ドイツは再生可能エネルギーの導入を急ぐ=AP
欧州で脱炭素計画の「調整」が起きている。欧州委員会が2月に欧州議会などに提示した、2040年に1990年比で温暖化ガス排出を90%減らす目標は、日本で驚きをもって受け止められた。
しかし、これは欧州気候法に基づく組織「気候変動に関する欧州科学諮問委員会」が求めた「90〜95%減」の下限にすぎない。
欧州委の案では農業分野におけるメタンガスの排出削減目標の設定も見送った。一方、域内に慎重意見も多い原子力発電について、小型炉の開発を急ぐ方針を鮮明にした。
欧州連合(EU)では欧州議会選挙を6月に控える。脱炭素がエネルギーや食料価格の高騰、雇用の不安定化など人々の生活に悪影響を及ぼすとの懸念が広がれば、極右の勢力拡大も招きかねない。
このため、温暖化ガス削減の目標や手段を理想一辺倒ではなく、ある程度柔軟に設定している。現実路線を模索した結果とも言える。
駐日EU代表部のジャンエリック・パケ大使は「(排出の大幅削減は)困難を伴う政策であり、議論が巻き起こるのは当然だ」と指摘する。
最初に思い切って高い目標を示し、幅広く議論しつつ具体的な実行計画を詰めていくのはEUにおける政策遂行の定石でもある。
ただし、その過程で温暖化ガス削減の国際枠組み「パリ協定」に沿った長期的な削減目標はぶれない。官民あげての脱炭素ビジネスの拡大や技術開発も活発で、脱炭素機運がしぼんでいくとみるのは早計だ。むしろ、今後の加速も想定して欧州勢との付き合い方を考えた方がよい。
排出削減、1000超の道筋検討
2040年の削減目標は、あてずっぽうに出てきたわけではない。ポツダム気候影響研究所の所長でもある欧州科学諮問委員会のオットマー・エデンホーファー委員は「科学に基づき1000を超える道筋を評価した結果、パリ協定の目標に合致し、公正さと実現性を両立できる数値として90〜95%減に行き着いた」と説明する。
50年に温暖化ガス排出を実質ゼロにするには他の道筋はなく、意義は広く共有されているという。
パケ大使は欧州議会選までにいろいろな意見が出ようとも、「進むべき道筋、方向性を変えようということにはならない」と釘を刺す。
政府、産業界のいずれにとっても脱炭素化への道は「負担ではなく、むしろ経済成長、産業競争力向上、雇用拡大の好機になる」と強調する。
それを裏付けるように、2月下旬に東京ビッグサイト(東京・江東)で開いたエネルギー関連の展示会には欧州諸国から投資促進を担う官庁、エネルギー関連産業の関係者などが大挙して参加した。
化石燃料から再生可能エネルギーなどへの転換が遅れ気味の日本で、これから事業拡大のチャンスがあると考えたからだ。
再生エネ事業など、商機見いだす
20社近くが出展したオランダもその一つだ。
同国大使館のカロリーン・ヴァン・ティルバーグ上席商務官は「石油・ガス採掘で経験を積んだ企業が洋上風力発電事業に乗り出し、日本でも開発プロジェクトを担おうとしている」と胸を張る。
東京ビッグサイトで開いた展示会には欧州勢が多数参加した(2月28日、オランダのブース)
2023年の2倍の出展スペースを確保したドイツは、ヒートポンプや水素エネルギー関連の出展が目立った。
ドイツ貿易・投資振興機関の幹部は「(ロシアのウクライナ侵略に端を発した)エネルギー危機の解決に時間がかかり、エネルギー転換は容易ではない」としつつも、化石燃料からの脱却は着実に進むとみる。
日本が石炭火力発電への依存を続けることへの批判は根強い。水素やアンモニア混焼による脱炭素には冷ややかな視線も注がれる一方で、欧州のエネルギー転換プロジェクトには日本企業も加わってほしいと、多くの関係者が口をそろえる。
脱炭素のハードルが特に高いとみられるのが農業だ。なかでも牛のゲップなどに多く含まれ、強い温暖化効果をもつメタンガスの削減は容易ではない。
途中段階で一部報道された欧州委の目標原案には、メタンを30年までに15年比で40%減らすと記載してあったという。
EUは米国とともに、21年の第26回気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)で、30年までにメタンの排出を20年に比べ30%減らすとする「グローバル・メタン・プレッジ」を提唱し、155カ国以上が賛同している。
欧州委が打ち出そうとしたメタンの削減目標は、これを踏まえたものだ。しかし農畜産大国フランスなどは農家の政治的な影響力が非常に大きい。
重い負担をもたらしかねない脱炭素政策に反対する大規模なデモも起き、最終案でメタンの削減目標は消えた。
それでも、エデンホーファー氏は「将来の農業や食料問題をめぐり対話が始まったのはよいことだ」と評価する。
排出したメタンなどの温暖化ガスに価格付けし、生産コストや製品価格に反映させる仕組みを導入する案も出ている。農地による温暖化ガスの吸収効果をどう評価するかについても、あわせて検討が進む。
米国の世界資源研究所(WRI)は、メタン削減策がEUの次期共通農業政策(28〜32年)にどう盛り込まれるかが重要だとみる。
具体策はそれまでに、ある程度時間をかけて検討することになりそうだ。メタンを出しにくい飼料、水田管理法など、日本の技術やノウハウが注目される可能性もある。
原子力重視、日本の技術に期待も
もう一つ、欧州の脱炭素政策で鮮明になってきたのが原子力発電を重視する流れだ。「ここまで言うとは」。
国際原子力機関(IAEA)とベルギー政府が3月、ブリュッセルで各国の首脳級を集めて開いた原子力エネルギー・サミットでフォンデアライエン欧州委員長が語った内容に、原発を推進する英国の政府関係者は驚きを覚えた。
原子力エネルギー・サミットにのぞんだIAEAのグロッシ事務局長(右)ら(3月21日、ブリュッセル)=ロイター
フォンデアライエン氏は「原子力技術はクリーンエネルギーへの移行で重要な役割を果たす」として、積極投資や運転期間の延長、小型モジュール炉(SMR)の開発を促した。
安全性確保が前提だとし、建設計画の遅れや膨れあがるコストの問題にも言及はしたが、原発の活用支持へこれまでよりも大きく踏み込んだのは確かだ。
欧州には原発の全廃に踏み切ったドイツなど、原子力の利用に慎重な国もある。しかし、気候変動対策の緊急性からEU全体としては現実的な選択と考えざるを得なくなった。
原子炉本体や周辺機器で高い技術力をもち、サプライチェーンもある程度維持してきた日本との協力に対する期待は高い。
日本の産業界や政府の一部には、EUの脱炭素計画に対し「どうせ難航するだろう」という冷ややかな見方もある。
軌道修正の動きには「それ見たことか」という声も出る。しかし、多少の混乱はあっても時間をかけて議論し、成長分野への投資を促しながら、ぶれずに前へ進む姿勢は見習うべき点も多い。
EUが長期的に向かう先を見誤ることなく、日欧双方に恩恵をもたらす上手な連携を探ることが大切だ。
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日経記事2024.04.24より引用