤回するべきである。特定のグループ、例えば朝鮮学校の子どもを標的とした差別発言や、部落差別が続いている。2013年には360件の差別デモがあったという情報がある。日本政府は具体的にどのような措置をとったのか。ヘイト・スピーチをおさえるのにどのように措置をとっているのか。」
続いてバスケス委員、ディアコヌ委員、ユエン委員、ファン委員、クリックリー委員が次々とヘイト・スピーチについて質問した。
◆ 政府「日本は立法の必要ない」
日本政府は2日目に回答したが、「現在の我が国の状況が、ヘイト・スピーチ立法をする必要がある状況に至っているとは考えない」という、委員も驚愕のゼロ回答であった。
というのも20日昼休みに、私たちは日本におけるヘイト・スピーチの映像を上映した。在特会による京都朝鮮学校襲撃事件、朝鮮大学校前での騒動、新大久保(東京)や鶴橋(大阪)における「殺せ!死ね!」と叫ぶヘイト・デモの映像である。
この映像を日本政府代表も見た。それでもなお、「日本には差別はない。ヘイト・スピーチの処罰は必要ない」と断定したのである。
引き続きアフトノモフ委員、ディアコヌ委員、クリックリー委員が発言し、最後にケマル委員がまとめた。
「まず何よりも、包括的差別禁止法の制定である。憲法とのギャップを埋めることになる。第4条(a)(b)と日本国憲法に不一致はない。しかし、日本政府は留保している。これでは善意であっても誤解されかねない。善意の印象を与えていないパラドクスである。第4条と憲法に矛盾はなく、負担でない。ヘイト・スピーチの処罰は、表現の自由にマイナスにならない。」
こうした経過で発表されたのが上記の勧告である。人種差別撤廃条約は、各国政府が人種差別をなくすために、いかなる努力をするべきか。その方策を示している。委員会は、各国政府に条約履行のために有益な手段を勧告する。NGOもそのために活動する。
憲法の表現の自由とヘイト・スピーチ規制には矛盾はない。むしろ、表現の自由と責任を守るためにヘイト・スピーチを処罰するべきだ。しかし、日本政府は条約を履行する意思を持っていない。
委員会勧告を持ち帰った私たちは、勧告を手掛かりに少しでも差別をなくすため、次のステップを模索している。(まえだあきら)
『子どもと教科書全国ネット21ニュース』98号(2014.10)
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