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おびえる巨人イスラエル 「消される恐怖」で戦火に油   本社コメンテーター 秋田浩之

2024-12-13 16:06:27 | 中東情勢・基礎知識・歴史・問題・真実


イスラエルのネタニヤフ首相㊧=ロイターと、ハマスが急襲したキブツ(集団農場)に掲げられた人質の写真

 

中東から逃げることはできない。逃げても、中東が追いかけてくる――。同地域に詳しい識者は皮肉を込めて、こう話す。

主要国が足抜けすれば、中東はさらに混乱し、結局、深入りせざるを得なくなるという意味だ。

 

 

軍事強国の深層心理とは

現地はまさに、そんな情勢にある。「世界の火薬庫」である中東が爆発すれば、世界が大揺れになる。最大の変数の一つが軍事強国、イスラエルの出方だ。

イスラエル軍は隣国シリアとの緩衝地帯を越えて、シリア領内で活動を始めたもようだ。イスラエルメディアによると、崩壊したアサド政権が残した軍施設などを標的に、320以上の「戦略的目標」を攻撃した。

 

昨年10月7日、イスラム組織ハマスのテロ攻撃に襲われて以来、イスラエルはハマス壊滅をかかげ、パレスチナ自治区ガザに猛攻撃を浴びせてきた。

民間人を含めたガザの死者は、4万人超にのぼる。戦争犯罪と人道への罪の疑いで、同国のネタニヤフ首相らは国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状も出された。

 

9月以降、イスラエルはイスラム教シーア派の民兵組織にも攻勢を強め、多くのヒズボラ幹部を殺し、レバノン南部に侵攻した。両者は11月下旬に停戦で合意したが、暴力が止まる兆しはない。

イスラエルはなぜ、ここまで激しく反応するのか。その是非を問うとともに、深層心理を読み解くことが、中東分析のカギをにぎる。そんな問題意識から11月17〜20日、同国を訪れた。

 

 

テロ攻撃が呼び覚ました自存自衛

現地で人々と話して感じたのは強国の自信ではなく、深いおびえの心理がイスラエルをせき立てていることだ。

ヒズボラやハマスの軍事力をつぶさなければ、国家が消されかねない。そんな切迫感を、少なからぬ政府や軍関係者、市民が口にする。

 

 

この心理は、苦難の歴史に根差している。1948年の建国以来、イスラエルはアラブ諸国との4回の戦争に勝ち、国家を存続させてきた。

イランは「イスラエルを消滅させる」と公言し、ヒズボラやハマスを支援する。

 

第2次世界大戦中、ユダヤ人は大量虐殺(ホロコースト)にもさらされた。こうしたおびえと自存自衛の意識を、ハマスのテロ攻撃が激しく呼び覚ました。

2001年9月、米同時テロを受けた米国民の感情に似ている。3千人超を殺され、米国は恐怖と怒りに包まれた。報復として主犯組織が潜むアフガニスタンを攻撃し、テロ支援国家に指定したイラクにも03年に侵攻した。

 

ハマスのテロによるイスラエルの死者はおよそ1200人、連れ去られた人質も約250人にのぼる。

イスラエルの人口は1千万人足らずであり、単純に計算すれば、死者数は米国の人口に置き換えると約4万人に当たる。

 

 

全面戦争に備える現場

実際、ハマスの急襲を受けた現場を訪ねると、凄惨な傷あとが残っていた。ガザから約5キロメートルにあるキブツ(集団農場)、ベエリでは壊され、焦げた家が連なる。

室内にがれきや寝具、服が散乱し、急襲のすさまじさを物語る。同農場によると、テロ当時、住民約1300人のうち102人が殺され、約40人が人質となった。各戸には連れ去られた家族の写真が並び、ガザからはイスラエル軍の砲声が時折響いてきた。

 

 

ヒズボラの拠点に近いイスラエル北部を訪れると、さらに戦時の空気が濃くなる。ヒズボラは非政府では世界最強の軍事組織とされ、多くのミサイルやロケット砲を持つ。

イスラエルは、低中高層にまたがる3つのミサイル防衛体制を敷く。大半のミサイルやロケット砲を迎撃しているが、万能ではない。北部では住民約6万人が自宅を退き、避難を強いられる。

筆者の滞在中にも、ヒズボラからイスラエル北部に約100発超のロケット砲が、中央部にもミサイル1発が放たれ、騒然とした。地元メディアによると、1人が死亡、数十人が負傷した。

同国北部ハイファの医療を支えるランバン病院では、全面戦争にそなえて、約2千人を収容できる地下病棟を設けた。

 

病院幹部によると、小型核の攻撃にも耐えられる。9月以降、いったん数百人の患者がそこに避難した。

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ランバン病院の地下病棟(イスラエル・ハイファ)

 

 

 

「安住の地」には根本から打開を

いつも戦時の緊張に覆われるイスラエルでは「敵に殺される前に、やっつけるしかない」(同国安保専門家)という行動原理に傾きがちだ。

では、どこまでハマスやヒズボラの戦力を奪えば、ひとまず安全を回復したと感じ、攻撃をやめられるのだろうか。

 

イスラエルの軍事目標が現在、どれくらい達成されたのか、外務省高官にたずねてみた。返ってきたのは、次のような分析だ。

「ガザでは80%、(ヒズボラがいる)北部では60〜70%だ」

 

ただ、これらの数値が仮に100%になっても、イスラエルが安心することはないだろう。イランは核開発の疑惑を引きずり、シリア情勢も混とんとしている。

戦争状態が一区切りつけば、イスラエルのネタニヤフ首相はテロを防げなかった責任を厳しく追及される。このためハマスとの本格交渉に応じず、戦争を長引かせているとの批判もある。

 

18歳以上の大半の国民が兵役の義務を負うイスラエル。中東で無敵の戦力をもつことを改めて証明したが、武器だけで「安住の地」を確立するのは難しい。

本物の平穏を手に入れたいなら、根本の火種であるパレスチナ問題の打開にも取り組まなければならない。

 

 

 
 
 
 
 

※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。

 

 

 

鈴木一人のアバター
鈴木一人
東京大学 公共政策大学院 教授
 
分析・考察

イスラエルは「被害者国家」だというのは以前から言ってきたことだが、まさに秋田さんがおっしゃっているように、自分の周りには常に脅威となる存在があり、それらをやらなければやられてしまう、と怯えている。

ゆえに今回のようにハマスが先にテロを仕掛けてきたことで、自衛権という「錦の御旗」を手にし、それを無限に拡大させて、ハマスやヒズボラの殲滅を目指す。

さすがにヒズボラの殲滅は難しいので停戦合意を結んだが、ハマスに関しては徹底的にやるだろう。

さらにヨルダン川西岸には脅威もないのに違法入植の拡大を進めている。イスラエルは利益よりも恐怖によって突き動かされている。

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秋田 浩之

長年、外交・安全保障を取材してきた。東京を拠点に北京とワシントンの駐在経験も。国際情勢の分析、論評コラムなどで2018年度ボーン・上田記念国際記者賞。

著書に「暗流 米中日外交三国志」「乱流 米中日安全保障三国志」。

 

 

日経記事2024.12.13より引用

 

 

 

 

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