
川崎市の住宅街に2月、13階建てのビルが完成した。60年以上にわたって中核研究所の役割を果たしてきた東芝小向事業所の、「イノベーション・パレット」だ。
スタートアップや外部の研究機関から人を集めて化学反応を起こす狙いがある。
大企業ならどこにでもありそうなオープンイノベーション施設。「今さら」の感があるが、最高技術責任者(CTO)の佐田豊によると「4度目の正直」だという。
構想が持ち上がった直後の2008年にリーマン・ショックが起き、その後も11年の東日本大震災が発生。
15年には不正会計で自ら墓穴を掘り、建設は見送りとなった。約15年越しで完成にこぎ着けた。

60年以上の歴史をもつ研究開発拠点に、オープンイノベーションの施設を新設した
(写真奥、撮影は2023年12月)
総合電機のワナ
なぜ、東芝はそこまでオープンイノベーションにこだわったのか。背景にあるのが、自前の技術にこだわりすぎるあまりにテクノロジーのパラダイムシフトに乗り遅れた過去の教訓だ。
数ミリほどの電子部品から巨大な発電所まで幅広い事業を抱える東芝は、日立製作所、三菱電機と並ぶ総合電機の雄と呼ばれてきた。
次世代のタネは社内のどこかの部門が持っている。それを持ち寄れば他社には負けないものがつくれるはずだ――。
だが広範な技術を持つがゆえに自前主義に陥り、イノベーションを生むことができなかった。「総合電機のワナ」とも言える事業は枚挙にいとまがない。象徴的なのが携帯電話だろう。
かつて携帯の開発に携わり、現在は佐田の直轄でグループ全体の技術戦略を練る森弘史も敗戦の責任を痛感する一人だ。
「東芝は閉じちゃっていました。エコシステム(経済圏)を自ら作るという考えが足りていなかった」。新しいイノベーション施設には、その失敗を取り戻そうという狙いがある。
iPhoneに勝てなかったレグザフォン
森が東芝に入社した01年は携帯が作れば作っただけ売れる時代だった。
1999年にNTTドコモがネットと電話を融合させた「iモード」という画期的なサービスを始め、日本のケータイは世界の先を行った。

技術企画部の森弘史氏は携帯電話の技術者だったが、
現在は全社の技術戦略を練る(2月、東京都港区)
その後の没落は振り返るまでもないだろう。07年に米アップルが「iPhone」を発売し、ケータイはスマホという小さなコンピューターへと進化した。アップルはアプリのエコシステムを築き上げていった。モバイルの価値がハードからソフトウエアへと移りゆく時代の流れを、東芝は見誤った。
その象徴が10年に発売した「レグザフォン」だ。東芝が持つテレビ、パソコン、携帯の技術を結集させたという触れ込みだったが、iPhoneに一蹴された。
その後に発売した「レグザタブレット」も同じ轍(てつ)を踏んだ。
かつて携帯を手掛ける日野工場(東京都日野市)で森の上司にあたり、アンテナ開発から携帯設計に携わってきた天野隆はこの頃、モバイル開発のトップだった。今になってこう振り返る。
「ソフトウエアの難しさはモノが見えないこと。(それまでに培った)知見が働かない。部下が言っていることが分からない。信頼できる部下が言うことを信用するしかなかった」
森や天野が世界の最先端を走っていると自負していたはずの携帯は、いつしか「ガラケー」と皮肉られるようになっていた。
絶海の孤島で独自の生態系が進化したガラパゴス島に、内向き志向のケータイ市場を重ね合わせた言葉だ。
レグザフォンを出した翌年、森は米西海岸のシリコンバレーにいた。グーグルなどテックジャイアントの門をたたいても、東芝はまるで相手にされない。
「国内だけで争っているうちに(世界での)競争に負けたということ。つらい日々でした」
イスラエルで見たヒント
敗北感を味わいながら米国を後にした森だが、20年から駐在したイスラエルで「モバイル敗戦」を乗り越えるヒントを得る。
未来の事業のタネを探ろうと数々のスタートアップを訪問した中でとりわけ感銘を受けたのが、量子コンピューター関連ソフトの会社だった。
「まだ(ハードの)量子計算機ができていないのにソフトで先回りしている」。森がその姿を重ねたのが、人工知能(AI)半導体で世界的な企業にのし上がった米エヌビディアだった。
まだ用途が限られていた画像処理半導体(GPU)の利用を広げる目的で、エンジニアに必要なソフトウエアの提供に力を入れた。もともとはゲームを柱としていたエヌビディアはAI時代にブレークした。
テクノロジーの世界を見渡せば、量子コンピューターのほかにもAIやIoTなど「ポスト・モバイル」のイノベーションの波が広がっている。
約40件の実証実験を通じて森が実感したのは、いずれもまだ東芝が持たない技術ということだった。ならば、今からでもスタートアップの知見を取り入れるべきだと考えたのだ。
一方の天野は東芝全体の技術戦略を練る部門に転じていた。
天野はイスラエルを奔走していた森を日本に呼び戻した。久々に席を並べた2人は東芝に足りないものを話し合った。
「東芝を外(の頭脳)に触れさせたいですね」
極秘の技術マップ
オープンイノベーションは学者のヘンリー・チェスブロウが03年に提唱し、アプリ・エコシステムが急拡大したモバイル時代に盛んに取り入れられた概念だ。

技術企画部バイスプレジデントの天野隆氏はアンテナ部門から携帯開発に携わってきた(3月、川崎市)
東芝は自前の開発にこだわって失敗した。天野や森のような元携帯エンジニアはそれを痛感しているからこそ、周回遅れでもオープンイノベーションに挑んでスタートアップの知見を取り入れようとしている。
天野と森のチームがひそかにつくる技術マップがある。いわゆる「テクノロジーレーダー」だ。
技術領域ごとに同心円を描き、中心から外れるほど技術の成熟度が低いことを示す。ここに必要な技術を持つスタートアップや研究機関の名称を書き入れていく。
そこに記されているのは、東芝が欲しい技術を持つ未来のパートナー候補だ。すでに二酸化炭素(CO2)の分離・回収装置の技術など複数の項目でマップ作りが進んでおり、森は「すべての事業に広げたい」と話す。
モバイル敗戦を教訓に、東芝は「ひらかれた会社」に脱皮できるか。
今のところイノベーション・パレットの真新しい建物には、一見して東芝社員ではないと分かるラフな格好の若者は見当たらない。東芝が変わるには、このビルを単なるハコモノに終わらせないことが条件だ。
=敬称略
(大西綾、杉本貴司)
東芝再出発 デジタル敗戦の向こうへ
④東芝、ダイナブックの父からの宿題 危機こそ自己破壊を(4月11日公開予定)
日経記事2024.04.10より引用
<picture class="picture_p166dhyf"><source srcset="https://article-image-ix.nikkei.com/https%3A%2F%2Fimgix-proxy.n8s.jp%2FDSXZQO4669680003042024000000-1.jpg?ixlib=js-3.8.0&w=431&h=269&auto=format%2Ccompress&fit=crop&bg=FFFFFF&s=7a7cf1cf7caec9d2e5a441c37b85032d 1x, https://article-image-ix.nikkei.com/https%3A%2F%2Fimgix-proxy.n8s.jp%2FDSXZQO4669680003042024000000-1.jpg?ixlib=js-3.8.0&w=862&h=538&auto=format%2Ccompress&fit=crop&bg=FFFFFF&s=229249e90c52891bb78e2b4a83067ed2 2x" media="(min-width: 1232px)" /><source srcset="https://article-image-ix.nikkei.com/https%3A%2F%2Fimgix-proxy.n8s.jp%2FDSXZQO4669680003042024000000-1.jpg?ixlib=js-3.8.0&w=431&h=269&auto=format%2Ccompress&fit=crop&bg=FFFFFF&s=7a7cf1cf7caec9d2e5a441c37b85032d 1x, https://article-image-ix.nikkei.com/https%3A%2F%2Fimgix-proxy.n8s.jp%2FDSXZQO4669680003042024000000-1.jpg?ixlib=js-3.8.0&w=862&h=538&auto=format%2Ccompress&fit=crop&bg=FFFFFF&s=229249e90c52891bb78e2b4a83067ed2 2x" media="(min-width: 992px)" /><source srcset="https://article-image-ix.nikkei.com/https%3A%2F%2Fimgix-proxy.n8s.jp%2FDSXZQO4669680003042024000000-1.jpg?ixlib=js-3.8.0&w=431&h=269&auto=format%2Ccompress&fit=crop&bg=FFFFFF&s=7a7cf1cf7caec9d2e5a441c37b85032d 1x, https://article-image-ix.nikkei.com/https%3A%2F%2Fimgix-proxy.n8s.jp%2FDSXZQO4669680003042024000000-1.jpg?ixlib=js-3.8.0&w=862&h=538&auto=format%2Ccompress&fit=crop&bg=FFFFFF&s=229249e90c52891bb78e2b4a83067ed2 2x" media="(min-width: 752px)" /><source srcset="https://article-image-ix.nikkei.com/https%3A%2F%2Fimgix-proxy.n8s.jp%2FDSXZQO4669680003042024000000-1.jpg?ixlib=js-3.8.0&w=431&h=269&auto=format%2Ccompress&fit=crop&bg=FFFFFF&s=7a7cf1cf7caec9d2e5a441c37b85032d 1x, https://article-image-ix.nikkei.com/https%3A%2F%2Fimgix-proxy.n8s.jp%2FDSXZQO4669680003042024000000-1.jpg?ixlib=js-3.8.0&w=862&h=538&auto=format%2Ccompress&fit=crop&bg=FFFFFF&s=229249e90c52891bb78e2b4a83067ed2 2x" media="(min-width: 316px)" /><source srcset="https://article-image-ix.nikkei.com/https%3A%2F%2Fimgix-proxy.n8s.jp%2FDSXZQO4669680003042024000000-1.jpg?ixlib=js-3.8.0&w=431&h=269&auto=format%2Ccompress&fit=crop&bg=FFFFFF&s=7a7cf1cf7caec9d2e5a441c37b85032d 1x, https://article-image-ix.nikkei.com/https%3A%2F%2Fimgix-proxy.n8s.jp%2FDSXZQO4669680003042024000000-1.jpg?ixlib=js-3.8.0&w=862&h=538&auto=format%2Ccompress&fit=crop&bg=FFFFFF&s=229249e90c52891bb78e2b4a83067ed2 2x" media="(min-width: 0px)" /></picture>