◆ 労契法旧20条最高裁判決について
~批判と今後の課題
◆ はじめに
最高裁は、去る10月13日と15日、正規(無期)と非正規(有期)の労働条件の相違が旧労働契約法20条によって禁止される「期間の定めがあることによる不合理な労働条件の相違」に当たるか否かが争われていた大阪医科薬科大学事件など5件について注目すべき判決を言い渡した。
◆ 最高裁判決の結論と批判
大阪医科薬科大学事件判決は、賞与の不支給が20条で禁止する不合理な労働条件の相違に当たる場合はあり得るとの一般論は述べたうえで、結論としては、賞与の不支給は不合理ではないと判断した。
メトロコマース事件判決は、退職金支給に係る相違も、不合理と認められる場合はあり得るとの一般論は述べているが、結論として、退職金の不支給は不合理ではないとした。
一方、日本郵便事件の3判決は、年末年始職務手当、病気休暇、夏期冬期休暇、祝日給、扶養手当についての相違は、いずれも不合理であり、20条に違反すると判断している。
最高裁判決の判断手法は、前記ハマキョウレックス判決もそうであるが、正規の労働条件の趣旨・目的は何かを検討したうえで、その趣旨・目的は非正規にも妥当するか否かという点から不合理性の有無を判断するというものである。
例えば、日本郵便事件判決は、扶養手当について、「郵便の業務を担当する正社員に対して扶養手当が支給されているのは、正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから、その生活保障や福利厚生を図り、扶養親族のある者の生活設計を容易にさせることを通じて、その継続的な雇用を確保するという目的による」として、この目的は、扶養家族があり、継続的な勤務が見込まれる契約社員にも妥当するとして、扶養手当の不支給は不合理と判断する。
それでは、何故、最高裁判決は、賞与と退職金の不支給については不合理性を認めなかったのか。
賞与の趣旨・目的、退職金の趣旨・目的について、判決が強調するのは、賞与や退職金は「正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図る目的にある」という点である。
一般論としては、賞与も退職金の不支給が不合理となり得るとしながら、結論としてこれを否定した最大の論拠は、この「正社員人材確保・定着論」である。
使用者側が正規と非正規の労働条件の格差処遇を行ってきたのは、このような正社員論に基づくものであったが、最高裁はこのような年来の使用者の主張を容認したものといえよう。
そもそも、労働雇用法20条の制定趣旨は、正規と非正規と雇用形態の相違が生み出している労働条件の不合理な格差を是正することにあったはずである。
とくに、賞与、退職金は、賃金の後払いとしての性格を持ち、労働者の生活を左右する重要な労働条件であるだけに、諸手当・諸休暇と区別し、不合理性を否定した判決は、20条制定の趣旨・意義を大きく損なうものと強く批判されるべきである。
◆ 今後の課題
先ず指摘しておきたいのは、今回の判決は、当該企業にかかわる事案についての個別判断であるということである。
判決も、退職金や賞与であっても、不合理と判断されることがあり得るとしたことについては留意しておく必要がある。
退職金や賞与の決め方によっては、相違が不合理となる場合があるということである。
また、今回の判決からすれば、現に多くの企業で存在する諸手当等の相違は、不合理と評価される場合が少なくないであろう。
今回の判決を厳しく批判するとともに、活用できるところには大いに活用すべきであろう。
労働契約法20条の均衡処遇は、新パート・有期労働法8条に吸収され、2020年4月1日(中小企業は2021年4月)から施行されている。
また、新パート・有期労働法9条は、均等待遇を定めており、有期については、8条の均衡と9条の均等の両面から規制されることになった。
一連の最高裁判決、新パート・有期労働法8条、9条をふまえて、基本給、賞与、退職金、諸手当などすべての労働条件の格差の合理性について、総点検をする必要がある。
非正規労働者は、今や約4割を占めるに至っており、非正規労働者に対する不当な格差処遇の是正は、労働運動総体のもっとも重要な今日的な権利闘争の課題である。
労働組合の組織率は、16・7%(19年)と低下傾向に歯止めがかからない状況が続いているが、組織率低下の主たる要因は、非正規の組織化が進まないことにある。
非正規の組織化推進のためにも、非正規労働者を活用しながら、雇用調整弁とし、処遇格差を行うという従来の人事・労務政策の抜本的転換を求める視点に立って、団結分断の壁となっている正規と非正規の処遇格差を是正する取り組みは必要不可欠である。
加えていえば、正社員中心の労働組合の場合、非正規の処遇格差を容認してきたことは否めず、この取り組みにあたっては労働組合にも自己変革が求められる。
非正規の処遇格差是正の取り組みが強まると、使用者側からは、総人件費の配分論を理由に正規の労働条件を切り下げなどの対抗措置がなされる可能性があるが、非正規の不合理な労働条件を是正するにあたって、正規の労働条件を不利益に変更することは、新パート・有期労働法に反し、不当な変更である。
いうまでもなく、労働条件決定の主戦場は、団体交渉を中心とする集団的労使関係である。今こそ、非正規に対する公正な処遇、同一労働同一賃金の実現を目ざして、労働組合が正規・非正規を問わない労働者の連帯組織としての役割を発揮することが求められている。
このたび、「労働情報」誌が1000号をもって廃刊になると伺いました。「労働情報」誌への最後の執筆になるかと思うと、寂しい限りです。長い間、ほんとうに御苦労さまでした。
誠に残念というほかはありませんが、長年にわたってその時々のテーマを取り上げ、権利闘争の前進、労働運動の強化発展を願って刊行されてきたことに対し、改めて心から敬意を表します。私も幾たびか執筆の機会を与えられたことを懐かしく思い出しています。
今後の労働運動において「労働情報」誌に長年にわたって綴られた編集者、執筆者の熱き思いが受け継がれていくことを願っています。
『労働情報 1000号』(2020年12月)
~批判と今後の課題
宮里邦雄(弁護士)
◆ はじめに
最高裁は、去る10月13日と15日、正規(無期)と非正規(有期)の労働条件の相違が旧労働契約法20条によって禁止される「期間の定めがあることによる不合理な労働条件の相違」に当たるか否かが争われていた大阪医科薬科大学事件など5件について注目すべき判決を言い渡した。
◆ 最高裁判決の結論と批判
大阪医科薬科大学事件判決は、賞与の不支給が20条で禁止する不合理な労働条件の相違に当たる場合はあり得るとの一般論は述べたうえで、結論としては、賞与の不支給は不合理ではないと判断した。
メトロコマース事件判決は、退職金支給に係る相違も、不合理と認められる場合はあり得るとの一般論は述べているが、結論として、退職金の不支給は不合理ではないとした。
一方、日本郵便事件の3判決は、年末年始職務手当、病気休暇、夏期冬期休暇、祝日給、扶養手当についての相違は、いずれも不合理であり、20条に違反すると判断している。
最高裁判決の判断手法は、前記ハマキョウレックス判決もそうであるが、正規の労働条件の趣旨・目的は何かを検討したうえで、その趣旨・目的は非正規にも妥当するか否かという点から不合理性の有無を判断するというものである。
例えば、日本郵便事件判決は、扶養手当について、「郵便の業務を担当する正社員に対して扶養手当が支給されているのは、正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから、その生活保障や福利厚生を図り、扶養親族のある者の生活設計を容易にさせることを通じて、その継続的な雇用を確保するという目的による」として、この目的は、扶養家族があり、継続的な勤務が見込まれる契約社員にも妥当するとして、扶養手当の不支給は不合理と判断する。
それでは、何故、最高裁判決は、賞与と退職金の不支給については不合理性を認めなかったのか。
賞与の趣旨・目的、退職金の趣旨・目的について、判決が強調するのは、賞与や退職金は「正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図る目的にある」という点である。
一般論としては、賞与も退職金の不支給が不合理となり得るとしながら、結論としてこれを否定した最大の論拠は、この「正社員人材確保・定着論」である。
使用者側が正規と非正規の労働条件の格差処遇を行ってきたのは、このような正社員論に基づくものであったが、最高裁はこのような年来の使用者の主張を容認したものといえよう。
そもそも、労働雇用法20条の制定趣旨は、正規と非正規と雇用形態の相違が生み出している労働条件の不合理な格差を是正することにあったはずである。
とくに、賞与、退職金は、賃金の後払いとしての性格を持ち、労働者の生活を左右する重要な労働条件であるだけに、諸手当・諸休暇と区別し、不合理性を否定した判決は、20条制定の趣旨・意義を大きく損なうものと強く批判されるべきである。
◆ 今後の課題
先ず指摘しておきたいのは、今回の判決は、当該企業にかかわる事案についての個別判断であるということである。
判決も、退職金や賞与であっても、不合理と判断されることがあり得るとしたことについては留意しておく必要がある。
退職金や賞与の決め方によっては、相違が不合理となる場合があるということである。
また、今回の判決からすれば、現に多くの企業で存在する諸手当等の相違は、不合理と評価される場合が少なくないであろう。
今回の判決を厳しく批判するとともに、活用できるところには大いに活用すべきであろう。
労働契約法20条の均衡処遇は、新パート・有期労働法8条に吸収され、2020年4月1日(中小企業は2021年4月)から施行されている。
また、新パート・有期労働法9条は、均等待遇を定めており、有期については、8条の均衡と9条の均等の両面から規制されることになった。
一連の最高裁判決、新パート・有期労働法8条、9条をふまえて、基本給、賞与、退職金、諸手当などすべての労働条件の格差の合理性について、総点検をする必要がある。
非正規労働者は、今や約4割を占めるに至っており、非正規労働者に対する不当な格差処遇の是正は、労働運動総体のもっとも重要な今日的な権利闘争の課題である。
労働組合の組織率は、16・7%(19年)と低下傾向に歯止めがかからない状況が続いているが、組織率低下の主たる要因は、非正規の組織化が進まないことにある。
非正規の組織化推進のためにも、非正規労働者を活用しながら、雇用調整弁とし、処遇格差を行うという従来の人事・労務政策の抜本的転換を求める視点に立って、団結分断の壁となっている正規と非正規の処遇格差を是正する取り組みは必要不可欠である。
加えていえば、正社員中心の労働組合の場合、非正規の処遇格差を容認してきたことは否めず、この取り組みにあたっては労働組合にも自己変革が求められる。
非正規の処遇格差是正の取り組みが強まると、使用者側からは、総人件費の配分論を理由に正規の労働条件を切り下げなどの対抗措置がなされる可能性があるが、非正規の不合理な労働条件を是正するにあたって、正規の労働条件を不利益に変更することは、新パート・有期労働法に反し、不当な変更である。
いうまでもなく、労働条件決定の主戦場は、団体交渉を中心とする集団的労使関係である。今こそ、非正規に対する公正な処遇、同一労働同一賃金の実現を目ざして、労働組合が正規・非正規を問わない労働者の連帯組織としての役割を発揮することが求められている。
* * *
このたび、「労働情報」誌が1000号をもって廃刊になると伺いました。「労働情報」誌への最後の執筆になるかと思うと、寂しい限りです。長い間、ほんとうに御苦労さまでした。
誠に残念というほかはありませんが、長年にわたってその時々のテーマを取り上げ、権利闘争の前進、労働運動の強化発展を願って刊行されてきたことに対し、改めて心から敬意を表します。私も幾たびか執筆の機会を与えられたことを懐かしく思い出しています。
今後の労働運動において「労働情報」誌に長年にわたって綴られた編集者、執筆者の熱き思いが受け継がれていくことを願っています。
『労働情報 1000号』(2020年12月)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます