半導体材料大手JSRは17日、政府系ファンドの産業革新投資機構(JIC)によるTOB(株式公開買い付け)が16日に成立したと発表した。
今後、上場を廃止した上で半導体材料の業界再編で主導権を狙う。
半導体メーカーの技術開発はスピード勝負で規模の拡大が不可欠だが、業界には慎重論も根強い。国の資金も投じた「1兆円買収」の意義が問われる。
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JICは3月19日〜4月16日の期間、1株4350円でTOBを実施。買い付け予定数の下限は全体の約7割に当たる約1億3850万株で、約84%、約1億7527万株の応募があった。
23日から決済を始める。純有利子負債を含んだ買収総額は1兆円規模に達する。今後、手続きを経て上場廃止になる見通し。
先端素材開発にM&A不可欠
韓国の半導体大手、SKハイニックスの技術開発拠点。
SKの技術者と議論していたのはJSRの米子会社、インプリアの技術者たちだ。SKとインプリアは最先端の半導体の製造に欠かせない極端紫外線(EUV)露光装置に対応した次世代材料を共同開発している。
インプリアは、このように世界中の半導体メーカーやベルギーの半導体研究機関imec(アイメック)に技術者を送り込み顧客と膝をつき合わせて最適な材料の探索に取り組んでいる。
JSRは半導体の回路を描くのに使うフォトレジストという樹脂素材で世界シェア首位を誇る。ただ、フォトレジストの市場規模は3000億円超。決して大きくない市場の9割をJSRや信越化学工業など5社で分け合っている。
一方、顧客の半導体メーカーは巨額の研究開発費を投じて回路の微細化にまい進する。回路の微細化が進むほど適した材料を発見するのは難しくなる。不純物の管理も厳しくなる。
こうした半導体メーカーからの要望に応えるために21年に買収したのがインプリア。
これまでJSRが手掛けてきた材料とは異なり金属を含んだ次世代のレジストを専門に開発する。「我が社にとっては冒険だった」。JSRの木村徹上席執行役員は振り返る。半導体メーカーの開発スピードについていくためにはM&A(合併・買収)を通じた技術獲得や、開発投資をまかなうだけの事業規模拡大が欠かせないと考える。
M&Aの対象は同業他社以外もありうる。フォトレジストの原料を生産する川上メーカーや別の製造工程で使う材料なども想定している。
木村上席執行役員は「新しい処理技術や分析技術などのノウハウを手に入れることで、原料メーカーとの結びつきを強くする形もありえる」と話す。
再編論には賛否分かれる
再編を主張するJSRに対して、半導体材料業界では反応が真っ二つに分かれる。
「JSRが出口を探すとき何かの形で関与したい」。複数の半導体材料で高いシェアを持つレゾナック・ホールディングスの高橋秀仁社長も再編論者の一人。既に、富士フイルムホールディングス(HD)や独化学大手のメルクが半導体材料メーカーを買収するなど業界再編の動きは出始めている。
一方、フォトレジスト市場のライバル、東京応化工業の種市順昭社長は「フォトレジストの再編を言っているなら、独り言で終わってほしい」と懸念を示す。ライバルが競い合う今の環境がイノベーションの源泉とみているからだ。
原料を手掛ける川上メーカーの首脳からも「特定のメーカーにしか出荷できなくなるのはリスク。顧客ごとに歩んできた道のりは別だ」との声があがる。もしJSRに買われ他の企業に供給しにくくなれば、コスト増につながる可能性もある。
半導体の国際地位向上に期待
業界では再編に否定的な見方もあるなか、重要になるのがJICの存在だ。JICはシェアが高いながらも事業規模で海外企業に見劣りするJSRの再編が、日本の産業の国際地位向上につながると判断している。
「JICの目的は再編を通じて日本の産業競争力を高めること。JSRの買収はそのミッションに合致した」(JIC幹部)。JSRは政府系ファンドの後ろ盾を得ることで、再編が進みやすくなるのではと期待する。
日本の半導体材料業界は個性豊かな技術を持つ企業が切磋琢磨(せっさたくま)し、多くの製品で高いシェアを誇る今の地位を確立してきた。各企業が「独自に顧客との関係を築いてきた一国一城の主」(化学大手幹部)。
JICが1兆円もの巨費を投じてJSRの買収に踏み切ったのは、日本の半導体材料の世界的な競争力を維持するため。
ただ、ある半導体材料メーカーの首脳からは「1兆円あるなら台湾積体電路製造(TSMC)の先端品を呼び込んだ方が恩恵が大きいのでは」と突き放す声も聞かれる
。一部の冷ややかな見方を覆すには、業界再編を主導する強い意志がJICとJSR双方に求められる。
(藤生貴子、長尾里穂)
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日経記事2024.04.17より引用