開業当時の「インペリアル バイキング」と村上信夫氏㊧
好きなものを好きなだけ食べたい――。そんな顧客の願いをかなえるバイキングは、ホテルやレストランで定番の食事形式となっている。
高級ホテルの豪華料理から居酒屋で1000円台で楽しめるものまで広がった歴史をひもとくと、約65年前の帝国ホテルにたどり着いた。
ルーツは北欧
1957年、ニューヨークを訪れていた帝国ホテルの当時の社長・犬丸徹三氏は目を輝かせた。
目の前には、テーブルからあふれんばかりに並んだ魚料理や肉料理、酢漬けなど。自由に取って食べる北欧の伝統料理「スモーガスボード」だ。
ホテルの新館建設に合わせ、日本にはない新しいレストランを模索していた犬丸氏の目に、新鮮で魅力的に映った。
犬丸氏は早速、パリの名門ホテル「リッツ・パリ」で修業中の村上信夫氏(後の総料理長)に研究を命じた。
温かいフランス料理をコースで提供してきた帝国ホテルにとって、冷菜中心のスモーガスボードの導入は挑戦でもあった。
そして1958年8月、日本初のバイキング「インぺリアル バイキング」が開店した。
レストランの名称は、当時の海賊映画「ヴァイキング」から着想を得た。海賊が船上で豪快に食事を楽しむ姿が、イメージにピッタリだった。
開店当時の帝国ホテル「インペリアル バイキング」
メニューには「豚背肉の塩漬の水煮」や「鰻のジエリー巻き」などの冷菜が多く並んだ。
価格は昼1200円、夜1500円と現在の貨幣価値に換算するとそれぞれ約7000円と約9000円に相当。当時の宿泊料金と同額の価格設定でも行列が絶えなかった。
「帝国ホテルは日本初のサービスを生み出してきた。挑戦する姿勢が当時からあった」と同ホテルアシスタントマネジャーの平井優希氏。
現在ではフランス料理や日本料理、中国料理もラインアップに加わる。
バイキングと似た形式に、フランス発祥と言われるビュッフェがある。登場した時期については定かではないが、料理を自由に取り分けて食べる形式はバイキングと同じだ。
ただ、どれだけ食べても定額制のバイキングとは異なり、取り分けた料理の分だけ料金が加算される場合もある。現在の日本ではバイキングと同じく、食べ放題の意味で使われることが多いようだ。
特産品に限定
1980年代にはケーキバイキングなども登場したほか、現在では地方の特産品に限定した「変わり種」も登場している。
京都市の飲食店「阿古屋茶屋」はお茶漬けバイキングが名物だ。1800円で漬物20種とごはんが食べ放題。
同市の「柴常」は漬物バイキングを行っており、担当者は「漬物離れが進むなか、本当においしく添加物も少ない漬物を食べていただきたい思いで始めた」と語る。
兵庫県丹波篠山市の地域活性化センター「黒豆の館」(同)は、特産物の黒豆や地元の農産物をつかった田舎料理を並べ、「田舎バイキング」として提供。
販売している黒豆を求める他県からの観光客も多く、町おこしにも用いられている。
環境意識の向上から食品ロスを減らす取り組みも進む。
三井不動産ホテルマネジメント(東京・中央)は22年7月、コークッキング(東京・渋谷)のアプリ「TABETE(タベテ)」を用いた料理の再提供を始めた。
運営するホテルの朝食食べ放題で余った料理を弁当に詰めてアプリに掲載すると、利用者がホテルに買いに来るシステムだ。
保健所と相談した食材に限るなど、衛生面は厳しく管理している。三井不動産ホテルマネジメントサステナビリティ推進室の村田理史氏によると食料廃棄量は導入前と比べ約50%減ったといい、「予想を超える反響があり、出品して2分後には注文が入る」と話す。
すかいらーくホールディングス(HD)が運営するしゃぶしゃぶ食べ放題「しゃぶ葉」は、こまめに食材をとる「こまめどり」を呼びかける。
完食したテーブルを撮影して店員に見せると、次回から使えるクーポンを渡す取り組みもしている。使用枚数は24年4月から延べ34万券にのぼる。
和食開発グループの岡田智子氏は「好きなだけ食べられるのがメリットなので、厳しく取り締まる表現にならないようにしている」と語る。感謝の気持ちを伝えたり、柔らかな表現を心がけたりしてロス削減の賛同を呼びかける。
北欧料理から始まり、和洋中のほか、デザートや漬物までそろえるバイキング。誰もが心躍らせる自由さはそのままに、食材を無駄にしない配慮も広がっている。
(大倉悠美)