都内でインタビューに応じる経済学者のジャック・アタリ氏
ロシアのウクライナ侵略に続き、中東での戦火が拡大し、国際的な緊張が高まっている。
フランスの経済学者ジャック・アタリ氏は都内で日本経済新聞のインタビューに応じ、「世界大戦が起こり得る瞬間に近づいている」と語った。
独裁体制と民主主義体制の対立、米国の内向き志向に警鐘を鳴らした。
3つの引き金
第3次大戦を引き起こしかねない要因として、アタリ氏は「以前から少なくとも3つのトリガー(引き金)のメカニズムがあると指摘していた。
ロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナ、中国と台湾だ。2つはすでに始まっている」と述べた。
そのうえで「これらの地域には同じメカニズムが働いている。
非常に近接した地域に独裁体制と民主主義体制、または民主主義への移行を進める体制があることだ。
独裁体制からみれば、ごく近隣の国や地域の民主化は自国民にとって危険な発想をもたらす存在となる」と説いた。
ロシアがウクライナの侵略に踏み切ったのも「(民主化を志向する)体制に圧力をかけ、世論を破壊するための行動だ」と語った。
これらの紛争が他国を巻き込んだ第3次大戦に発展する可能性はあるのか。
「それぞれの戦闘や対立は欧州・中東・アジアと今のところ独立している。だが、これらが独裁体制と民主主義体制によるグローバルな軍事行動、つまり第3次大戦に拡大する恐れはある」と強調した。
これを回避できる策は「市民が冷静になるか、独裁体制が破綻するか、民主主義体制が崩壊するかのいずれかだ」とした。
イランはイスラエルへの直接攻撃に踏み切った(革命防衛隊の攻撃を支持する
イラン市民、テヘラン)=ロイター
イランによるイスラエルへの直接攻撃については「今後、何が起きるのかは見通しにくいが、イランが代理人を使わずにイスラエルを直接攻撃したことに注目すべきだ」と述べた。
1979年のイラン・イスラム共和国の樹立以来、イランは武装勢力のフーシ派やヒズボラ、ハマスなどを通じてイスラエルを攻撃してきた。
「イラン経済は非常に脆弱だ。物価上昇率は高く、失業が広がり、政府への不満は高まっている。直接攻撃はむしろイランの独裁体制が弱っていることを裏付けている」と分析した。
日本も国際的な緊張と無縁ではいられない。
「北朝鮮の核開発を深刻に受け止めず、放置したのは米国と中国とロシアの失敗だ。北朝鮮を止めるのはもう遅すぎる。
また、米国と日本、韓国が支えなければ、ウクライナと同様に、台湾の民主主義体制も崩壊する可能性がある。日本が巻き込まれるのは確かだろう」との認識を示した。
日本と欧州の「危険な賭け」
さらに「日本が置かれている状況は欧州と全く同じだ。
自分たちの未来を米国の支援に賭けるのかどうかが問われている。トランプ氏が再び米大統領になるというケースに限らず、米国は(同盟国が攻撃を受けても)動かないかもしれないし、行動には時間がかかるだろう。
あまりに危険な賭けだと私は思う」と語った。
米国は孤立主義を深める可能性がある(大統領選挙運動に臨むトランプ氏、ペンシルベニア)=ロイター
世界の覇権を争う米中の動向についても聞いてみた。
「米国は環境や民族、イデオロギー、文化で分裂のリスクを抱え、ますます内向き志向になっている。
私の感覚では(11月の米大統領選挙で)トランプ氏が勝っても、バイデン氏が勝っても、トレンドに変わりはない。米国人はより孤立主義者(isolationist)になっていくだろう」との考えを示した。
軍事力を拡大する中国も「ナンバーワンにはなれない。経済成長力は低下するだろうし、人口の高齢化に直面するからだ。中国はその国名が示すように自分が中心になることにこだわっている。
地域的なパワーとしての『帝国』に関心があり、普遍性はない。
中国の価値観を米国や南米、欧州に輸出できるとは誰も思わないだろう」と指摘した。そのうえで「歴史を振り返れば、独裁体制は最終的に破綻することがわかる。
中国もロシアもその例外ではない」と語った。
アタリ氏は著書「世界の取扱説明書」の中で、超紛争・気候変動・人工化(artificialization)を致命的な脅威ととらえた。
しかし、人工知能(AI)については「知性とは思っていない。過去にわれわれが知り得たことを自動収集するツールであり、われわれが知らない未来を教えてくれるわけではない。
むしろ深刻な脅威は遺伝子操作やクローンなどの人工化だ。人間が人工化されてしまえば、人類の消滅だ」と言及した。
気候変動の脅威は高まっている(インド南部アンドラ・プラデーシュ州)=AP
気候変動対策には強い危機感を示した。温暖化ガスの排出量を減らす「緩和」ではなく、気候変動の影響を軽減する「適応」に議論が集中していることを批判した。
「適応は気候変動への降伏を意味する。緩和は不可能ではないし、今日を生きるわれわれはまだ生まれていない人たちの人生に責任を果たす必要がある」と強調した。
50%超が「死の経済」
世界の様々な脅威にどう対処すればいいのだろうか。「ゼロ成長を選択することなく、破滅を避けるには化石燃料や化学物質、人工甘味料、薬物などの利用を見直す必要がある。
これら『死の経済』は世界の国内総生産(GDP)の50%以上を占めており、次世代にも禍根を残す。再生可能なエネルギー、持続性のあるクリーンフードなどに代表される『命の経済』にシフトすべきだ。インセンティブを与える国際的な規制や税制が有効になるだろう」と訴えた。
世界的な不平等の拡大についても懸念を抱いている。「市場経済が広がるにつれて不平等が世界全体で拡大しており、これを是正するのは容易ではないだろう」との考えを示した。
そのうえで「負の影響が大きいのは富の不平等より機会の不平等だ。教育や医療といったベーシックサービスに誰もが平等にアクセスできるシステムを整えていかなければならない」と強調した。
ジャック・アタリ氏(Jacques Attali)フランス国立行政学院卒、経済学者。1981〜91年にミッテラン大統領の特別顧問、91〜93年に欧州復興開発銀行(EBRD)初代総裁。旧ソ連の崩壊や2016年の米大統領選でトランプ氏の勝利を予測したことで知られる。著書に「命の経済」「世界の取扱説明書」など。