8/11に伊予鉄の路面電車で、旧京都市電のモハ2000形を撮りました。
旧京都市電の最後の新造形式として1964~65年に登場した2000形が伊予鉄に譲渡され、1978年から松山市内で活躍しています。
この形式も松山での活躍期間が39年になり、京都で活躍した13年の3倍になってます。
旧京都市電の頃に見た記憶がありますが、切妻っぽい車体はそのままのようですが、京都時代に左右に有った前照灯はテールランプになり、行先表示幕が大型化して、その上にあったワンマンカーの表示が撤去され、1灯化された前照灯に変わってます。
1枚目は、道後温泉の折返線で折り返した旧塗装のモハ2006の松山市駅行き3系統です。
折返線の奥は留置線になっていて、右側にはやはり旧塗装のモハ2002が留置中です。
2枚目は後追いで、道後温泉を出発したモハ2006です。
旧京都市電の最後の新造形式として1964~65年に登場した2000形が伊予鉄に譲渡され、1978年から松山市内で活躍しています。
この形式も松山での活躍期間が39年になり、京都で活躍した13年の3倍になってます。
旧京都市電の頃に見た記憶がありますが、切妻っぽい車体はそのままのようですが、京都時代に左右に有った前照灯はテールランプになり、行先表示幕が大型化して、その上にあったワンマンカーの表示が撤去され、1灯化された前照灯に変わってます。
1枚目は、道後温泉の折返線で折り返した旧塗装のモハ2006の松山市駅行き3系統です。
折返線の奥は留置線になっていて、右側にはやはり旧塗装のモハ2002が留置中です。
2枚目は後追いで、道後温泉を出発したモハ2006です。
京都市時代と顔が違っていますので、2年訪れた時は気が付きませんでした。
それほど松山の地に馴染んでいるとも考えられます。
各所で年代ものの路面電車が、第二に人生を歩んでいますが、手入れがいいことと、低速運転もため、車体の劣化が進みにくいのでしょうか。ふと思いました☆
ご来訪頂きまして、有難うございました
京都市電の2000形は6両の小世帯だったため、烏丸車庫だけに配属されていたようです
自分の親戚は錦林車庫の近くだったので、烏丸車庫の系統に乗ることが少なく、見ることが少なかったです
また、京都市電のワンマンカーは広電1900形のように逆円錐形?のシールドビームの前照灯が印象的です
しかし、2000形は幕板への埋込式で、伊予鉄で一灯化されたので京都市電らしさがなく、気が付きにくいと思われます
伊予鉄の市内線も超低床車の導入が進んでますが、これからも活躍して欲しいです