セラミックを生産する大分県の工場には自動生産ラインを備えている
トイレ最大手のTOTOが半導体向け事業を多角化する。半導体の複雑な加工に貢献するセラミックの利用が、製造装置の素材として広がっている。
TOTOは次世代品を開発して「後工程」に進出し、生産体制を増強する。新工場の建設も視野に入れる。半導体向けで磨いた技術を衛生陶器にも活用し、全社の成長の糧とする。
利益率40%の定着狙う
意外かもしれないが、TOTOと半導体との関わりは古い。
高機能セラミック(ファインセラミック)を開発し、同業界に参入したのは1980年代。長い間、利益が上がらなかったが、2020年代に入ってようやく花開き始めた。
セラミック事業部の営業利益は半導体市場が活性化した22年度に急拡大した。
24年度は200億円を見込む。同社の営業利益率は7%ほどで40%近いセラミック事業の収益性は群を抜く。26年度は250億円規模を狙い、事業安定に向けポートフォリオも拡大する。
現在、同社が半導体装置向けで主力とするのは「静電チャック」という機器。
半導体はシリコンウエハーの基板に微細な回路を書き込んで製造するが、製造装置に入るウエハーを固定しつつ、ウエハー温度を均一に制御するのがその役割だ。
真空状態となる製造装置の内部には、分子・原子から電子が離れて不安定になる状態の「プラズマ」が発生する。TOTOによると「雷の中に近い状態」という。
最先端のメモリー半導体では、チップ内で100層以上にも記憶素子を積み上げる「積層化」が進む。名古屋大学低温プラズマ科学研究センターの関根誠特任教授は「プロセス環境が過酷になるなか、静電チャックに求められる耐久性は高まっている」と指摘する。
「後工程」にも進出
TOTOはトランジスタを形成する「前工程」にとどまらず、チップを切り出し製品として完成させる「後工程」にも目を向けている。例えば、複数チップを1つにパッケージ化する工程だ。
半導体の性能を効果的に高めるためチップ同士を立体的に実装する技術では、土台の基板などに新たな工程が必要となる。TOTOセラミック事業企画部の亀島順次部長は「今後は後工程の装置でもセラミックを使う箇所が増える」と話す。
成長産業であるだけに、製品ごとにシェア争いは苛烈さを増している。
静電チャックでは半導体製造装置メーカーとの連携が深い新光電気工業のほか、米アプライドマテリアルズなど製造装置の巨艦とも競合する。
TOTOは競争力強化に向け、20年に約118億円を投じて大分県の中津工場に新棟を建設した。セラミック生産に携わる人員は24年4月時点で20年4月比2割増やし、更なる増員を計画する。
清田徳明社長は24年10月の決算説明会で「新工場も視野に入れている」と言及した。
酸化アルミニウムなどの混合素材を焼き固める高機能セラミックは硬質だが、ひびが入りやすい。TOTOはひび割れに強く、均質な素材をつくることができる。
トイレで蓄積した技術を転用
強みの一つは構成材料の配合だ。衛生陶器用のセラミックでは耐久性があり加工もしやすい素材を見いだしてきた。高機能セラミックでも酸化アルミニウムの純度を高めるなど強度に優れた素材の実証を重ねている。
配合比率は「外部に流出しないよう情報共有を最小限にしている」(亀島部長)という。
成形・焼成でも高い技術力を持つ。トイレでは石こう型を使って形状を固め、狙い通りに焼き上げることで流水路をつくっている。高い耐久性の実現には、焼きムラの抑制がカギとなる。
半導体産業に参入した80年代、日本の関連企業は最盛期を迎えていた。ただ、開拓に向けたハードルは高かった。
当初は構造部材を販売したが、売れ行きは伸びなかった。その後、静電チャックで手応えを得たものの、生産の歩留まりが上がらず供給が追いつかない事態が続いた。
伝統の「粘り強さ」発揮
原因を特定できたのは衛生陶器の知見によるものだった。トイレでは汚れの付着を防ぐため、便座の傷を超高精度の顕微鏡で分析し、可能な限り凹凸をなくした。
静電チャックも同様に調べたところ、化粧の粉などの異物が付着していた。当時の製造工程は手作業が多く、クリーンルームの水準も低かった。
低空飛行を続けたセラミック事業は「健全な赤字事業」とも呼ばれたが、苦境の克服は血肉となった。亀島部長は「半導体で培った技術を住宅設備事業など全社に還元していく」と語る。
目星を付けたことへの粘り強さはTOTOの伝統だ。大正時代に、欧米の衛生文化が日本にも広がると見込んで衛生陶器の開発に着手したが、世の中はついてこなかった。衛生陶器で生計が立てられない時期は、食器を焼いて売った。
「長い期間をかけ育てる事業と短期のポートフォリオは別次元。
TOTOらしさと技術優位性があって成長を見込めるものは長く続ける判断となる」(清田社長)。セラミック事業には住宅設備事業や中国事業の稼ぎを糧に成長投資を続けた。
最近は国内の住宅市場が縮小に向かい、中国経済も減速している。その一方で、AI(人工知能)の普及などで情報量が急増し、データセンターや端末の需要が伸びて、半導体産業への資金投下が加速している。
清田社長は「山谷の勾配の強弱はあっても、半導体がこの先も指数関数的に伸びるのは間違いない」と期待する。
優れた技術力をビジネスにどう生かすかは、多くの日本企業が持つ課題だ。
浮き沈みが激しい半導体事業でも幅広い顧客を引き付け、利益体質を築くことができるか。トイレ事業で証明してきた経営力の実践が問われている。
(伊藤陽萌)
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日経記事2025.1.30より引用