晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

楡周平 『骨の記憶』

2012-11-20 | 日本人作家 な
今までに読んだ楡修平の作品は、ハードボイルド、アクション的な、
ページをめくる手がとまらないスピーディー感といったようなもの
でしたが、『骨の記憶』は、じっくりと読んでいく、ページを遅く
めくる、そこに書かれている一文字一文字を噛み締めて、といった
感じ。

年老いた清枝は、夫の入院する病院にでかけます。今までは大きな
街の大学病院に入っていたのですが、お金を切り詰めなければばらず、
また夫も、かつて父が世話になった地元の病院がいいということに。

夫の弘明は、末期の状態で、余命はあとわずか。入院費や生活費は、
家が持ってる土地や山を売ってくれ、と言うのですが、じつは清枝
は、それらをとっくに売り払っていたのです。

かつては地元の名士だった曽我の家。しかし、大きな屋敷は今では
荒んだ状態。しばらく放っておいたので掃除をしなければ、とため息
をつく清枝。そこに宅配便が。

送り主は「長沢一郎」とあります。長沢は、清枝と弘明の中学の同級生
で、中学を卒業して東京に就職し、わずか一年で火事で死亡しています。
そんな長沢からどうして今さら荷物が?

タチの悪いいたずらと思い、箱を開けてみると、中には人骨が。

手紙も入っていて、そこには、「この骨は、50年前に失踪した、あなたの
父、杉下良治氏のご遺骨です」とあります。そして、50年前の失踪事件の
真実が書かれていて・・・

ここから、東北の片田舎に暮らす少年、長沢一郎と曽我弘明の話にタイム
スリップ。
一郎の家は貧しい農家で、毎日食べていくのがやっと。もう小学5年生の一郎
は大事な「働き手」なのですが、曽我の弘明と遊ぶといえば、家の手伝いから
解放されます。
というのもこの地域では曽我といえば大地主で篤志家、地元の名士で、近々、
製材所を建てるので、そこで働かせてもらいたいので、いわば一郎と曽我の
息子を「顔つなぎ」させておく、という腹積もり。

そんな一郎と弘明ですが、他人にはどうしても言えない”秘密”があります。
それは、小学校の杉下先生が、キノコ狩りに出かけるといったまま行方不明
になった事件の”真相”だったのです。
杉下先生の娘で、美人の優等生、杉下清枝は、父の失踪のあと、仙台に引っ越
します。
”秘密”は中学の卒業までしっかり守られ、やがて一郎は集団就職で東京し、
弘明は仙台の私立高校に進学、と別々の道に。

一郎は、都内のラーメン屋で働きはじめますが、食べ物屋なら食いっぱぐれが
無いという甘い考えが吹っ飛ぶような劣悪な職場環境。くわえて地理も分からず
出前は遅刻、行く先々で訛りをバカにされます。
しかし、そんな中でも一つ上の先輩、幸介はいろいろ気を使ってくれ、時には
悪い遊びも幸介に教えてもらったりします。

ところが、幸介が店の帳簿をごまかして金をちょろまかしていたことが発覚、
幸介は即刻クビ、そしていつも一緒にいた一郎も疑いの目が。
そして、ふだんは無口な先輩から、はやくこの店を辞めて別の仕事を探した
ほうがいいよ、とアドバイスされますが、しかし行くあてがありません。

その日の夜、一郎の寮に遊びに来た幸介。いざとなったら俺が仕事先を紹介
してやるとデカイ口を叩いて酔って寝てしまいます。
一度実家に帰って、それから身の振り方を考えようとする一郎。

上野から電車に乗り、福島の郡山に着いたあたりで、持ってきた雑嚢を開くと、
その雑嚢はなんと幸介のものだったのです。
この当時、幸介や一郎の父親世代はもれなく徴兵に行っていて、そこで支給され
た雑嚢は同じ規格のものなの。
中には、幸介の話していた、戦死した父親の恩給の証明書、そして田舎の土地の
権利書、さらに少ないながら現金も。
これはいけないと思って上野に戻る一郎。

そして、寮の最寄駅に着くと、その寮がある方面が騒がしく、消防車や野次馬が。
寮は全焼していました。怖くなって、その夜は上野の安宿に泊まり、翌朝、新聞
を見てみると、寮が漏電で全焼し、ふたりの焼死体が発見された、とあります。
ひとりは、となりの部屋の若いお医者さんで、もうひとりは「長沢一郎」・・・

ちょうど背格好、年齢もさほど違わず、同じ男性で、一郎の部屋から発見された
ことで、幸介の遺体は一郎ということになってしまいます。

今まで、ろくな人生じゃなかった、もしかしてこれは何かのチャンスなのでは、
これからは「松木幸介」として生きていく・・・

さて、一郎は、これから幸介となるわけですが、幸運なことに幸介の身寄りは
いなく、顔バレするとすればかつての職場のラーメン屋か、彼の地元くらい。
さっそく、運送屋に面接にいくと、あっさりと採用されます。時はおりしも、
まもなく開催されるオリンピックのおかげで好景気。

それから一郎は、「棚ぼた」で手にした金と、もともと持っていた(ラーメン屋
では発揮できなかった)才覚で、どんどん出世して、やがては関東でもそこそこ
大手の運送会社の社長になります。

一郎(幸介)の出世ストーリーはさながら昭和の東京を舞台にした経済小説。
ところが、彼の少年時代に犯した”罪”は、まるで彼につきまとうように・・・

別人に成り変わって生きる、というのは昔からよくある話ではありますが、
そこにまたちょっと隠し味があったりして、最後はちょっと恐ろしいです。


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