「日本株には多くのプラス材料がある」。
運用資産1340億ドル(約20兆円)の米老舗運用会社ファースト・イーグル・インベストメンツでポートフォリオ・マネジャーを務めるマシュー・ランフィアー氏は強気な見方を示す。
同社の米国以外に投資するファンドでは日本が国別で最大の投資先だ。
ランフィアー氏には「記録的な利益、記録的な利益率、記録的な配当、記録的な自社株買い、そして依然として良好なバリュエーション水準が組み合わさっている」点が魅力的に映る。
年内高値4万2000円以上を予想、企業の実力反映
日経平均株価は1日に一時3万9990円と、4万円の大台まであと10円に迫った。
34年ぶりに過去最高値を更新した後も市場には1989年のような「バブル」の雰囲気は乏しい。野村証券によると東証株価指数(TOPIX)の12カ月先予想PER(株価収益率)は足元で約16倍。50倍を超えていたバブル当時に比べ割高感はない。TOPIXの12カ月先予想1株当たり利益(EPS)は2月27日時点で166円と過去最高が見込まれ、株高には業績の裏付けがあると言える。
実力に基づいて株価はどこまで上がるのか。日経ヴェリタスが市場関係者12人に聞いたところ、全員が年内の高値を4万2000円以上と予想した。足元から5%以上高い水準だ。
4万円の壁を突破し、「新次元」を切り開く原動力は海外投資家だ。日本取引所グループがまとめる投資部門別売買動向(2市場合計・現物株)によると、海外勢は2月16日まで7週連続で日本株を買い越した。
翌週(19〜22日)は息切れしたが、買越額が2.7兆円にのぼる中、「まだ十分に買えていない投資家は多い」(野村証券の柏原悟志トレーディング・サービス部担当部長)。
日本株に積極的に投資している欧州や中東の投資家に対して、今後の株価上昇のモメンタムを左右する米国の年金基金などの腰は重いままだ。
米国勢を動かすカギは日本のマクロ経済や企業の変化への確度だ。春季労使交渉では賃上げ率5〜6%での妥結が相次ぐ。賃金と物価が上昇する好循環が実現し、デフレ脱却が現実味を帯びている。
企業の改革もさらに進む。1月末までにPBR(株価純資産倍率)の改善策を開示した企業がプライム市場全体の4割にのぼった。今後も資本コストを意識した株主重視の経営にカジを切る企業が増えることが予想される。
広がる投資対象
マネーが向かう先はどこか。
インベストメントLabの宇根尚秀代表は「好業績なのに株価が出遅れている銘柄が有望」と見る。最高値更新のけん引役だった東京エレクトロンやトヨタ自動車に代表される時価総額上位の一部の銘柄を越え、海外勢の物色の広がりが予想される。
日経ヴェリタスは2、3月期決算の全上場企業を対象に24年度の予想自己資本利益率(ROE)が8%以上、かつ10%以上の最終増益が見込めるにも関わらず、昨年末比で日経平均の上昇率を下回る企業を抽出した。
信越化学工業やオリエンタルランドが並んだ。業績を重視する長期目線の投資家の資金が本格的に流入するか注目が集まる。
兆しはある。昨春、日本株高の号砲を鳴らした著名投資家ウォーレン・バフェット氏が率いるバークシャー・ハザウェイは2月24日に公表した恒例の「株主への手紙」で日本の5大商社株の保有比率を約9%まで引き上げたことを明らかにした
5大商社は自社株買いや配当を実施するなど「米国の慣例よりもはるかに優れた株主重視の方策を実施している」と高く評価した。
従来、日本株は上がったら売り、下がったら買う逆張り戦略が有効なトレーディング(売買)相場だった。脱デフレが見え始め、企業の意識も改善し始めている。
「日本は変わった」とのメッセージを示し続けられれば、米国株のような右肩上がりの長期上昇相場に変わる可能性もある。呪縛から解き放たれ史上最高値を更新した日本株。投資チャンスを探ってみよう。
プロの見方「4万8600円」も
史上最高値の更新が続く日経平均株価はどこまで上昇するのだろうか。市場のプロ12人に年内の見通しを聞いたところ、全員が4万2000円以上の予想を示した。
2024年度も好調な企業業績が見込まれることから、年末にかけて上げ足を強めるとみる声が多い。
「24年4〜9月期決算の底堅さを認識した後、改めて海外からの資金が流入しそうだ」。
シティグループ証券の阪上亮太株式ストラテジストは日経平均が秋以降、4万5000円に上昇すると予想する。
市場では上場企業が24年度まで4期連続で最高益を更新するとの織り込みが進む。堅調な業績が年末に向け株価をさらに押し上げるとの見方は過半にのぼった。
インベストメントLabの宇根氏は春先の高値更新を見込む。「大型株も含め出遅れている銘柄を物色する動きになりそうだ」という。
中小型株では「(業績の良い銘柄に資金が向かう)ファンダメンタルズが効く相場になり始めている」と指摘する。
PGIMジャパンの鴨下健株式運用部長も米国経済の堅調さを受け「外需関連企業には販売数量の増加と円安というダブルの恩恵がある」として、年前半に4万2000円まで上昇するとの見方だ。
4万円台後半に突入するとの予想も飛び出した。
三井住友DSアセットマネジメントのプロダクトスペシャリスト、ハート・アレクサンダー氏は「10〜12月に4万8600円をつける可能性もある」と語る。
米経済が堅調に推移して日本企業の収益や資本効率の改善を促すほか、新たな少額投資非課税制度(NISA)による資金流入も継続的な下支え要因になるとのシナリオだ。
一方、日経平均は年初から急ピッチの上昇を続けていることから調整局面を迎えるとの見方も根強い。懸念材料として大きいのが日米の金融政策だ。
ピクテ・ジャパンの糸島孝俊ストラテジストは日銀のマイナス金利解除を4月、米連邦準備理事会(FRB)の利下げ開始を6〜7月と予想。
その後、為替相場が円高・ドル安方向に動くとみられることから10月に3万5000円まで調整すると見込む。
JPモルガン証券の西原里江チーフ株式ストラテジストはリスクシナリオでの下値を3万4000円とみる。
米経済の軟着陸による株高をメインシナリオとしつつ、日本で賃上げがインフレに追いつかず「実質賃金の上昇が腰折れし、デフレ脱却が頓挫すれば株価の下押し要因になる」と指摘する。
日銀が市場の想定を超えて大幅な利上げに動いた場合も急激な円高を招く可能性があり、輸出企業を中心に業績を押し下げる要因となる。
今後有望な投資先も聞いた。世界の主要な株価指数を押し上げている半導体セクターにはなお期待できるとの指摘は多い。
いちよしアセットマネジメントの秋野充成取締役は「世界の半導体企業の売上高は4〜6月に前年比プラスになるため、もう一度『全員で半導体株を買う』相場が来る」との見方だ。
「まだ株価が上がっていない中小型銘柄も多い」とさらなる上昇に期待を寄せる。
自動車関連を挙げたのは第一生命経済研究所の藤代宏一主席エコノミストだ。
「世界的にガソリン車やハイブリッド車(HV)への揺り戻しが起きており、11月の米大統領選でさらに強まる可能性がある」。日本勢の電気自動車(EV)への対応の遅れが逆に強みになると分析する。
その選挙でのトランプ前大統領再選を今後の日本株にとってのリスクに挙げる声も多い。
ただし「トランプ氏が裁判を抱えている事情から経済界に優しい政策をとるようなことがあれば、株価にはポジティブかもしれない」(コモンズ投信の伊井哲朗社長)。「もしトラ」の影響は見極めにくくなっている。
(松本裕子、学頭貴子、勝野杏美、飯島圭太郎、小池颯、田村篤士、張勇祥が担当した。グラフィックスは田口寿一)
[日経ヴェリタス2024年3月3日号巻頭特集より抜粋]
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日経記事2024.03.03より引用