【美術様式カンタン解説!総集編】ルネサンス→マニエリスムをまるッと理解!【これを見ればヨーロッパの文化の基本がよく分かる
https://www.youtube.com/watch?v=jdWoAsIpLO4
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アメリカを正しく認識する 建国までの歴史概略-18 Poor White(貧困白人)そしてトランプとプレスリー
https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/d2d8881a3e942c534309bb700371f78d
からの続き
『先住民』と『白人』との関係は、『ラテンアメリカ』と『アングロアメリカ』では『対照的』でした。
『スペイン人』は最初は『征服者』として『残虐な殺戮行為』を展開し、『インディオ』の富、主に『金銀』を『掠奪』しました。
『残虐行為』を激しく批判した『スペイン人聖職者ラス・カサス』によれば、1500万人の『インディオ』が『犠牲』になったと言います。
しかし、彼らは、インディオの『先住民社会』を『存続』させ、その上に『君臨』する道を取りました。
『インディオ』は『スペイン人』にとって『重要な労働力』でした。 『スペイン人』は『インディオの女』と交わり、子供が生まれました。 『メスティーソ』です。
こうして『混血社会』が出来上がり、『ヨーロッパ』とは『異質』の『ラテンアメリカ』が『成立』していきました。
これに対して『北米のインディアン』は『原始共同体』の『段階』にあり、『階級制度』が『未成熟』だったため、『隷属労働力』として『利用』することは結局できませんでした。
そのため『イギリス人』は『白人自身』が働く『農業植民地』を『樹立』しました。
つまり、『白人の農地』が『西方』へ『拡大』を続け、『インディアンの土地』の『奪取』が『進行』したのです。
『イギリス領植民地』=『アメリカ合衆国のインディアン土地政策』という『基本的性格』は、『インディアン』に対する『徹底的』な『排除政策』でした、
『インディアン』は『邪魔者』として『殺害』されるか、『保留地』に閉じ込められるのです。 『同じ北米』でも、『毛皮交易』を目的として『奥地』に進んだ『フランス人』が『先住民』と『協力』したのも『対照的』でした。
インディアン強制移住法制定(1830)
独立したばかりで、まだ『国力』が整わない『合衆国』は、『インディアン』との『全面戦争』を避け、『諸部族』を『独立国家』とみなして、『条約』を『締結』していくようになりました。
1871年に『条約制度』が『廃止』されるまでに、『アメリカ』は400近くの『条約』を『インディアン』と結びますが、その『大部分』は『銃』による『武力の行使』や『脅迫』によって『締結』されたものです。
『19世紀』の『アメリカ人』は、『アパラチア山脈』を越えて『西へ西へ』と『開拓』を進めました。
『白人』のための『土地』を確保するために、1830年、『アンドリュー・ジャクソン大統領』は『インディアン強制法』『を制』定させ、『ミシシッピ川以東』に『居住』する『諸部族』にその『領土』を明け渡させ、彼らを『ミシシッピ川以西』の『インディアン・テリトリー』(現在のオクラホマ州)に『移住』させようとしました。
この『法律』に基づいて『ジャクソン政権』は、『東部諸部族』と70もの『移住条約』を結び、約5万人の『インディアン』を『強制移住』させました。
『移住』を『拒む部族』に対しては『軍隊』による『攻撃』が加えられました。
有名な『チェロキー族』の『涙の旅路』では、『銃剣』を突きつけての『強制移住』となり、途中で4000人以上が亡くなったと言われています。
『移住交渉』は『ジャクソン政権以降』にも引き継がれ、これにより『ミシシッピ川以東』の『土地』はほぼ完全に『白人』に開放され、『中西部』では『白人農民』が自由な農業社会をを発展させ、『南部』では『奴隷制プランター』が『綿花王国』を築いていきました。
『南北戦争後』は、『ミシシッピ川以西』の『大平原』の『インディアン』に対して『合衆国騎兵隊』が『活躍』する時代です。
スー族、シャイアン族、アパッチ族、コマンチ族などなど、『勇猛』な『平原インディアン』たちの『抵抗』空しく、全てのインディアンが『保留地』に押し込まれていきました。
『白人』と『インディアン』は『居住空間』を『分離』されました。 現在、アメリカには約250ケ所、22万平方キロの『保留地』がありますが、その多くは『農耕』に適していない『不毛』で『不便な僻地』です。
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不思議の国のアリス(キャロライン洋子版)3
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A-E-I-O-U (The Caterpillar Song) / Who R U / How Doth the Little Crocodile / Keep Your Temper
https://www.youtube.com/watch?v=WJugDiCHS-o
(解説)
A.E.I.O.U.は、ハプスブルク家の神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世(1415年 - 1493年)が好んで用いた略語句。彼は建設したウィーナー・ノイシュタット城やグラーツ大聖堂などの建築物や自身の食器などあらゆるものにこの文字列を刻んだ。
1751年にウィーナー・ノイシュタットのテレジア軍学校の標語として採用され、現在まで用いられている。
フリードリヒ3世は、1440年にローマ王に選出される以前からこの標語を用いている。その意味を彼はほとんど説明しなかったが、死の直前に"全世界はオーストリアに属する"(ドイツ語: Alles Erdreich ist Österreich untertan)の略であると述べている。
他にもA.E.I.O.U.の解釈について様々な案が提示されている。例として、以下のようなラテン語の文例が論じられている。
・Austria est imperio optime unita ("オーストリアは帝国によって最高に統合されている").Austria ・erit in orbe ultima ("オーストリアは世界で最後に生き残るだろう").・Austriae est imperare orbi universo ("全世界を統べるのがオーストリアの使命である").
・現代に至るまでに、実に300ものドイツ語もしくはラテン語による解釈が提案されてきた。そのほとんどは、オーストリアもしくはハプスブルク家を讃える標語となっている。
フリードリヒ3世が用いた、A.E.I.O.U.のモノグラムの図版
引用wiki