【この記事のポイント】
・トランプ政権に戻れば全ての国に不確実性が増幅
・東アジアの安保への関与は後退するとの見方多く
・産業政策や環境政策は一変し、脱炭素にブレーキ
米大統領選に向けた予備選が集中する「スーパーチューズデー」が5日に迫り、トランプ前大統領が共和党候補となる可能性が高まっている。
米国が再び自国第一主義に傾けば、同盟国である日欧の安全保障体制や産業政策の前提が狂う。各国の政府・企業は前大統領の再選の可能性もにらみ、米国の政策転換に備え始めた。
対中強硬、関税上げ 中国企業「取引は利く相手」
「多くの企業がトランプ氏が再選し、関税を引き上げる可能性を心配している」。
中国の家電大手、美的集団などの社外取締役を務める経済学者の管清友氏は1月、短文投稿サイト「微博(ウェイボ)」に書き込んだ。
前大統領は中国に60%超の輸入関税を課すことを検討すると表明した。
自国産業の保護を最優先し、高関税で圧力をかける手法は変わらない。前政権では中国からの輸入品の6割以上にあたる3700億ドル(約55兆円)相当に最大25%の追加関税をかけ、世界のサプライチェーン(供給網)が大きく揺さぶられた。
一方、中国企業の間には「トランプ氏は取引が利く相手だ」(製造業幹部)との評価もある。「大統領選までは中国に高い要求をぶつけるだろうが、話し合いで米中摩擦が緩和に向かう余地はある」とみる。
地方政府の経済部門幹部は「トランプ政権は米経済のテコ入れのために中国企業の投資を望んでいた」と明かす。
バイデン政権下で中国企業の対米投資は冷え込んだ。追加関税を避けるため、中国から隣国メキシコへの投資が急速に膨らんだ。
同盟・友好国を交えて供給網を構築するバイデン政権の「フレンドショアリング」に対し、前大統領は米製造業の復権と雇用拡大へ「メード・イン・アメリカ」を要求する。水面下で米国投資の再開を検討する中国企業も出始めているという。
中国には米国の安保政策の見直しへの待望論もある。バイデン政権は対中抑止力を高めるため日米韓の同盟を深化させ、中国と対立する台湾やフィリピンを支援してきた。
トランプ政権に戻れば東アジアの安保への関与が後退するとの見方は多い。前大統領は韓国などに米軍の駐留経費の負担を増やすよう要求し、応じなければ在韓米軍を撤退させると迫った経緯がある。日中関係筋は「米国と友好国の対中抑止の足並みが乱れれば中国に追い風だ」と話す。
米中問題に詳しい中国の大学教授は「国際秩序や中国の利益にとってはマイナスの方が多い」と指摘する。「トランプ復権は中国を含む全ての国にとって不確実性を増幅させる。米中関係は彼が中国に何を求め、中国がそれに応えられるかにかかっている」
欧州、独自で安保強化
「欧州連合(EU)としての防衛産業戦略を近く提示する」。
フォンデアライエン欧州委員長は2月16日、ミュンヘン安全保障会議で表明した。個々の加盟国に委ねてきた防衛産業の支援体制を見直し、域内全体で兵器や砲弾の生産増強を図る。
トランプ前大統領はウクライナ支援を後退させると公言し、北大西洋条約機構(NATO)加盟国への防衛義務を守らない可能性に言及した。
ロシアによるウクライナ侵攻を「政権復帰の初日に停戦させる」とも明言する。ロシアが一方的に併合したクリミア半島やウクライナ南・東部4州の領土固定化につながるおそれがある。
「トランプに不平や泣き言を言うのはやめよう」。NATO事務総長の後任候補に挙がるオランダのルッテ首相は安保会議で欧州独自の安保強化を呼びかけた。
ブルトン欧州委員はNATOへの米国の関与低下に備え、EUが主導する1000億ユーロ(約16兆円)規模の基金の創設を提起する。
NATOや日米韓の同盟による安保体制を重視するバイデン大統領に対し、前大統領は自国の防衛と財政が関心事だ。西側の結束が乱れれば、中ロなどの強権国家に米国を軸とした多国間同盟で対抗する安保戦略の前提が崩れる。
前大統領の在任中はイスラエル偏重の姿勢も目立った。エルサレムをイスラエルの首都だと認めてアメリカ大使館を移し、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への資金拠出を打ち切った。
脱炭素にブレーキ、M&A阻止も
産業政策も一変する。前大統領は脱炭素を重視するバイデン政権の政策を全否定し、電気自動車(EV)などの推進策「インフレ抑制法(IRA)」の廃止を表明する。
政権に返り咲けば就任初日に環境規制の多くを廃止する意向だ。
日欧米の自動車メーカーはEV購入の補助金などを見越して米国への投資計画を練ってきた。IRAが無くなれば米国のEV普及にブレーキがかかりかねない。
ホンダ幹部は「米政権には一喜一憂しない」との構えだ。同社は大統領選の結果にかかわらず北米でEV投資を続ける方針だ。中西部オハイオ州で26年からEV生産を開始し、カナダでの大規模投資も検討中だ。
米政府の環境政策は政権交代のたびに二転三転した。だが仮に4年間のトランプ政権を挟んだとしても、長期的にEVが伸びる世界の潮流は不変とみる。
全米の10州以上は35年をめどにガソリン車の新車販売を禁止する方針を表明済みだ。環境規制が特に厳しい西部カリフォルニア州は26年に販売台数の35%を電動車にすることを求め、未達の場合は1台あたり最大2万ドル(約300万円)の罰金を科す。日本勢にとってもEVシフトは不可欠だ。
23年12月に米鉄鋼大手USスチールの買収を発表した日本製鉄。だが全米鉄鋼労働組合(USW)が買収に反対を表明すると、前大統領は「再選すれば瞬時に阻止する」と宣言した。
前政権で仕えた元側近は「トランプ氏は本気だ」と漏らす。在任時は日欧やメキシコなどに輸入関税をかけて米鉄鋼産業を保護した。とりわけUSスチールは過去の選挙演説でイリノイ州の製鉄所を訪問するなど前大統領のお気に入りの企業だ。
日鉄は大統領選までに買収を完了すべくUSWなどとの協議を急ぐ。森高弘副社長は「11月が近づくとますます政治が動く懸念が大きい。早期にいろんな手を打って解決していく」と話す。
選挙公約、「米国第一」を前面
トランプ前大統領の公約集「アジェンダ47」は外交・安全保障から経済政策まで米国第一主義を前面に打ち出す。
ロシアによるウクライナ侵攻について「無意味な死と破壊」を直ちに停止すべきだと強調する。ロシアに占領された領土の固定化につながるおそれがあり、米国が提供した備蓄品の補償を欧州に求める。
バイデン政権で復帰した温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」から再離脱する。
米国企業の保護を目的に、大部分の外国製品に対し一律関税「普遍的基本関税」を導入する。他国の通貨操作や不公正な貿易慣行には制裁関税を課す。中国や欧州、日本との貿易赤字を問題視する姿勢は在任時から変わらない。
大統領権限も拡大する。米連邦議会が承認した予算の執行を大統領が独断で止めることができる権限を復活させる。大統領権限を制限した1974年の執行留保統制法を違憲だと主張する。
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日経記事2024.03.03より引用