しるべの記し

教会音楽家でクリスチャン・エッセイストのしるべです。
イエスさまの十字架を「道しるべ」として歩んでいます。

「わだかまり」

2019年09月07日 | 信仰 平和
韓国と日本の関係悪化は深刻です。
もちろん韓国の友人たちを思い浮かべたら、本当にひとりひとり暖かく、懐かしい人たちばかりです。
でも、国と国はそうはいかないようです。

「わだかまり」をいったん持つと、それを解くのはたいへんな努力と時間が必要となります。

ヨセフもそうでした。(旧約聖書 創世記)
兄たちにエジプトに売られ、主人の妻にぬれ衣を着せられ牢獄に入れられたけれど、そこで色々夢解きをして助けた者には忘れられてしまい・・。
どんなに辛く長い道のりだったことでしょうか。
それでも、エジプトの宰相になることができたのです。
飢饉があって、イスラエルから兄弟たちが助けを求めてやってきました。
まさか、ヨセフが宰相になっているなんて思わない兄弟たちでしたが、ヨセフは一目見て兄弟とわかりました。
しかしすぐには心が開かなかった・・許せなかった・・・わだかまりを持っていたのです。
でも一方で兄弟たちにも色々な人生がありました。
いっぱい罪を犯し、そう、弟をエジプトに売ったことで父を悲しませたことも心の傷でした。
しかし「わだかまり」が神さまによって解かれたとき、和解したのです。

韓国と日本のクリスチャンによって、この「わだかまり」が解けるように祈りたい努力したい
どんな「わだかまり」も、神さまの愛を受けた者は、それを解く力が与えられているのです。

信仰の継承

2015年12月20日 | 信仰 平和
今日のクリスマス礼拝式と午後の祝会は、もうもう、感動で涙涙だったのです。

なんと、四人の中高生の信仰告白とバプテスマ(洗礼式)があったのです
これって、いまどきの日本の教会では本当に珍しいことなのです。
若い人たちが親から信仰を受け継いでいくことは、あたりまえのようでいて、すごく難しいことなのですから、しるべは感動でいっぱいになりました
四人です





その中の高校三年のN君。
千葉県からおじいちゃまとおばあちゃまが駆けつけて来られました。
三代目のクリスチャンが誕生したのですから

N君のお母さまとおじいちゃまの嬉しそうな後姿に、またまたしるべは涙涙でした








戦後70年の今日思うこと

2015年08月15日 | 信仰 平和
日本は戦後70年になりますが、この間、他国と戦いをしていません。
現在多くの日本人が戦争というものを知らないということです。
40年以上前に「戦争を知らない子供たち」という歌がヒットしました。
♪「戦争が終わって 僕らは生まれた 戦争を知らずに 僕らは育った
 おとなになって歩き始める 平和の歌を口ずさみながら
 僕らの名前を覚えて欲しい 戦争を知らない子供たちさ」
その「戦争を知らない子どもたち」を歌ってた人たちは、いわゆる「団塊の世代」現在もう60代後半という年齢になりました。
ほとんどの人たちが戦争を体験していない・・・。
先日の安全保障関連法案が衆議院通過され、今は参議院で審議されているという動きの中で、恐ろしい時代の予兆を感じずにいられません。
「戦争を知らない子供たち」が、大きくなって国会議員になると、今のような政治をするようになるの?
「戦争を知らない子供たち」を歌っていた世代の人たちは、平和の中で生きてきましたが、何と自分の子どもたちが・孫たちが戦争に巻き込まれてしまうかもしれない危機に直面しようとしているのです。
戦争で自分の子どもたちが殺されるのももちろんNGですが、殺す方に身を置かせるなんていうことも、とんでもない事です。
イエスさまは山上の説教で「平和を実現する人々は、幸いである」とおしゃっています。
口語聖書では「平和をつくり出す人たちは、さいわいである」となっていますが、「平和」とは、何か一定の状態であるということより、聖書で「平和」とは常につくり出すものであると語られています。
「平和」はつくりだそうとしなくては、逃げて行ってしまうものなのです。
それほど人間とはつくりだす努力」をしなくては、罪の中に陥ってしまう、戦争という流れに突入してしまうという、哀れな生きものなのだと言えるでしょう。
人間はその心のまま、自然にそれに任せていってしまえば、平和と反対側に流れてしまうものなのです。
争いの中に身を置いてしまうものなのです。
平和は逃げていってしまうものなのです。
平和は人間の努力なしには実現しないものなのです。
国と国だけでなく、一軒の家においても、家族がそれぞれに平和を築こうという努力がなくては、その方向性を確認しながら家庭を築かないと、行き違い、すれ違いが生じてしまう、それが人間というものなのです。
人間は、本来自分と違う考えの人を受け入れない、一緒にいられないものなのです。
それが人間の罪の一つであるのです。
そもそも人間とは、一線を引きたがる者なのです。
国境、宗教、言語、文字、民族、人種、隣、家族、自分…。線を引いてしまう者なのです。
どうしてそうなるのか。異なるものを受け入れられず、共に歩めないのか。
自分と違う人と共に平和をつくりあげていこうというのは、たいへんな作業だということなのです。
教会は戦争に反対する事だけではなく、積極的に平和をつくり出し実現させることを、もっと語らなくてはならないはずなのです。
それこそが本物の「積極的平和主義」なのだと思うのです。
それなのに、安部首相はなんだか見当はずれな「積極的平和主義」という定義づけをしていましたね。*「積極的平和主義」ということに関する国際的定義は、平和研究の父、ヨハン・ガルトゥング(1930-、ノルウェー)によって確立しています。それによれば、「戦争のない状態」を「消極的平和」とするのに対して、「戦争がなく、貧困・抑圧・差別などの構造的暴力のない状態」を「積極的平和」とする、とあります。主イエスが「平和をつくりだす人は、幸いである」と語る言葉も正にこのような「積極的平和」理解を裏づけます。誤解を恐れずに言えば、憲法九条にさえも、真の平和をつくることはできないのです。人間が作ったものだからです。キリストを土台とした愛の中にわたしたちが生きるその生き方のみが、積極的に平和を生きることであり、本当の平和をつくりだすことができるのです。
その生き方をしたい、そしてそれを教会が伝えなくてはいけないと、戦後70年にあらためてしめされました。

*ヨハン・ガルトゥング「積極的平和主義は概念の盗用」

昨日の補修、補足

2015年02月04日 | 信仰 平和
昨日の記事の補足と修正です。

米国を初めとして「キリスト教国」と言われる西欧諸国の多くが、「イスラム国」に対して『報復』と思われる空爆を続けている。
ゆえに、多くの国がキリストの教えに反して過激な復讐を繰り返しているのだ。

しかし、国としての選択はそうであるかもしれないが、そのことを与としないキリストの教えを守る多くの人々がいるのだ。私の友達を含めて、そういう生き方を選ぶ、選びたいと思う人々はいるのだ。

「宗教」「国家」とひとくくりで考えるならば、大きな憎しみの連鎖は止まらない。

ひとりひとりの顔を思い浮かべたい。
後藤さんが紛争地で苦しいみ背負った人々、特に子どもたちの事を、言葉を、私たちに伝えてくれたこの事を。
武力行使へとかじをとろうとする言葉に引きずられる事なく、その地で生きるひとりひとりの思いに寄り添いながら、本当の平和を創るには、キリストの福音に生きるしかないのだ。

「平和を実現す人々は、幸いである、
 その人たちは神の子と呼ばれる。
 義のために迫害される人々は、幸いである、
 天の国はその人たちのものである。」(マタイによる福音書5:9,10)

一粒の麦

2015年02月04日 | 信仰 平和
クリスチャンの後藤健二さんの本意は「テロと戦うことではない」ということだと思うのです。
それなのに、安倍さんは
「テロに屈しない」の繰り返し・・・。

今日も、パイロットの死に対する報復の繰り返しが行われました。

後藤さんの「一粒の麦」としての働きが無駄になりませんように。

「はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである、だた、死ねば、多くの実を結ぶ。
 自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る」(ヨハネによる福音書12:24,25)

復讐は

2015年02月03日 | 信仰 平和
「イスラム国」に拘束、殺害された後藤健二さんはクリスチャンでした。
ミッションスクールに通っている教会の高校生が、後藤さんが以前学校に来て講演をしてくださり、その活動を知ってからずっと応援していたと言っていました。
そんなこともあり、祈祷会では心を寄せ合い解放を祈っていたのですが、本当に悲しい結果となってしまい残念です。
だからと言って、もちろんこれは宗教的な対立というものとは遠く離れた出来事であり、クレイジーで狡猾なテロ集団の残酷な犯行以外何物でもありません。

それにしても安倍首相の会見にはがっかりしたのです。
「彼らの残虐非道な行為に対して、法によって裁かれるべきだろうと考えている」はいいとしても、「彼らにこの罪を償わせる!!」と言った言葉、これには驚きました。どれだけ傲慢な言葉を言う人なんだろうか!?
キリスト教の精神の中で生きている欧米の人たちは、この言葉をどう受け取ったのか?

聖書にはこうあります。

「・・・あなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい。愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。『復讐はわたしのすること、わたしが復讐する』と主は言われる。」(ローマの信徒への手紙12章18節、19節)

復讐はしてはいけない。
真の平和に生きるものとして、報復はしてはいけない。
「罪を償う」という意味は、本当に大きな意味があるのです。
人間が人間に罪を償わせることなんてできるはずがない!!
それは神さまの領域なのですから。

上の聖書の別の訳として
「復讐を自分に留めるのではなく、神さまの事柄に場所をうつしなさい。」
とあります。(青野太潮訳)

私たちは悪を憎みます。
でも、神さまがきっと裁いてくださる、どんな形かは分からないかれど、義である神さまにお任せしなくてはいけないのです。
それでなければ、憎しみは連鎖してしまい、平和はこの先望み得ないからです。



復讐するは

2015年02月03日 | 信仰 平和
「イスラム国」に拘束、殺害された後藤健二さんはクリスチャンでした。
ミッションスクールに通っている教会の高校生が、後藤さんが以前学校に来て講演をしてくださり、その活動を知ってからずっと応援していたと言っていました。
そんなこともあり、祈祷会では心を寄せ合い解放を祈っていたのですが、本当に悲しい結果となってしまい残念です。
だからと言って、もちろんこれは宗教的な対立というものとは遠く離れた出来事であり、クレイジーで狡猾なテロ集団の残酷な犯行以外何物でもありません。

それにしても安倍首相の会見にはがっかりしたのです。
「彼らの残虐非道な行為に対して、法によって裁かれるべきだろうと考えている」はいいとしても、「彼らにこの罪を償わせる!!」と言った言葉、これには驚きました。どれだけ傲慢な言葉を言う人なんだろうか!?
キリスト教の精神の中で生きている欧米の人たちは、この言葉をどう受け取ったのか?

聖書にはこうあります。

「・・・あなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい。愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい。『復讐はわたしのすること、わたしが復讐する』と主は言われる。」(ローマの信徒への手紙12章18節、19節)

復讐はしてはいけない。
真の平和に生きるものとして、報復はしてはいけない。
「罪を償う」という意味は、本当に大きな意味があるのです。
人間が人間に罪を償わせることなんてできるはずがない!!
それは神さまの領域なのですから。

上の聖書の別の訳として
「復讐を自分に留めるのではなく、神さまの事柄に場所をうつしなさい。」
とあります。(青野太潮訳)

私たちは悪を憎みます。
でも、神さまがきっと裁いてくださる、どんな形かは分からないかれど、義である神さまにお任せしなくてはいけないのです。
それでなければ、憎しみは連鎖してしまい、平和はこの先望み得ないからです。

信仰告白

2014年09月08日 | 信仰 平和
昨日、Y教会に転入会しました。
その時の信仰告白です。
一部修正してありますから、ちょっとへんな文章のところもありますが、もしご興味があればお読みください。
しるべのこれまでの歩みです。

*********
 
私は22歳の時、日本キャンパスクルセード主催、アメリカのクリスチャン・ホームに滞在し教会生活を経験するという一か月の旅に参加し、イエスさまに出会いました。
当時私の両親は別居中だったため、クリスチャンの柔和な愛に満ちた家庭生活というものに、大きな憧れをもちました。
帰国してすぐにキャンパスクルセードから紹介していただいた、家の近くの東京都葛飾区S教会に通うようになり、イエス・キリストの十字架は自分の罪のためであるということをはっきり示され、K牧師からバプテスマを受けました。その後、教会学校のクラスで一緒に学んでいた青年(現在の夫)と結婚、子ども三人が与えられ「憧れのクリスチャン・ホーム」を築くことができたのです。
もっとも、この頃は、「クリスチャン・ホーム」という意味が理解できず、信仰を貫きながら家庭生活の中の問題や試練に立ち向かうことが、どんなに大変なものであるのかは全く分かっていませんでした。
 結婚して7年後、夫の転勤のため前橋の教会に転会し、子どもたちは付属幼稚園で育ち、6年間前橋で教会中心の生活を送りました。
東京に戻ってからは、それまでT神学校の通信教育を受けていましたが、通学が可能となり、音楽科マスターコース卒業後、狛江市にあるT教会の音楽主事に就任、夫も職場が厚木勤務となったので、1995年4月東京都葛飾区から川崎市に引っ越しをしました。
2001年T神学校神学科を卒業したと同時に、T教会協力牧師W先生から派遣按手を受け、夫がワシントンDCに転勤となった現地にあるP・B教会日本語部の協力牧師に招聘され家族で渡米いたしました。 帰国後はK教会の牧師として4年間牧会させていただきました。
 一方、長い間町田で開拓伝道を始めたいという幻を持って祈っておりましたが、2007年町田駅前のビルの一室で開拓伝道を始め、チャレンジと希望に満ちた毎日でした。しかし事情があって昨年の5月末で、7年間一歩一歩積み重ね築いてきたM教会を閉鎖することになったのです。
これまで家族にも支えられ、祈りながら前進してきましたが、文字通り崖淵に立たされ、前にも進めない、後ろにも戻れない、自分の居場所がなくなり、立ち位置が分からなくなり混乱しました。
 自宅に近いY教会に家族と行くことにしました。将来、足に障がいがあるHもひとりで通える教会ですし、一信徒として地域伝道の働きをしていきたいと思います。Y教会の信徒となり、神さまに用いていただきたいという強い思いでした。
 Y教会は家から車で10分、近いと言え、誰一人として知り合いもなく、不安でいっぱいでした。しかし主の導きであると信じ勇気をもって礼拝に、祈祷会に、ホーム・グループに、教会学校に出席し、K先生を初めとして、皆さまとの交わりの中で、だんだん緊張もとけて、心を開くことができるようになりました。
 今年の1月には、転入の希望を表明し、準備会の時をもつことができるようになったのですが、ある時K先生から質問されました。「今、何か目的はありますか?」というものでしたが、私はこう答えました。「目的、目標は過去にはありました。でも、今は全くありません。」この言葉を言いながら、それは失望感からくる消極的な言葉ではないと気が付きました。私はこれまで、目的、目標をもって神さまのためにと突っ走ってきました。目的を達成するために、ものすごく努力もしましたし、その目的が叶いますようにと、ただただ祈り、神さまに訴え続けてきた、情熱だけでやってきた信仰生活でした。
でも、今は何も目的も目標もないのです。
しかしそれは決して虚無感、敗北感からのものではありません。
これからの信仰生活、今度は「神さまの私への目的」を教えていただくために祈っていこう、そして「それが何なのか知りたい」という期待からくるものでした。主は私をどのようにお使いになられたいのか、そのことを聴いて行こう、それに従っていこうという希望に溢れた思いだったのです。

ヨハネによる福音書21:18
「はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」

これはイエスさまがペトロの将来を示された言葉です。
若い時にペトロは自分で帯を締めて勇ましく世界伝道に旅立つけれど、年老いた時、迫害者たちによって拘束され、行きたくないところに連れて行かれるだろうというものです。もちろん現実にはペトロは迫害者たちの手によって連れて行かれたのかもしれませんが、実はその背後に、神さまが迫害者の手を借りて、ペトロを行きたくない所に置かれて、そこで働くようにと、そこで伝道し証しするようにとされたのだと、私はこの箇所を読み取りました。
私は今、自分では思いもよらない場所に連れてこられたというのが正直な気持ちです。若い頃から情熱をもって行きたいところに行き、チャレンジし続けてきましたが、今は主がこのY教会に連れてきてくださって、ここで働きなさいと言ってくださっているのです。ここに置いてくださったのだと、心から確信いたします。
 これからY教会で、皆さまと共に神さまのために働きたいと希望いたします。これまで30年専門で学んできました「礼拝音楽」をご一緒に分かち合えるなら、さらに共に学び合うことができるならと思います。
また現在T神学校教会音楽科で講師として働いておりますが、次の世代へ礼拝音楽の橋渡しをする者として用いていただけたらと、その中で神さまの「私への目的」を示していただきたいと心から、祈っています。

婿殿のバプテスマ(洗礼)

2014年07月20日 | 信仰 平和
今日、婿殿がバプテスマ(洗礼)を受けました。

神さまに感謝です

さりーちゃんの病気のこと、そして半年前、仕事中に170メートル上からコンクリートの塊が落ちてアタマを直撃、意識不明になったこと、思いもよらぬ試練の中で、家族や教会の祈りに合わせて、婿殿は自分も祈るという体験を始めたのでした。
そして、試練はただ苦しくて悲しくて、挫折するだけのものではなく、必ずこのことを通して、神さまの目的を教えていただけるということを知ったのでしょう。そこには、必ず希望があるという、そのことを確信する生き方を、そんなクリスチャンの生き方を自分もしたいと思ったのでしょう。
本当に、これで家族全員がクリスチャンになりました

あとは、らさちゃんと、さりーちゃんが素直に神さまの愛を受け入れて成長してくれればと、しるばあは祈るのです

母の好きだった讃美歌

2014年05月04日 | 信仰 平和
今日は、亡くなった母の誕生日です。
生きていたら94歳。
亡くなったのは83歳、11年になるんだ・・・。

母は晩年、70歳の時ですが、長男の嫁が急逝し、残された三人の男の子たち(小学生・中学生・高校生)を育てることになりました。
本当に、70歳にして・・・と考えると、自分なんてまだまだ母の苦労を思えば、もうひと頑張り、もうふた頑張りできるとは思うのですが、どうもこのところ元気がでません。

写真は、母が残してくれた讃美歌(母自筆)です。
何回も読んでは、今さらながらこれを書いた時の母はどんなにか、どんなにか苦しみ、自分を捨てて神さまから与えられた出来事を受け取ろうとしたんだろうなぁと、毎日口ずさんでは泣いています。

教団讃美歌85番「主のまことは」

1.主の真理(まこと)は、荒磯(ありそ)の岩 さかまく波にも などか動かん
  
(おりかえし)くすしきかな あまつみ神 げに尊きかな とこしえの主

2.主のめぐみは 浜のまさご その数いかでか 計りうべき
3.うつりゆく世、さだめなき身 ただ主に頼りて 安きをぞ得ん
4.つもれるつみ ふかきけがれ ただ主を仰ぎて 救いをぞ得ん

子どもたちの信仰

2014年02月23日 | 信仰 平和
今日の教会学校では百合ヶ丘教会の付属幼稚園、めぐみ幼稚園のゆり組(年長さん)の子どもたちが、こども讃美歌「きゅうこんのなかには」を歌ってくれました。

きゅうこんのなかには
「きゅうこんのなかには はながひめられ 
 さなぎのなかから いのちはばたく
 さむいふゆのなか はるはめざめる 
 そのひそのときを ただ かみがしる」

10月にらさちゃんと植えたチューリップの球根も、今雪の下で命をはぐくんでいるんだよって、らさちゃんは「へぇ~」って言っていた。

新年

2014年01月01日 | 信仰 平和
新しい年で、おめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

「新」という字は、「立っている」「木」を「切る」という意味があるそうです。
切り取った木を火にくべるのではなく、切った部分も大切に家を作るとか、何かのために使うことが大切です。
2013年は、辛いことがあったけど、それを忘れてしまって気分を変えるのではなくて、大切な経験、宝として人生の一部として、何かを作っていかなくてはいけないと思うのです。
そして切り株となった新しい木の部分は、新たなみすみすしい力を根っこからもらって、伸びやかに成長したいと・・・。

・・・なんて、新たな思いをもって、元旦礼拝から帰ってきたら、家の駐車場で車を擦ってしまったのだ~

しょんぼり

今朝ジョギング途中の、初日の出


こうこうちさんの手作りプレゼントの「お飾り」


MERRY CHRISTMAS

2013年12月24日 | 信仰 平和
今日はクリスマス・イヴです。
家族全員は教会に行って、イエス・キリストの降誕をお祝いしました。

私と夫とヒロは、百合ヶ丘キリスト教会で礼拝しました。
12月25日がイエスさまの誕生日と知っている人は多いでしょうが、「私たちの救い主であるイエス・キリストの誕生日」であるということを、知っている人はどれだけでしょうか?
そんなメッセージをいただきました。

マサは相模中央キリスト教会で礼拝を守りました。
まだ帰ってきませんが、礼拝の後にキャロリングと言って、色々なご家庭を讃美歌を歌いながら訪問していることでしょう。お汁粉をごちそうになるとか言ってました。

マナは、孫のらさちゃんとさりーちゃんと、そして仕事から駆け付けた婿殿と家族四人で、多摩川キリスト教会で礼拝を守ったことでしょう。
マナは、子育てしながらなので、聖歌隊の指揮をすると言ってたけど、すごく心配

いずれにしろ、とにかく、それぞれ、イエスさまの降誕をお祝いできたことを感謝します


我が家の玄関です

祝福式

2013年10月28日 | 信仰 平和
町田教会から相模原礼拝に一緒に移ってくださったクッキーさんとKくん。
今日はステキなご主人も礼拝に来られて、Kくんの祝福式でした。
あぁ、嬉しい、こんなに嬉しいことはありません
どんどん成長していくKくん。

しるべは本当に、本当に赤ちゃんが大好きになってしまいました
Kくんを抱っこして、笑い顔に癒されて、そして8月にさりーちゃんが生まれて、赤ちゃんってこんなにかわいいなんて、自分の子育ての時は分からなかった。

先週は、マサが相模中央教会に転入会し、今日はKくんの祝福式が終わり、一安心
それで、本当にお世話になった相模原礼拝に終止符を打ち、次のステップに移ることにしました。
涙がでて、みんなとお別れがつらかった
本当に、本当に、しるべが一番辛い時に暖かく、そして自然体で受け入れてくださり、一緒に賛美し、F牧師の心にしみる説教を聞いて、素晴らしい5か月間に感謝です

ありがとう、ありがとう、クッキーさん、Kくん、ありがとう
これからも教会生活の中で、主の恵をしっかり受け取ってくださいね。

しるべも新しい出発です

でも、相模原礼拝所では引き続き「讃美歌と童謡を歌う会」第二火曜日には開きます

毎週Tさんが活けてくださるお花も楽しみでした。
今日のお花は、祝福式にふさわしい、華やかな喜びに満ちたものでした。

マサの転入会式

2013年10月20日 | 信仰 平和
次男マサ(白っぽいジャケットの方)が、相模中央キリスト教会の会員となることができました。
町田が閉鎖してから5か月間、ずいぶん悩みながらも信仰的に成長しました。

私と夫は、二階の席から転入会の式を見させてもらいました。
ちょっと、ガラスの枠がジャマしてますが、様子がわかると思います。

もう、親と同じ教会じゃなくて、立派に一人立ちしてください。
さて、次は家を出ること。
信仰的にも、生活としても、本物の自立です。

F牧師(マイク持ってる方)、そして教会の皆様ありがとうございました。
そして、これからも宜しくお願いします。