島津製作所は水中で毎秒10メガビットの通信速度がでる装置を22年に発売した
京セラは水中で世界最高水準の毎秒1ギガ(ギガは10億)ビットの通信を可能にする装置を開発する。海の中で100メートル先にデータを届ける技術を2028年までに実用化する。
水中ドローンが撮影した映像を基に洋上風力発電設備を手軽に点検できるようになる。水中通信市場は7年後に3兆円規模になる見通し。あらゆるモノがネットにつながる「IoT」が水中に広がる。
京セラは電波の代わりに青色レーザーを使う通信機器を開発する。スマートフォン向けの陸上用の電波は水中では約1センチメートルしか届かない。
水中でも100メートル以上届く可視光を使い、高速通信規格「5G」の10分の1程度の通信速度を目指す。
京セラは21年に米スタートアップを買収し発光ダイオード(LED)の約100倍の高出力のレーザー技術を獲得した。グループで開発する5Gなどの通信関連技術と高出力の青色レーザーを組み合わせ、水中で高速通信を実現する。
現在の水中通信は、欧州のスタートアップなどが開発した毎秒数十メガ(メガは100万)ビットの装置が主流。2000年代に普及した電話回線を使う通信規格「ADSL」に近く、高精細な「4K」映像などの大容量は扱いにくい。京セラは28年に毎秒1ギガビットを実現すれば、世界最高水準になるとみている。
100メートル先にデータを送る際は点と点を結ぶように通信する。
100メートルより短い数十メートル離れた場所にデータを送る場合は、京セラの装置を起点に一定のエリア内で通信できるWi-Fiスポットのような仕組みを目指す。
島津製作所は30年までに水中で200メートル先までデータを送ることができる装置を開発する。
島津は毎秒10メガビットで80メートル先まで送受信できる装置を22年に発売した。伝達距離を3倍近くに伸ばし、洋上風力発電の点検やレアアースなど海洋資源の開発を手掛ける企業や組織に提供する。
23年11月に長崎市に新設した研究拠点で、海洋技術に詳しい長崎県などの産学連携組織とともに開発する。海底のパイプラインを点検するセンサーなどと合わせて30年度に20億円以上の売上高を目指す。
水中ドローンは欧米を中心に利用が広がりつつある。
現在のドローンはケーブルにつないで操作し、データの転送もケーブルに頼る有線通信タイプが多いが、有線通信は水深が数十メートルより深い海中や障害物の多い海域では使いづらい課題がある。
海洋研究開発機構の水中ドローン(同機構提供)
海洋研究開発機構の吉田弘上席研究員は「今後増える浮体式の洋上風力発電では、無線式の水中ドローンの方が設備の保守点検に向いている」と指摘する。
浮体式は海岸から数十キロメートル離れた沖合に建設されることが多い。世界的な人手不足で潜水士らによる有人点検が難しくなるなか、無線化されたドローンに対する期待が高まっている。
水中通信は、レーザー以外の技術開発も進んでいる。パナソニックホールディングス(HD)は濁った海中でも通信できる装置を開発する。
毎秒1メガビット以上の通信速度を目標に、4メートル先に映像を送る技術を28年度にも実用化する。悪天候でレーザーが使えない場合の代替需要などが見込まれる。
パナソニックHDは水中で電波を使う通信技術を開発する
NECは音波で長距離通信する装置を24年度に商用化する。既存の潜水艦ソナー技術を応用し、将来は10キロメートル以上の長距離通信を目指す。
通信速度は毎秒数十キロビットと他の企業より遅いものの、ドローンを操作したり画像データを送受信したりはできる。27年度に100億円規模の売上高を目指す。
海洋研究開発機構の吉田氏は「水中無線通信は光、音響、電波の3方式を組み合わせながら実用化が進む」と予測する。
インドの調査会社アステュート・アナリティカによると、水中無線通信の世界市場は31年に196億ドル(約2兆8900億円)と、22年の3倍に拡大する。
水中通信は通信業界のなかで「無線通信の最後のフロンティア」(京セラ)と呼ばれる。
ただ、水中ドローンの開発を含め、日本は米国や中国と比べ「基礎研究は多いが製品開発では出遅れている」(吉田氏)。水中の覇権争いに勝つために海外に負けない先端技術の実用化が求められる。
(新田栄作、安藤健太)
日経記事 2024.01.19より引用