英国的読書生活

イギリスつながりの本を紹介していきます

霧の中の読書

2006-07-03 | イギリス
カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」
原題は「Never Let Me Go」

「教わってるようで、本当はよく教わっていない。」
トミーが語る先生の言葉ですが、この言葉が読者にも投げかけられる。
全編を通して静かに語られるキャシーの想い出話。
読者は読み進めていくうちに、物語の全体を早い段階でイメージする。我々はどこに連れていかれるのか、どんな読後感をもたされるのか。でも全体はわかっても細部は見えてこない。逆に細部が鮮明になっても全体が掴めない・・・。
通奏低音のように絶えず流れる「不安」、「哀しみ」そして「諦め」。うっすらと霧が出た道をキャシーの声に導かれながら、我々はページをめくる。
かつてカズオ・イシグロは、「日の名残り」でイギリスが失ったものを美しく描いてみせてくれましたが、この作品では現代人が失っていくものを、抑制の効いたタッチで描いてくれたのかもしれない。
ヘールシャムという全寮制の施設。「介護人」と「提供者」。描かれるテーマは近未来の悲劇なのかもしれないが、我々現代人共通の喪失感、そしてそれを乗り越える成長を描こうとしているようにも感じられる。一人一人にとっての「提供」という行為・・・。(深読みでしょうか?)

秀作です。


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2 コメント

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こんばんは (bridge2006)
2006-07-04 21:27:11
TBありがとうございました。

なるほど、「提供という行為」を通して描く喪失感とそれを乗り越える成長の物語ととらえれば、この小説に希望を見出すことができますね。
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Unknown (ぷりめら)
2006-07-05 20:38:11
純粋に言葉をひとつひとつ読んでいく感動が得られる小説でした。

bridgeさんのように原書で読めると、もっとカズオ・イシグロの世界に浸れるんでしょうけど。
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