=予防訴訟をひきつぐ会第7回定例総会記念講演=
◆ 「日本で今起こっていることは、アメリカで既に起こったことである」
第7回定例総会の記念講演、高橋哲埼玉大学准教授による「アメリカ教育改革の新動向-連邦補助金による教育政策の集権化とその揺り戻し-」は、大変にショッキングな内容であった。以下はその概略である。
《NCLB法一連邦政府による財政を通じた教育介入》
アメリカ合衆国では教育は連邦政府からは独立して州ごとに行われてきた。連邦政府は補助金は出すが、教育に関する権限はあくまでも州にあるという原則である。しかし、2002年ブッシュ政権のもとでNCBL法が制定されてから事情が変わってきた。
NCLB(No Child Left Behind、「どの子も置き去りにしない」)の美辞とは裏腹に、実際に行われたのは連邦政権による監督権限の強化と教育への介入である。
同法制定後12年間の間に、すべての子どもに「修得レベル」の達成が要求され、それの達成が連邦補助金支出の条件とされたのである。
そのために連邦政府は州政府に対して
① 学力スタンダードの設定
② 州統一学力テストの義務付け
③ 目標達成できなかった学校に対する是正措置の実施、
を義務づけた。
とくに問題となっているのが③の「是正措置」である。
各州政府の行った「是正措置」により、特に「到達目標の失敗に関係するスタッフ(教職員)の配置替え」などが強制的に行われた。
さらに、NCLB法の「高い資格を有する教員(High Qualified Teachers、HQT)条項」により、教員資格審査を厳格化し、主要教科については一定以上の学歴又は厳格な州テスト合格者のみに教員を限定し、その結果大量の教育解雇、そして学力テスト下位校の学校閉鎖などが行われるようになった。
(ここで、2010年にBSで放送された「ピンクスリップの恐怖一3万人に解雇通告」をビデオで視聴)
《教育予算獲得をめざす「頂点への競争RTT(Race to the Top)」一中央集権化の第2段階》
連邦政府による教育の中央集権化の第2段階は、2009年にオバマ大統領時に成立した「アメリカ再興投資法」(ARRA)を根拠とする教育統制である。
リーマンショックによる教育財政危機に対応した「教育資金投資」として州政府に対する補助金を支出するが、その際に、連邦教育省による厳しい「選考基準」が設けられた。中でも「優秀な教員と管理職」(Gleat Teachers and Leaders)が最優先され、
① 成果(生徒の学力向上等)に基づく教員・校長の評価、
② 教員・校長の報酬・昇格及び効果の無い教員・校長の解雇、
などが評価のポイントになった。
その結果、申請した46州の中から最終的に11州とワシントンDCが合格した。11州ではその後、教員評価に生徒の学力評価を反映させる州法が制定された。
不合格だった州も申請段階で改革の実施や計画の作成が求められた。
《州の自発的改革とNCLB法の義務免除一中央集権化の第3段階》
州政府が自主的に改革を行うことによって、NCLB法の義務を免除する制度(waiver)が2011年に導入された。
しかし、そのためには申請段階で各州に次の4条件を満たすことが要求された。
① 全米共通のスタンダードカリキュラムによる準備教育を終了すること、
② 州が達成度の高い学校と低い学校との扱いの差異を設けること、
③ 生徒の達成度に応じた教員・校長の人事評価を行い、結果を人事に活用すること、
④ 不必要な負担の財政軽減、つまり州ごとの教育行財政の合理化、
の4条件である。
連邦政府が補助金を介して行おうとした教育の中央集権化を、州が自発的に行うように仕向けたのである。この威力は絶大である。
教員評価と生徒の学力テストの結果を結び付ける州が43、学力成果を教員評価と正規資格(テニュア)付与の際の判断材料にすることを義務づける立法を行った州が11、また申請段階から全州を対象にしたRTT型教育改革を行った州も出現した。
また、義務免除を口実に連邦教育省が各州の教員評価に直接に介入する事例も出現した。
《トランプ政権下の教育政策》
オバマ政権末期に、NCLB法が改正され、中央集権的性格を改め州権限の復活とも評価されるESSA(Every Student Succeeds Act一すべての子どもが成功する)法が制定された。
トランプ政権のもとでは、連邦政府の統制の厳格さは後退したが、生徒の学力達成と教員評価との関連づけは変わっていない。
連邦政府はESSA法の下、州ごとの学力スタンダードの設定と学力テストの実施を義務づけた。
また、「教員評価」の実施や「非効果的」教員の定義などのいくつかの共通の規定を州に求めている。
しかし、連邦政府が州の「教員評価」に対して過度に干渉することも禁じている。
各州の独自な取り組みも増えている。
例えばジョージア州では、教員評価における学力テストの割合を50%から30%に減らした。
ユタ州では、学カテストの結果を教員評価に使用することを禁止した。
《教職員と市民の連帯した闘い》
トランプ政権下では、教育予算の削減に反対して教員組合と市民の連帯した闘いが各地で起こっており、ストライキも頻発している。
さらに、連邦裁判所に対して教育財政に関する裁判も起こされている。
たしかにアメリカの教育の困難な状況は、日本よりも一歩先んじてはいるが、同時にその揺り戻しも確実に起こっており、その中で教員組合が重要な役割を果たしている。(まとめ青木)
アメリカというと、教育委員会制度など戦後日本の教育制度の原型としてきたところがある。
一方で1990年代以降の特に東京都で行われてきた「教育改革」の原型がこれまたアメリカにあること、というよりはアメリカと同時進行してきたということがわかる。
しかし、アメリカにあって日本にないことは、草の根デモクラシーと活発な教員組合の運動だ。(青木)
予防訴訟をひきつぐ会通信『いまこそ 19号』(2019.7.11)
◆ 「日本で今起こっていることは、アメリカで既に起こったことである」
第7回定例総会の記念講演、高橋哲埼玉大学准教授による「アメリカ教育改革の新動向-連邦補助金による教育政策の集権化とその揺り戻し-」は、大変にショッキングな内容であった。以下はその概略である。
《NCLB法一連邦政府による財政を通じた教育介入》
アメリカ合衆国では教育は連邦政府からは独立して州ごとに行われてきた。連邦政府は補助金は出すが、教育に関する権限はあくまでも州にあるという原則である。しかし、2002年ブッシュ政権のもとでNCBL法が制定されてから事情が変わってきた。
NCLB(No Child Left Behind、「どの子も置き去りにしない」)の美辞とは裏腹に、実際に行われたのは連邦政権による監督権限の強化と教育への介入である。
同法制定後12年間の間に、すべての子どもに「修得レベル」の達成が要求され、それの達成が連邦補助金支出の条件とされたのである。
そのために連邦政府は州政府に対して
① 学力スタンダードの設定
② 州統一学力テストの義務付け
③ 目標達成できなかった学校に対する是正措置の実施、
を義務づけた。
とくに問題となっているのが③の「是正措置」である。
各州政府の行った「是正措置」により、特に「到達目標の失敗に関係するスタッフ(教職員)の配置替え」などが強制的に行われた。
さらに、NCLB法の「高い資格を有する教員(High Qualified Teachers、HQT)条項」により、教員資格審査を厳格化し、主要教科については一定以上の学歴又は厳格な州テスト合格者のみに教員を限定し、その結果大量の教育解雇、そして学力テスト下位校の学校閉鎖などが行われるようになった。
(ここで、2010年にBSで放送された「ピンクスリップの恐怖一3万人に解雇通告」をビデオで視聴)
《教育予算獲得をめざす「頂点への競争RTT(Race to the Top)」一中央集権化の第2段階》
連邦政府による教育の中央集権化の第2段階は、2009年にオバマ大統領時に成立した「アメリカ再興投資法」(ARRA)を根拠とする教育統制である。
リーマンショックによる教育財政危機に対応した「教育資金投資」として州政府に対する補助金を支出するが、その際に、連邦教育省による厳しい「選考基準」が設けられた。中でも「優秀な教員と管理職」(Gleat Teachers and Leaders)が最優先され、
① 成果(生徒の学力向上等)に基づく教員・校長の評価、
② 教員・校長の報酬・昇格及び効果の無い教員・校長の解雇、
などが評価のポイントになった。
その結果、申請した46州の中から最終的に11州とワシントンDCが合格した。11州ではその後、教員評価に生徒の学力評価を反映させる州法が制定された。
不合格だった州も申請段階で改革の実施や計画の作成が求められた。
《州の自発的改革とNCLB法の義務免除一中央集権化の第3段階》
州政府が自主的に改革を行うことによって、NCLB法の義務を免除する制度(waiver)が2011年に導入された。
しかし、そのためには申請段階で各州に次の4条件を満たすことが要求された。
① 全米共通のスタンダードカリキュラムによる準備教育を終了すること、
② 州が達成度の高い学校と低い学校との扱いの差異を設けること、
③ 生徒の達成度に応じた教員・校長の人事評価を行い、結果を人事に活用すること、
④ 不必要な負担の財政軽減、つまり州ごとの教育行財政の合理化、
の4条件である。
連邦政府が補助金を介して行おうとした教育の中央集権化を、州が自発的に行うように仕向けたのである。この威力は絶大である。
教員評価と生徒の学力テストの結果を結び付ける州が43、学力成果を教員評価と正規資格(テニュア)付与の際の判断材料にすることを義務づける立法を行った州が11、また申請段階から全州を対象にしたRTT型教育改革を行った州も出現した。
また、義務免除を口実に連邦教育省が各州の教員評価に直接に介入する事例も出現した。
《トランプ政権下の教育政策》
オバマ政権末期に、NCLB法が改正され、中央集権的性格を改め州権限の復活とも評価されるESSA(Every Student Succeeds Act一すべての子どもが成功する)法が制定された。
トランプ政権のもとでは、連邦政府の統制の厳格さは後退したが、生徒の学力達成と教員評価との関連づけは変わっていない。
連邦政府はESSA法の下、州ごとの学力スタンダードの設定と学力テストの実施を義務づけた。
また、「教員評価」の実施や「非効果的」教員の定義などのいくつかの共通の規定を州に求めている。
しかし、連邦政府が州の「教員評価」に対して過度に干渉することも禁じている。
各州の独自な取り組みも増えている。
例えばジョージア州では、教員評価における学力テストの割合を50%から30%に減らした。
ユタ州では、学カテストの結果を教員評価に使用することを禁止した。
《教職員と市民の連帯した闘い》
トランプ政権下では、教育予算の削減に反対して教員組合と市民の連帯した闘いが各地で起こっており、ストライキも頻発している。
さらに、連邦裁判所に対して教育財政に関する裁判も起こされている。
たしかにアメリカの教育の困難な状況は、日本よりも一歩先んじてはいるが、同時にその揺り戻しも確実に起こっており、その中で教員組合が重要な役割を果たしている。(まとめ青木)
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アメリカというと、教育委員会制度など戦後日本の教育制度の原型としてきたところがある。
一方で1990年代以降の特に東京都で行われてきた「教育改革」の原型がこれまたアメリカにあること、というよりはアメリカと同時進行してきたということがわかる。
しかし、アメリカにあって日本にないことは、草の根デモクラシーと活発な教員組合の運動だ。(青木)
予防訴訟をひきつぐ会通信『いまこそ 19号』(2019.7.11)
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