魔法が解けたそのあとで

結婚、出産、育児、介護、お仕事。来た球を打ち返す、毎日のつれづれをつづりました。

「鎌倉殿の13人」第9回 決戦前夜

2022-03-06 20:18:38 | 本・映画・テレビのこと

早鎌倉からの本鎌倉!「決戦前夜」です

ショック〜だったのが八重の旦那さん次郎が〜でも善児を足留し、八重の命を助けてくれました。

善児、怖い・・・本当に怖いですね、あの人。梶原善さん、お流石です

助けに来た土方歳三平六、カッコ良くないですか?義時、霞んでないですか?今回も、義時、中間管理職・・・

パッパ、頼朝に怒られちゃったりして「政子の父じゃなかったら」なんて言われちゃうけど「気にしてねえよ」と。今日もカッコいいです

そう、政子の顔芸でも八重を手元に置いて、どうするんだろう?

八重の真意は?私には「佐殿の前には出ない」と言いつつ、入り込んじゃえばどうにかなると思っているところがあるんじゃないかな〜と。

「この世で一番みすぼらしいのは何か知ってるか?しょげているじじいだ」の名言きました

じじい達がじゃれていたことが、平氏を脅かし、遁走させることになろうとは・・・パッパ、グッジョブ

だが兵糧がもたない、留守の間に所領に入り込むまれたなどで「兵士を追い払ったから京には上らなくて良いでしょ?」と解散したがる坂東武者たち。

平六に「お前は佐殿か、坂東武者か」と聞かれた義時は「坂東武者だ」と答えるが、「お前はいい顔しすぎ」と痛いところを突かれる

政子の膝で慄いていた佐殿は「平氏が背を向けた今、攻め上るのだ!」と勢い付くが「命を張るのは俺たちだ!」とパッパがはっきりと進言する。パッパ、かっこいい

義時は「わしと坂東だったらどっちを取る」と面と向かって亮殿に問われ、即答できない。「わしは一人じゃ」とこぼす頼朝の元に、

キター♪───O(≧∇≦)O────♪九郎義経(ピュア蛮族)

泣き出す九郎を訝しげに見ていた頼朝だったが

兄上のために、この命捧げます

キラッキラの笑顔で言う九郎。

このタイミング・・・三谷先生・・・

真の自分の味方はいないのだ・・・と孤独感に苛まれていたこのタイミングで、父の無念を共有できる弟が現れるとは。

涙を流して抱き合う源氏の兄弟。佐殿のマジ泣き、初めて見た・・・

さて、予告では八重に「ガンバ!」する義時が気になりますが、平六が八重に迫ってませんでしたか?でも、義時と平六より、八重は佐殿が良いのね?政子はそれで済むの?大丈夫なの?亀は?

それにしても、アマプラで「平家物語」観ていると、雅で優しい平家の皆さんが、蛮族源氏に滅ぼされちゃうの、納得しちゃいますね・・・。観てると切なくなってきます

 

 

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出産2日目にして号泣したこと。

2022-03-06 18:12:19 | 夫のこと

夜明けに出産してからずっと、夫が部屋にいた&電話で全く休めなかった1日目。

やっと電話が切れて、少し眠ったところ、部屋の中でゴソゴソと音がして、目が覚めた。

あさの6時。夫がいた

「ヒッ!」と思いましたよ。「起きているとまた面倒なことになる」と思った私は息を殺して寝たふりをしていました。

夫は私の様子を伺っていましたが、洗濯物が入った袋を持って、部屋から出て行きました・・・。

妖怪!産後休ませないじじい!

もうなんだか、私の中でぷっつり何かが切れてしまい、号泣しました。

3日前の夜中もお腹で赤ちゃんが活発に動いていて痛くてよく眠れなくて、次の日ももっと痛くて眠れなくて、1分間隔て一日中陣痛があって、そのあと夜通し苦しんで明け方にやっと産まれて、食事もほぼ固形物摂ってなくて、それから全然休めていない

泣きながら、東京にいた姉に電話しました。そしてどれだけ私が休めていないか、夫に電話して、病室に来ないように言ってくれ、と頼みました。

姉は夫に電話して、「入院しているということは、静養が必要だからしている状態であるし、リツコは妊娠高血圧症でもあり家族以外は面会謝絶の状態なのだから、しばらく病室には行かないで欲しい」と言ってくれたそうです。

姉の説明に、夫は了承したそうです。

でも、また昼に夫はやって来たのです、出生届を書けと言って。

私は再度号泣してしまいました。なんで分かってくれないんだろう?

姉はまた電話をして「私の言ったこと、聞いてますか?!」と姉にしては強い口調で伝えたそうです。(姉は他人に対して怒ることは滅多にない人で、姉を怒らせた人は今までいないくらいの人です)

そしたら夫はこう言ったそうです。

「お姉さん、僕のこと、嫌いなんですか?」

「・・・私の言ったこと、聞いてます?💢」

姉はその時、とても違和感を感じたそうです。この人、なんかおかしい人だって。

まあ姉の剣幕もあって、流石にその日はもう来ませんでした、夫。

やっとホッとしてゆっくり休めたのは、2日目の夕方でした

母は1日休んで、顔を出してくれました。

その際、「リツコの出産が終わって待合室の椅子で疲れて座っていたらあっちのご両親が来てお父さんが私を見て『見ろ、母ちゃんのびてら』って言われたんだよね。こっちはやっと出産のお手伝いが終わって精根尽き果ててたんだけどね」と言うのです。

義母に「リツコさん、孫をありがとうね〜!」と言われてモヤッとしたり(私はあなたの孫を産むために頑張ったんじゃないです)」、「痛いけど、可愛いから忘れちゃってまた産むのよね!」みたいなことを言われたり(今回丸2日苦しんだからもう出産は絶対無理と思ってる、死ぬかと思った)、入院中何度かお見舞いに来ても、飲み物一本差し入れてくれないのはなんでなん?と思ったり。

ここで義両親に対してマイナス感情が生まれた頃でもありましたね

さて、出生届ですが、夫が自分で書いて提出したそうです。出生届を出す際に一緒に申請すると、地元の新聞に赤ちゃんの名前が掲載されるのですが、私の退院後にそこから電話がかかってきて「ちょっと字が読めないんですが・・・」とのこと。

この「夫の字が読めない問題」は深刻で、仕事上ちょっとしたメモもパソコンからプリントアウトしていたようです。私は夫に字の練習をしてほしくて何度も教材を購入して頼んだのですが、三日坊主に終わりました。字が汚い、というか、力の入れ加減ができないんですよね。だから全てが「はらい」で構成されているというか。だから読めない。

今も夫は、あの字を書いているのでしょうか

3日に姉を送り、母を迎えに、父が車で東北からやってきてくれました。

でも父は母を連れて、早々に帰ってしまいました。家に泊まらせない、と言われたことで、温厚な父は遠慮したんでしょう。

マスクをして娘を抱っこしてくれた父。写真を撮って早々に帰ってしまった父。「もう帰っちゃうの?」と本当に悲しかった記憶があります。

初めて夫に怒鳴られたのが、妊娠中の悪阻で具合が悪くて寝ていたときの事。

モラハラ夫は逃げられないようになってから本性をあらわすと聞きますが、妊娠して、出産して動けなくなってから、夫のおかしなところは次々に出てくることになるのですね。

今、父も母も、もうこの世にはいません。

あの時、本当に助けてくれた母。その母の葬式にも来なかった夫。

そんな夫を大事にして、母を疎かにしてしまったその後悔は、ずっと私の中で残っています。

夫と離婚したから、父の介護が出来た。父には、恩返しが出来たと思います。離婚してよかった。本当に今はそう思います。

 

 

 

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出産した日にあったこと〜食べられなかったトロのお寿司

2022-03-06 17:06:11 | 夫のこと

続きます。

私の陣痛は2日目になって1分間隔が丸一日続きました

もう本当につらく、夫に腰をさすってもらっても要領を得ず、飲み物を飲ませるとか気も利かない。はっきり言って役に立たない。むしろ邪魔。

いつもケアしてもらうことが当たり前な人は、出産に付き添うなんて、どだい無理な話だったのです。

俄然役に立ってくれたのは、母。

痛みが和らぐようにマッサージをしてくれたり、温めてくれたり、口に入りやすいゼリーなどを買ってきてくれたり。

なぜかまた義両親が来ていましたが飲み物一本持ってこず、ただ見て帰って行きました。(何のために来ていたんだろう・・・)

「やっぱりお母さんじゃないとダメだ」

そう思いました。つらい朝昼が終わり、夜になり、誰かひとり、付き添うことになりました。

私は迷わず「お母さん、お願いします」と頼みました。夫はさっさと帰宅して行きました。

夜11時くらいになり母も疲れ果ててしまった様子で、それを見た助産師さんが、「そろそろ分娩室に移って、お母さんはここで寝てください」と言ってくれました。

日中買い物に走ったり、腰をさすり続けてくれたので、母もベッドでバタンキューという感じ。

それから長い夜が明ける頃、やっと産まれる、と母が夫に連絡してくれました。でも、夫は1時間もたってからやっと生まれる直前になってやってきました。

うちから歩いて10分もかからない病院なのに、夫はシャワーを浴びて髪を整えてやってきたそうです

丸2日苦しんで、眠れなくて、食事もろくにとれない状態でやっと出産が終わり、部屋に帰った私。

でも、そこに夫が付いてきたのです。ずっと椅子にただ座っている。

「お前の母ちゃんが電話するのが遅いから、急いで来て病院の入り口で滑って転んで胸を打った」と言うのです。

どうも雨が降ったらしく、そこで滑ってしまったらしいのですが、ずっと肋骨あたりが痛い、と私に訴えるんです。

こっちはやっと出産が済んで眠ろうとしているのに、そばでうーんうーんと唸っている。なら病院に行ったら?と言うと「行きたくない、いい」と言う。うちに帰って湿布でも貼ったら?と言うと「お前の母ちゃんについててやれって言われた」と言う。だったらナースさんに言って湿布をもらって、と言ったら出て行って「ここでは湿布は出せないって言われた」とのこと。

そりゃそうですよね、ここ、産婦人科で整形外科じゃないし、あなたは患者じゃないし。

でもそこにずっといられても私も眠る事もできない

そもそも、なんで私があなたの心配をしなきゃいけないんだ?

夫は自分一人で病院に行かない人です。身重の私に付き添わせて食中毒で受診した時も、「奥さん妊娠してるのにこんなところに連れて来ちゃダメだよ!」と医師に怒られた人です。

もうだめだこりゃ、と思って私は苦肉の策、ナースさんに「頭痛がするから冷やすものを貸してください」とお願いして、それで夫にアイシングをさせました。

それで終わりではありません。

その後、夕方になり夫が「一旦帰って、出生届を書いてもらうから持ってくる」と言うのです。

は?産んだばっかですよ。しかも休めてないですよ?私。

自分で書けばいいじゃん、とお思いのみなさま。

夫は字が書けないんです。というか、字が汚すぎて、全ての書類は全部私に書かせるんです。

夫が帰ってやっと休める、と思ったのに。

恨めしく思いました。

一旦ホテルに帰った母が、戻ってきてくれていつも家族で行っていたお寿司屋さんからトロの握りを持ってきてくれました。

でも、私は妊娠高血圧で、出産時も光が目に入らないようにサングラスをかけ、産んだ後もカーテンを閉めた部屋で血圧が上がらないよう、病院食以外のものを食べないように言われていました。

私は食べられないよ、と言っても、母は「良いの、いいの」と言って冷蔵庫に置いていきました。

夫が戻ってきたら持たせよう、と思ったのですが、その夜夫が9時ごろ戻ってきて、医院のインターホンを鳴らしたのですが、開けてもらえなかったそうで、電話がかかってきました。

そして、その電話は2時まで続いたのです・・・

内容は主に「父親になっての感動」でした。それを延々と私に語る夫。

ハイになっていたんでしょうね、自分の子どもが生まれて。

でも本当につらかった

そして食べられなかったお寿司は、結局無駄になってしまいました。

お母さん、本当にごめんなさい。あのお寿司を食べなかったことは、ずっと後悔しています。

 

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「となりのチカラ」で思い出したこと。

2022-03-06 16:19:43 | 日々のこと

明日から普通の生活に戻ることになりそうです。

なんとなく以前のブログを見ていて「ここ抜けてるな〜」とか「就園前はテレビだけが楽しみだったんだね・・・」とかいろいろと思い出されていました。

しかし婚活からの結婚、妊娠、出産、育児、DV、離婚の流れがつぶさに見て取れて、大変興味深いですね・・・

これを見ていると元夫がなんとか結婚してくてあの手この手、甘言を弄してますね〜言葉はタダですからね・・・もう義両親が「若くて新しい奴隷が来た!」って感じ、すごいし。義妹、どうしてんのかな・・・。

もうラブラブな夫婦が、妊娠して逃げられなくなってからの変わり様がすごいですね。お互い。

元夫の「片付け」に対する執念とかあと浪費もすごいね

これ、娘が大きくなってきたらどうなってたんだろう・・・間違いなくぶん殴られてただろうな・・・などと思って読んでました。でも途中までしか読めてません。

やっぱり出産後はエントリーが少なくて。

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「ママになれるかな編」のブログ記事一覧-魔法が解けたそのあとで

「ママになれるかな編」のブログ記事一覧です。結婚、出産、育児、介護、お仕事。来た球を打ち返す、毎日のつれづれをつづりました。【魔法が解けたそ...

「ママになれるかな編」のブログ記事一覧-魔法が解けたそのあとで

 

出産の大変さは書き残してましたね。

出産の日、何があったか書かれてないことがあります。

ある意味、ターニングポイントになった日。

この日のことを思い出したのは、きっかけがあります。

「となりのチカラ」

https://www.tv-asahi.co.jp/tonarinotikara/story/0004/

このドラマの松嶋菜々子さん回の再放送が、偶然目に入ったんですね。

怪しい宗教に入信して、マンションの住人に水を売りつけようとする女性。どうも子どもを亡くし、もう一人の娘とも絶縁状態らしい。その娘の婿が訪ねてきて「仲直りさせたい」と言うので、また松潤演じるチカラがひと肌脱ぐ・・・という回。

良い人かと思った婿は、実は金をせびりにくるクズ野郎で、息子の墓前で鉢合わせした親子は思いを打ち明け和解する。そして婿に言い放つ。「二度と姿をあらわすな!」そして孫を迎えに行き、思わず娘が泣きながら言ったのが

「この子を産む時、一人で心細かったんだからね!」お母さんにそばにいて欲しかった、と。

そこで私の脳裏に浮かんだのは、トロのお寿司。

母が出産後に買ってきてくれたそのトロのお寿司は、誰にも食べられなかった・・・。

私の出産の際は、母親が出てきてくれて、そばに付き添ってくれた。腰をずっとさすってくれた。

そう、私はひとりじゃなかったのだ。

そう思い出したら涙が出て、止まらなくなった。

「ごめんなさい、お母さん。来てくれたのに、せっかく来てくれたのに、ごめんなさい」

ひとり、テレビを観ながら泣いていました。

私の出産に際して、退院後に手伝いに来てくれることになっている姉や、わざわざ姉の所によって姉を送ってきてくれる私の両親のために、夫はしばらく自分の実家に帰る、ということになっていました。

しかし、突然夫は「自分の親も泊めたことがないのに、なんでお前の親を泊めないといけないんだ」と言い出したのです。

姉が自分の子どもの幼稚園を休ませて一緒に連れてきて、退院後の私の面倒を一週間見てくれる。その姉を送るために、私の両親も来てくれることになっていたのです。

あちらの義母は、自分より実の家族の方がいいだろうということで何も申し出なく。(私はそれで良かったので、姉にお願いして来てもらうことになりました。)

姉だって、自分の家庭があります。でも「リツコには自分の時にお世話になったから」と義兄も賛成してくれて、来てくれることになってる。

それを再度夫に説明したのですが、夫は納得しませんでした。

夫が自分の親を泊めないのは、潔癖症だからです。

でも今回はお願いしてきてもらうのだから、夫も了解していたのに。

私はそう言われて困ってしまいました。

そしたら父は気を悪くしたようでしたが、ホテルを取るから大丈夫、心配するな、と言ってくれました。

そして迎えた出産。

私は妊娠高血圧症で検診からの入院になってしまいました。

それを両親に連絡したら、母は新幹線に飛び乗ってしまったとのこと。母は5時間もかけて駆けつけてくれたのです。

でも、私はそれに感謝できなかったんですね。「勝手に来てもらっても困る」と。

なんでそんな風に思ってしまったんだろう。今はそう思います。

夫と母は折り合いが悪くて、また夫の機嫌が悪くなるのが嫌だったんですね。事実、それを聞いてなぜか夫の両親が病院にやって来て、「お前の親が勝手に来るから、うちの親も来なくちゃいけなくなっただろうが」と夫に怒られました。

意味不明ですよね

そして夫の両親は何するでもなくただ私が陣痛で苦しんでるのを見ているだけで、帰って行きました。何しに来たんだ?

母が来てくれましたが、私は冷たい態度を取ってしまいました。

「夫婦でやるからいいのに」と言ったと思います。

母は帰りがけに「りっちゃん、お母さん来て迷惑だった?」と寂しそうに言いました。

今でも申し訳なく思います。本当に、あんな寂しそうな母の姿は初めてでした。遠くから、取るもの取りあえず駆けつけてくれたのに・・・

「自分たち夫婦で乗り越える」なんて、甘い見通しだったことを、私は次の日知るのです。

 

 

 

 

 

 

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