宇宙太陽光発電のイメージ。宇宙空間で発電した電力を、
海上などに設置した地上局で受けて利用する
(出所:宇宙航空研究開発機構)
「夢の発電」ともいわれながら、これまで何度も研究ブームの到来と終焉(しゅうえん)を繰り返してきた宇宙太陽光発電(スペース・ソーラー・パワー・システム、SSPS)が、ここにきて世界的に「再起動」している。
この分野は長年、日本が研究開発をリードしてきたが、ここ数年、欧米などで1億ドル(約140億円)規模の予算をかけた大規模研究開発プロジェクトが複数開始されている。
例えば欧州宇宙機関(ESA)は2022年11月、SSPSの実現可能性を本格的に調査するプロジェクト「SOLARIS(ソラリス)」をスタートさせた。研究予算は100億円程度とみられる。
SSPSは、まるでSFのような壮大な構想だ。宇宙空間に巨大な太陽電池を配置して、発電した電力をマイクロ波またはレーザー光に変換して地上に送り、地上で電力に再変換してエネルギーとして利用する。実現の目標時期は50年ごろとしているプロジェクトが多い。
高度3万6000キロメートルの静止軌道に巨大な太陽電池を搭載した衛星を配備すれば、衛星から見て太陽が地球の影にほとんど入らないため、昼夜を問わずに発電できる。
さらに、大気による減衰が無いため、単位面積当たりで地上の約10倍とされる太陽光のエネルギーを利用できる点が最大の特徴だ。
レーザー送電の場合は、利用する近赤外域の光線が大気による吸収や雲による散乱によって大きな影響を受けるため、世界ではマイクロ波による送電の研究が主流である。
下図はマイクロ波で送電するSSPSの参照モデルの構成だ。
マイクロ波送電を利用するSSPSの構成図
(出所:宇宙システム開発利用推進機構の資料を基に日経クロステックが改訂)
例えば地上で原子力発電1基分の1ギガワット(100万キロワット)の電力を得るためには、寸法が2〜3キロメートル四方の巨大な太陽電池を搭載した衛星を静止軌道に打ち上げ、そこで2ギガワットを発電する。衛星の重さは約3万トンにもなる。
そして、得られた直流(DC)電力を半導体でマイクロ波に変換し、それを送電アンテナで地上に送る。マイクロ波の周波数は大気の影響を受けない「電波の窓(1ギガ〜10ギガヘルツ)」の5.8ギガヘルツなどを用いる。
地上(海上を含む)には直径2キロメートルと巨大な受電アンテナ(アンテナと整流回路を一体化したレクテナ)を配置し、マイクロ波を直流電力に変換。さらにそれを交流(AC)電力に変換して商用電力網に伝送する。
SSPSは米国のピーター・グレーザー博士が1968年に提唱したのが始まりとされる、研究の歴史が長い技術である。
これまで技術適合性の検討や要素技術の開発が世界で進められてきたが、あまりに壮大な構想であるため、現時点でも本当に実現できるのか、数兆円以上と試算されている建設コストをかけても経済合理性に見合うのかなど、いまだに懐疑的な声が多いのも事実である。
米電気電子学会(IEEE)は23年4月、SSPSに関する提言を発表した。その中でIEEEは、会員は肯定派と否定派に分かれるとしている。
例えば、IEEEフェローのパナギオティス・シオトラス氏は「この構想は長年あるが、技術的課題が数多く残されている。
巨大な太陽電池アレイの建設などが経済性に見合うとは思えない」と話す。一方で、IEEE終身フェローのトーマス・コフリン氏は「SSPSは将来、地球に住む人々に恩恵をもたらす」と前向きだ。
SSPSの開発に取り組んでいる当事者も、決して将来を楽観視しているわけではない。例えば宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、「一朝一夕で実現できるものではない。
巨大な社会インフラとなり得るもので、国や産業界なども含め、地道な研究開発の継続と努力が必要だ。まずは、実現に向けてカギとなる要素技術の着実な研究開発を進めていくことが重要」としている。
ロケットコストが劇的低下
ではなぜ、ここ数年で欧米、さらに中国などで研究プロジェクトが次々に立ち上がっているのか。思惑は様々だが、背景にある主な要因が以下の3つである。
(1)宇宙への輸送コストの大幅な低減
(2)世界の多くの国・地域が環境目標として掲げる50年の「カーボンニュートラル(温暖化ガス排
出量実質ゼロ)」
(3)月面や宇宙空間へのエネルギー供給など技術の派生展開(スピンオフ)のニーズが顕在化であ
る。
(1)は非常に大きな駆動力となっている。主役は、もちろん米スペースXである。同社はこれまでも輸送コストの低価格化を先導してきたが、最高経営責任者(CEO)のイーロン・マスク氏は、現在開発中の超大型ロケット「Starship(スターシップ)」の打ち上げコストに関して「究極のゴールとして1回当たり約100万ドル(約1億4000万円)を目指す」と発言している。
実現すれば現行ロケットの約100分の1という水準にまで低下する。これは数万トンという巨大構造物を宇宙に打ち上げる必要があるSSPSにとっては「神風」である。
(2)のカーボンニュートラル実現の公約も駆動力の1つだ。環境対策で世界をリードする欧州連合(EU)は、現在の延長では達成が難しいと公言しており、実現に向けた新技術の選択肢の1つとしてSSPSを見ている。
23年11月30日から12月13日まで、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催された第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)では、SSPSをテーマにしたパネルディスカッションが開催され、そこにESAなどが登壇した。
(3)の月面や宇宙空間でのエネルギー利用は、SSPSの技術の派生展開として世界的に有望視されている。例えば、IEEE終身フェローのコフリン氏は「宇宙空間での資源開発や産業発展を支える電力として利用されることになると確信している」と話す。
SSPSの研究開発を進めている宇宙システム開発利用推進機構衛星観測事業本部技術開発部の柳川祐輝氏は「月開発は大きなトリガーになっている。
SSPSでは発電所が地上と同様、40年程度稼働しないと採算が合わない。しかし、現状、太陽電池は地上でもそんなに持たない。月面など宇宙空間でSSPSのニーズが高まれば、高耐久・長寿命のデバイスが開発され、将来的に発電所で使えるかもしれない」とする。
このほかにも、SSPSに向けて開発される技術の派生展開のニーズは数多くある。地上からドローンや高高度疑似衛星(HAPS)に向けたピンポイントの無線給電も、その一例だ。
宇宙太陽発電学会会長で京都大学生存圏研究所教授の篠原真毅氏は「最近では欧米や中国などで研究開発の機運が高まっているが、各国の思惑はかなり異なっている。欧州はカーボンニュートラルが動機で、米国は軍関係が動いている。中国は宇宙開発の流れでSSPSを研究している」と話す。
EU内で50年に最大200カ所の需要?
ESAが前出のSOLARISを開始したきっかけは、EUが抱いている50年のカーボンニュートラル達成への危機感である。再生可能エネルギーの発電量を増やすための選択肢として、SSPSの実現可能性を本格的に調査する。
ESAは事前の調査で、「ギガワット級の発電所は非常に大きな挑戦だが、40年までに実現できる可能性があり、経済的な分析から50年までにおそらく40〜50カ所、最大200カ所のSSPSの需要がEU内にある」としている。
そして、実現へのロードマップとして26〜30年に出力1メガ〜10メガワットのデモシステム、31〜35年に同100メガワットのパイロットシステム、そして36〜40年には同数ギガワットの運用システムを構築するという野心的な目標を掲げている。
もっとも、現時点ではSSPSについて不透明な要素が多い。そこでSOLARISでは、26年の開発プログラムの始動に向けて、SSPSの技術・経済的な側面からの実現可能性や安全性、環境への影響などの評価に25年末まで取り組むという。もちろん、この結果によっては、計画の大幅な変更もあり得る。
米国では空軍研究所(AFRL)が、海軍調査研究所(NRL)、航空宇宙・防衛メーカーである米ノースロップ・グラマンと共同で進めている「SSPIDR(スパイダー)」が注目されている。
研究予算は1億ドルで、19年に開始されたが、表面化したのは22年だ。同年12月にノースロップ・グラマンは、SSPIDRの重要な要素である無線エネルギーをビーム状に送信する技術の実証に成功したと発表した。
AFRLはSSPSを研究する目的の1つとして、電力インフラがない(もしくは破壊された)戦場の部隊に対して必要なときにいつでも電力を供給することを想定している。現状、部隊に大型トラックの電源車を派遣して電力を供給しているが、敵からは格好のターゲットになることが問題視されているという。
また、AFRLはシスルナ(地球と月との間)空間を移動する衛星への電力供給や、要素技術の民生への展開も視野に入れている。
SSPIDRは実用化までに4段階のフェーズを設定しており、現在はフェーズ1の原理実証コンポーネントのプロトタイプを開発している段階。25年に軌道上実証衛星「Arachne(アラクネ)」を打ち上げる予定だ。
AFRLが25年に打ち上げる軌道上実証衛星。名称は「Arachne(アラクネ)」。ノースロップ・グラマンが開発した
(出所:米空軍研究所)
23年6月には米カリフォルニア工科大学(カルテック)が、同年1月に打ち上げた軌道上実証衛星において、宇宙空間で電力をマイクロ波で伝送できたことや、そのマイクロ波を地上で受信することに世界で初めて成功したと発表した。
これは同大学が1億ドル以上の寄付を受けて実施している「SSPP(スペース・ソーラー・パワー・プロジェクト)」の一貫である。
カルテックの実証では、32個の種類が異なる太陽電池を載せたモジュールや「MAPLE」と呼ばれるマイクロ波送受電モジュールを衛星に搭載。
太陽電池が発電した電力をMAPLE内でマイクロ波に変換して送り、それを約30センチメートル離れた受電アンテナで受け取って直流電力に変換したという。
MAPLEはシールドされておらず、宇宙空間の厳しい環境下で正常に動作した。さらに、そのマイクロ波を地上で受信することにも成功した。
MAPLEの構造。太陽電池で発電した電力をマイクロ波に変換して右側の送電アンテナから送り、
左側のアンテナで受け取ることに成功した(出所:カリフォルニア工科大学)
宇宙空間で撮影したMAPLEの内部。右側が電気的に出射方向を制御できる「フェーズドアレイ」の送電アンテナで、
左側に受電アンテナがある(出所:カリフォルニア工科大学)
ただし、カルテックは今回の実証におけるマイクロ波の出力や伝送効率について明らかにしていない。
京都大学の篠原氏は「宇宙空間からのマイクロ波による電力伝送は、ロケットからではあるが、日本が1982年に世界で初めて実証に成功している。カルテックは出力や伝送効率を発表していないので今回の実証についてきちんと評価できないが、マイクロ波の送受電モジュールが宇宙空間で正常に動いたことが成果ではないか」と語る。
中国もSSPSの研究開発に力を入れている国の1つである。国家主導であるため情報は少ないものの、SSPSの実験基地プロジェクトが重慶市や陝西(せんせい)省西安市で進められている。
2021年3月にはSSPS研究を推進するための委員会が設立され、22年には西安電子科技大学キャンパス内に大規模な地上実験施設が完成した。早ければ30年代に商用発電能力を備える基地を建設する計画も策定されているという。
経済産業省の資料によると、中国は「30年にメガワット級の試験的なSSPS発電所の建設を開始し、50年までにギガワット級の商業SSPSを建設する能力を獲得する」という中長期目標を立てており、それに向けて超高圧発電・送電及びワイヤレスエネルギー伝送の実証実験などを行っているとしている。
日本、25年度の衛星実証で世界をリード
日本は米国でのSSPSの研究が下火になった1980年代以降、京都大学を中心に世界の研究をリードしてきた。
近年では2009年に策定された「宇宙基本計画」にSSPSが記載されたことに端を発して、経産省宇宙産業室が主導して研究開発プロジェクトを進めてきた。50年ごろの実用化を想定したロードマップを作成し、企業や大学で基礎的な研究を進めている。
例えば14年度には、電気的に電波ビームの方向を制御できる「フェーズドアレイアンテナ」を使って、5.8ギガヘルツのマイクロ波による地上送電実験を行った。
出力数キロワットのマイクロ波を距離が54メートル離れたアンテナで受信し、平均で約340ワットの電力を取り出した。19年度には、高度30メートルを飛行するドローンからマイクロ波を送電して地上の受電アンテナで受け取る実証も行った。
今後はまず、軌道上実証の事前検討として、24年第3四半期に、マイクロ波の送電アンテナパネルを航空機に搭載し、高度7キロメートルから地上局に向けてマイクロ波を照射する実証を行う予定だ。
地上局から2ギガヘルツ帯のパイロットビームを発信し、そこに向けて飛行機からマイクロ波を照射する。受電アンテナは70センチメートル四方で、限られた範囲に集中的にマイクロ波を伝送できるか、相対速度がある移動体から精度よく伝送できるかを評価する。
25年度には、無線送電実証衛星プロジェクト「OHISAMA(おひさま)」を実施する。担当するのは、宇宙システム開発利用推進機構を中心とするチームだ。
フェーズドアレイアンテナを搭載した低軌道の衛星から地上のアンテナ(2×0.7メートル)に向けて出力1キロワットのマイクロ波を照射。
超長距離の無線電力伝送に必要な高精度のビーム形成、ビームの方向制御などを評価する。
「高度450キロメートルを周回する衛星から地上の受電アンテナに精度よくマイクロ波を伝送できれば、世界初の実証になる」(篠原氏)としている。
無線送電実証で利用する衛星のイメージ(出所:宇宙システム開発利用推進機構)
少ない資金でどう戦うか
SSPSの研究開発では現時点でトップランナーの位置にいる日本だが、他の技術分野と同様の悩みを抱えている。海外と比べ圧倒的に研究予算が少ないのだ。
25年度に実施する軌道上実証でも、研究予算は年間4億円しかない。大規模なSSPSが将来実現しようがしまいが、これでは今後の開発競争で世界と戦うのは難しい。
京都大学の篠原氏は、「SSPSの研究にはこれまで何度かブームがあったが、欧米で1億ドル規模の研究予算が投下されている今はチャンスだ」と語る。
SSPSのような壮大な構想の研究開発には多額の資金が必要で、日本のように投下予算が少ない国では単独での実現は難しい。だから、技術的な優位性を持っている間に、世界の開発コミュニティーに入って研究開発をリードしようというのだ。
鍵になるのが、マイクロ波を使う空間伝送型無線給電の技術だという。
「日本は無線給電の技術とSSPSのシステムデザインの両方を手掛けている数少ない国。例えば、ESAはSSPSの要素技術開発に投資をしているが、無線給電の技術がミッシングピースになっている。実際、それについて私の研究室に問い合わせが来ている」(同氏)という。SSPSにおけるマイクロ波の超長距離電力伝送は、無線給電技術の延長にある。
日本では22年5月の電波法施行規則等の一部改正によって、920メガヘルツ、2.4ギガヘルツ、5.7ギガヘルツの3つの周波数帯を無線給電で屋内利用することが世界に先駆けて可能になった。
今後は、あらゆるモノがネットにつながる「IoT」センサーなどへの無線給電ビジネスで世界を先行できる可能性がある。篠原氏は「こうした実績を欧米などとの交渉材料として、世界のSSPS開発コミュニティーで先導役となりたい」としている。
(日経クロステック/日経エレクトロニクス 内田泰)
[日経クロステック 2023年12月26日付の記事を再構成]