30年間首位を守ったDRAMでSKの猛追を受ける(サムスンの半導体工場)
【ソウル=細川幸太郎】韓国サムスン電子の稼ぎ頭に黄色信号がともっている。
世界首位を30年間維持してきた半導体メモリー「DRAM」で、2位SKハイニックスの猛追に直面しているためだ。半導体市況の回復局面でサムスンが高収益企業に返り咲くためにはDRAM事業のテコ入れが不可欠となる。
サムスンが9日発表した2023年10〜12月期の連結営業利益は、前年同期比35%減の2兆8000億ウォン(約3000億円)だった。半導体の在庫解消が進んで7〜9月期と比べると15%増益となり、3四半期連続のプラスだった。半導体市況は低迷期を脱して緩やかな回復局面に入っている。
サムスンは売上高順にスマートフォンと半導体、家電、ディスプレーの4本柱の事業で構成する。売上高で3割程度の半導体部門が過半の営業利益を稼ぐ構図が長く続いてきた。
それが半導体市況の急激な悪化によって23年通期は半導体部門だけで15兆ウォンほどの営業赤字(22年は24兆ウォンの営業黒字)を記録した。スマホやディスプレーの他部門が穴埋めする格好で、23年の全社営業利益は6兆5400億ウォンの黒字を確保した。
24年は半導体市況の回復によってサムスンの業績も上向く見通しだ。ただスマホやパソコン需要は力強さを欠き、かつての市況回復期のような急激な反転は望みにくい。
さらにサムスン個社の競争力低下を示すデータもある。
調査会社トレンドフォースによると23年7〜9月のDRAMシェアは首位サムスンが38.9%で、2位のSKが34.3%だった。23年1〜3月と比べてサムスンはシェアを4.3ポイント落とす一方、SKは6.1ポイント上昇しており両社の差は縮まっている。
サムスンにとってDRAMは長く最大の収益源だった。市況安定期にはDRAM事業の売上高営業利益率は5割を超え、年3兆円超の利益を生み出した。独走体制を築いて高収益を謳歌してきたサムスンが、2位にわずか5ポイント差に詰め寄られている。
SKはAI(人工知能)技術の普及の波に乗って、高速で大容量処理が可能な「HBM(広帯域メモリー)」と呼ぶ次世代DRAMで先行した。
HBMはDRAMチップを積み重ねる構造で、組み立て精度や素材の放熱性能などこれまでにない技術が求められる。SKはHBMの早期普及を見越してサプライヤーとともに後工程の研究開発にも注力し、特許を固めるなど追従するサムスンをけん制してきた。
SKはパートナー戦略でもサムスンをリードした。画像処理半導体(GPU)に代表されるAI半導体の分野で1強体制を築く米エヌビディアとの提携によってSKがシェアを高めた事情もある。
AI普及に伴ってデータセンター事業者が求めるDRAMのスペックが変わる中、サムスンは読みを誤って次世代品の生産体制の準備が後手に回ったのも痛手となった。
先代会長の李健熙(イ・ゴンヒ)氏が率いていた10年前までのサムスンであれば、シェア低下を招いた事業部門長は交代を命じられていた。当時のサムスンは人事に信賞必罰が色濃く反映され、厳しい出世競争が組織の新陳代謝を生み、経営・技術の両面で活力をもたらしてきた。
しかし、23年11月発表の定期人事では半導体部門の主要ポストに変化はなかった。DRAMでSKの追い上げを許したことで社内でも「誰かが責任を取らされる」との見方が大勢だった。「無風人事」に競合他社からも驚きの声があがったほどだ。
現会長の李在鎔(イ・ジェヨン)氏は社内に次世代開発の重要性を説き、先端半導体の研究開発費の積み増しを指示した。製造装置や材料メーカーとの共同研究プロジェクトも次々と立ち上がる。一定の競争は残しながらも社内の協調・安定を重視する姿勢を示してきた。
韓国の代表企業サムスンは「アニマルスピリット」を取り戻せるか(ソウル市)=ロイター
今や売上高30兆円規模の大企業となったサムスン。文在寅(ムン・ジェイン)前政権の労働規制を背景に、土日も働く「モーレツな社風」は鳴りを潜めた。手厚い大企業での安住を求める社員が増える中で、貪欲に収益を求め続けるかつての社風もかすむ。
既存事業の収益源は先細り、革新的な事業創出のハードルも高まっている。さらに組織の活力まで低下し始める――。今のサムスンはこうした複合危機に明確な打開策を見いだせていない。
M&A不発、豊富な現金活用課題に
2021年1月のサムスン電子の決算発表後の電話会見で、当時の最高財務責任者(CFO)はこう宣言した。「保有現金が増えたことに株主も懸念を抱いている」とも話し、この時点で124兆ウォン(約13兆円)に積み上がった現金の有効活用を強調した。
22年1月には韓宗熙(ハン・ジョンヒ)最高経営責任者(CEO)が「(M&Aは)皆さんが思うより早く動いている。近いうちにいいニュースがあるだろう」とも話した。
しかし「ニュース」はないまま3年が過ぎようとしている。米中対立を背景に半導体を中心に各国の競争当局の規制が厳しくなった影響もあったかもしれない。
サムスン中興の祖、李健熙前会長は「10年間で既存事業の大部分はなくなる」と訴え、事業の新陳代謝の重要性を説き続けた。積年の課題である事業ポートフォリオの拡大・組み替えのため、これまで距離を取ってきたM&Aと真剣に向き合う必要性が高まっている。