熱アシスト記録を採用した米シーゲイト・テクノロジーのHDD
「Exos Mozaic 3+」(写真:シーゲイト・テクノロジー)
これまで何度も「オワコン(終わったコンテンツ)」とやゆされ、事実、一般消費者の視界から消えてしまったハードディスクドライブ(HDD)が、高容量化に向けた「限界突破技術」を得て、再び成長モードに突入しようとしている。
生成AI(人工知能)向けデータセンターの需要に応える。
その技術が、記録密度向上の要とされる「エネルギーアシスト記録」の中でも究極の「熱アシスト記録(HAMR)」である。
米シーゲイト・テクノロジーは、HAMRを採用したデータセンター向けの3.5インチHDDの量産化を2024年3月末までに開始する。ディスク1枚(1プラッター)当たりの記録容量は3テラバイト(TB)で、このディスクを10枚搭載した30TBの「Exos Mozaic(エクソスモザイク)3+」を製品化した。
HAMRは、ディスク媒体をレーザー光で局所的に瞬間加熱し、媒体の磁化を熱ゆらぎでばらばらにして情報の記録を容易にすることで記録密度を高める技術である。
日本シーゲイト社長の新妻太氏は、「従来の垂直磁気記録(PMR)方式のHDDは、容量を2倍にするのに9年もかかった。しかも、ディスク1枚当たりの容量は2.4TBが限界だ。HAMRなら4年以内に2倍の高容量化を実現できる」と話す。
エネルギーアシスト記録では、競合の米ウェスタンデジタルが「エネルギーアシスト垂直磁気記録(ePMR)」、東芝デバイス&ストレージが「磁束制御型マイクロ波アシスト磁気記録(FC-MAMR)」という技術を採用した3.5インチHDD(従来型記録方式)で、それぞれ最大24TB、最大22TBの製品を出荷している。
ウェスタンデジタルが24TB品の出荷を発表したのは、23年11月のことだ。
シーゲイトはHAMRの実用化によって、容量競争で一歩リードした。同社において技術を統括する米シーゲート・リサーチ副社長のエド・ゲージ氏は、HAMRによる今後の記録密度の向上に自信を示す。
「25年にはディスク1枚当たり4TB、27〜28年には同5TBの製品を投入できるだろう」(同氏)。1台にディスク10枚を搭載した40TBや50TBの製品が、今後数年という近い将来に実現できる可能性があるというのだ。
HAMR対応HDDのスケルトンモデル。ヘッドから近赤外のレーザー光を、
超格子構造の鉄・白金系合金メディアに1ナノ秒照射して局所的に加熱する(写真:日経クロステック)
同じ占有面積なら容量を約2倍に
なぜHDDの記録密度の向上が重要なのか。HDD市場の「最後のとりで」とされるデータセンターなどに向けた「ニアラインストレージ」でその要求が強いためだ。
ニアラインとは、アクセスする頻度が比較的少ないデータを記録するための大容量ストレージ装置を指す。アクセスが高速なオンラインストレージと、磁気テープ装置などのオフラインストレージの中間にあるものとして「ニアライン」と呼ばれる。
昨今の生成AIブームによって、大規模なAIモデルの学習に必要なデータを保持するために、データセンターなどではストレージ容量の拡張が求められている。
米調査会社IDCによると、生成されるデータの増加率は年間20%以上で、27年に生成されるデータ量は291ゼタバイト(ZB、10億TB)に達するという。
しかし、現状ではそれを保存するストレージ容量が圧倒的に不足しており、大半のデータが捨てられている。
一方で、データセンターの建設には、一般に10億〜15億ドル(約1500億〜2250億円)もの費用がかかるとされており、事業者にとって投資コストを抑えることが課題になっている。
そうした中、シーゲイトは、高い記録密度のHDDの採用がデータセンター事業者に大きなメリットをもたらすと主張する。例えば、現状、データセンター向けのHDDは3.5インチで16TBが主流になっている。ディスク1枚当たりの容量は1.78TBである。
このHDDで総容量が100エクサバイト(EB、100万TB)のストレージを構築していた場合、それを今回の30TB品に置き換えると、同じ占有面積で187EBの容量を実現できる。つまり、「場所代」は同じまま容量を約2倍に高められる。
さらにデータセンター事業者を悩ましている消費電力の問題を改善できる。具体的には16TB品の1TB当たりの消費電力は0.59ワット(W)だが、HAMR対応の30TB品の場合は同0.35Wと約40%改善するという。
「(このモデルケースの場合)年間の電力コストは現在の6700万ドル(約100億円)に対して、2700万ドル(約40億円)削減できる」(新妻氏)としている。
一時変調も28年に1億台超えか
市場調査会社のテクノ・システム・リサーチ(TSR、東京・千代田)によれば、HDDの世界出荷台数は、ピークだった10年の6億5000万台から右肩下がりで、23年は約5分の1の1億2230万台まで減っている。
「(フラッシュメモリーをベースにした)SSD(ソリッド・ステート・ドライブ)にほぼ駆逐されてしまった」(同社アシスタントディレクターの楠本一博氏)
かつてHDDの主戦場だったパソコン(PC)向けは、今やノートPCの搭載率が5.6%、デスクトップPCでも12%まで落ちている。
「SSDはHDDと比べてデータ転送速度が圧倒的で、ギガバイト(GB)単価の差が2倍を切ってくると置き換わる。パフォーマンスが要求されるサーバー用ストレージでも、既にSSDに置き換わってしまった」(楠本氏)
一方で大容量、そして容量当たりの単価が安いことが重視されるニアラインはSSDがまだ手を出せない領域だ。
例えば、ニアライン向けHDDの1GB当たりの単価は、23年に0.013ドル(約1.95円)であるのに対して、SSDで最も容量が大きいサーバー向けのそれは0.123ドル(約18.45円)とまだ約9.5倍の開きがある。SSDのGB単価はここ5年で半分以下になったとはいえ、ニアライン市場ではまだ門前払いだ。
もっとも、ニアライン向けHDDの市場が順調かといえば、ここ数年は変調を来していた。同市場は21年までは成長し、特に21年は新型コロナウイルス感染症が引き起こした巣ごもり需要によるデータセンターの新設・増設ラッシュで、過去最高の7352万台の出荷を記録した。
ニアライン向けHDD市場と平均容量の推移と予測(出所:テクノ・システム・リサーチの調査データを基に
日経クロステックが作成)
ところが、22年にその反動がやってきた。「22年前半までは出荷が好調だった。しかし、同年後半から在庫が目立ってきた。その在庫調整が23年末までかかった」(楠本氏)。
22年の出荷台数は6152万台だったが、23年はそれが3940万台まで落ち込んでしまった。
23年は生成AIブームが到来し、回復は早いと思われたが、HDD業界関係者にとって想定外のことも起きた。
「データセンター事業者の投資がAIの学習に利用するGPU(画像処理半導体)に回り、HDDは後回しになったことで、2番底がやってきた」(楠本氏)
しかし、TSRは24年からは再成長モードに移行すると見ている。IDCが27年には生成されるデータ量が世界全体で291ZBに達すると予測するように、生成AIの普及に伴い、ストレージの需要は高まるばかりだからだ。
TSRはニアライン向けHDDの市場について、24年の5000万台から28年には2倍以上の1億900万台まで成長すると予測する。
この間にHDDの容量増加のペースは年平均で約3TBと、それが停滞していた20年から23年の同1.4TBと比較して高まる。
これによって平均単価も上昇し、28年の総出荷金額は約232億2000万ドル(約3兆4800億円)と、23年の約78億7000万ドル(約1兆1800億円)に対して約3倍に成長すると見ている。
HAMRで一気に他社を引き離すか
では、市場調査の専門家はHAMR量産化のインパクトをどう見ているのか。楠本氏は「容量をジャンプアップさせる技術が本当に量産化されたことには大きな意義がある。
ただし、当社は24年の出荷台数を200万〜300万台と見ており、これはシーゲイト全体の出荷の10〜15%にとどまる。歩留まりに課題があり、量産は一筋縄ではいかないという観測もある。
長年の開発コストも価格に転嫁されるはずだ。顧客の立場からすれば、GB単価が本当に安いのでなければ導入する意味は薄い」と話す。
シーゲイトにとってHAMRの開発は「長く困難な道のり」(ゲージ氏)だった。最初にサンプル出荷をしたのは18年だが、熱安定性などの課題を克服するのに長い時間がかかった。
だから、「市場で強い存在感を発揮するようになるのは、まだ時間がかかる」(楠本氏)という見立てだ。
楠本氏によれば、競合他社も他のエネルギーアシスト記録技術によって容量を30TB近くにまで高めたHDDをそう遠くない時期に投入する計画もあり、今回の新製品で他社を大きく引き離したとは言い難いという。
今後の勝負所は40TBにありそうだ。この容量になると他のエネルギーアシスト記録技術では実現が難しく、「競合他社がそれぞれ開発を進めているHAMRで実用化にこぎつけることができるかがポイントになる」(楠本氏)。
ゲージ氏は「ディスク1枚当たり4TBのHAMR対応製品を25年に投入し始めるが、26年にはすべての新製品をそれに置き換える計画だ」と話す。つまり、シーゲイトは順調にいけば、今から2年後の26年に、3.5インチの40TB製品で攻勢をかけてくる可能性がある。
HDDの戦いのフィールドは、一般消費者には見えない「雲(クラウド)の向こう」に行ってしまったが、そこでは熱い技術開発競争がまだまだ繰り広げられているのである。
(日経クロステック/日経エレクトロニクス 内田泰)
[日経クロステック 2024年2月20日付の記事を再構成]
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日経記事2024.03.07より引用