◎メンタル体の特徴
(2014-08-17)
チベット密教では、幻身と虹の身体が微細ボディとして頻出する。幻身は、夢の操作あるいは夢中修行の舞台であり、ドン・ファン・マトゥスのソーマ・ヨーガにおける夢見技術にも通じるところがある。まずは、幻身について明らかにする。
チベット死者の書によれば、死の直後の最初の原初の光明において覚醒できなければ、第二の中有に入る。
第二の中有において、その人のボディは、『清浄な幻身』(原典訳チベット死者の書/川崎信定訳/筑摩書房P23では、意成身の一種である『清浄な幻化身』と訳されている)となる。
第二の中有でも解脱できない場合。第三の中有に進む。第三の中有においても意成身があり、これはカルマからできている。これも幻身の一種と考えられるが、カルマにより成るから、ナーローの六法で言うところのマーヤの身体(幻身)(出所:夢の修行/ナムカイ・ノルブ/法蔵館P161)というのがこれではないかと思われる。マーヤとは無明(迷い)だから、幻身には清浄と不浄と二種あることになる。
チベット死者の書では、第二の中有のレベルがより高く、第三の中有のレベルがより低い。よって、第二の中有における『清浄な幻身』がメンタル体、不浄な幻身がアストラル体と考える。
これを前提にして、幻身は、以下の説明のように体外離脱し、空間を瞬時に自由移動するという説明を見てみる。
シリーズ密教2の『チベット密教(春秋社)第4章幻身(平岡宏一)』によれば、幻身には12のたとえがあるという(「」内のキーワードがたとえにあたる)。智金剛集タントラに曰く、
1.微細な風(ルン)と心(意識のことだろう)だけでできた智慧の身体なので「幻」のようだ。
2.「水月」のように、どこで助けを求めてもすぐに現れる。
3.火や武器で焼いたり壊したりできないから「影」のようだ。
4.瞬時に揺れるので「陽炎」のようだ。
5.「夢の身体」(アストラル体か)のように体外離脱する。
6.幻身は肉体とは別で、「こだま」のようだ。
7.幻身が成就すると「乾闥婆(妖精)の城」が瞬時にできあがるように、マンダラが瞬時にできあがる。
8.幻身を成就すると一度に32尊を成就し、また32尊は一瞬にして1尊となることができるので「魔術」のようだ。
9.幻身は5色であり、「虹」のようだ。
10.幻身は、肉体内で成就するのと体外離脱するのが同時である様子は、「稲妻」が雲の中でできるのと同時に外に発光する様と似る。
11.水中から「水泡」が現れるように、空なる本性から幻身は忽然と現れる。
12.「鏡の鏡像」のように身体を映すと一瞬にして全体が映るように、一瞬にして幻身全体が成就する。
これらの比喩をみると、この説明が、アストラル体とメンタル体共通の説明であるとしても、齟齬はないように思う。また幻身の説明がコーザル体のものとすれば、コーザル体がうつろいゆく現象世界の空間をあちこち活動して回るとも思えないので、窮極の7つの属性を備えながら、娑婆世界に出現するものとして、幻身とはメンタル体またはアストラル体と見るのが適当であるように思う。
ところで大日経の十縁生句段には、これとよく似た十縁生句というのがあって(12でなくて10)、幻、陽炎、夢、影、乾闥婆城(蜃気楼)、響、水月、浮泡、虚空華、旋火輪の十を言い、一般的には、実態のない仮のものを現すたとえとして用いられている(旋火輪は闇の中で火をぐるぐる回すと残像で円に見えることを謂うそうだ)そうなので、由来はともかく、とりあえず別の意味で用いられているのだろう。