サヨコの独り言

興味のあるものを「コンデジ」で撮影しに行ったり、
街で偶然に見かけたものを「スマホ」で撮っています。

《ヤマユリ(山百合)が見頃に!》 -房総のむら周辺・成田山にて-

2019年07月21日 | 動植物
「ヤマユリ」を探しに「房総のむら」に行って来ました。群生している所はありませんでしたが、2、3株位ずつあっちこっちに咲いていました。湿地には「ハンゲショウ」(半夏生・半化粧)が咲いていました。ドクダミ科の植物で、名前の由来は葉の半分が白くて化粧している様に見えるから。また、夏至から数えて11日目頃に咲く事から半夏生とも書きます。

ちょうど「虫送り」の行事体験をやっていました。稲の生長と共に発生する虫(イナゴなど)を退治する為に行なうのだそうです。松明を手にした子ども達が太鼓の拍子に合わせて歌いながら行進し、櫓に火を点けて虫を追い払うと言うもの。本来は夜に行ないますが、群がって来る虫達が≪飛んで火にいる夏の虫≫となって消えていきます。千葉県山武市殿山地区では一時は復活しましたが、今は行なわれていないそうです。

余談ですが、「速水御舟」の日本画で重要文化財に指定されている【炎舞】は、炎に群がる蛾の様子を表わした最高傑作として知られています。作品の制作にあたっては、軽井沢に滞在中の3ヶ月間に毎晩焚き火をし、そこに群がる蛾を写生したり、採集した蛾を室内で写生したそうです。蛾の克明な写生が今も残されています。

以前、「坂田ヶ池」には夏になると一面に「ハス」の花が咲いていました。久しぶりに楽しみにして行ったら、「ハス」は全くありませんでした。傍にある「湿生植物園」に僅かに植えられているだけでした。見た事のないトンボが飛んでいたので調べたら、湿地に良くいる「コシアキトンボ」(腰空蜻蛉)との事。腹の上部だけが白く、白い部分が空いているように見えるので、この名がつきました。隣の写真は6月頃に成田山・西洋庭園の噴水池の縁にいたトンボです。真っ赤な色なので「ショウジョウトンボ」(猩々蜻蛉)と呼ばれていますが、メスは茶色です。池の周りなどに良くいるそうです。

「ムクゲ」の花が咲いていました。夏の「茶花」として欠かせない花だそうです。また、6月頃に咲いていた「センダン」(栴檀)の木には果実がなっていました。

朝顔には普通の朝顔の他に「変化朝顔」と言うものがあります。自然突然変異によって生まれた珍しい花を大切に育てたものです。「黄蝉葉 栗皮茶丸咲大輪」(別名・團十郎)は花の色が柿渋色の様な茶系統の花です。市川團十郎一門が襲名披露の口上などでつける裃の色に似ている事から、別名として命名された品種なのだそうです。成田山新勝寺の「光輪閣」玄関に展示されていました。

ヤマユリ / ハンゲショウ <葉の半分が白い>


虫送りの様子 <終わる頃に行ったので、櫓は無くなっていました>


ハス / コシアキトンボ / ショウジョウトンボのオス


ムクゲ / センダンの果実


【黄蝉葉 栗皮茶丸咲大輪】 (きせみは くりかわちゃまるさきだいりん) 【別名・團十郎】
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《第3回飛行機模型展 in 成田》 -ギャラリーなごみにて-

2019年07月20日 | 展覧会
昨年に引き続き、飛行機模型の愛好家の方々の様々な展示がありました。

その中で「架空飛行機」デザイナーの「角谷純一」さんの展示に目が留まりました。スポーツカーが飛行機になったら、と言う設定で作った架空の飛行機達です。実際に行われている「エアレース」を想定して作っているそうです。架空の自動車やバイクもありました。

「エアレース」とは、飛行機を用いて飛行技術や機体性能を競い合う究極の三次元モータースポーツです。1964年に始まったアメリカの「リノ」の「エアレース」は、現在継続して開催されている中で最も長い歴史を誇っています。日本では2003年から始まり、今年の9月に行われる千葉大会が最後になるそうです。

高さ25mの空気で膨らませたパイロンで構成する空中コースを、低空で周回して飛行タイムなどを競うものです。最高時速370km、最大重力加速度12Gにもなり、「空のF1」として人気を博しているそうです。私は今回の展示で初めて「エアレース」と言うものを知りました。

「角谷純一」さんの空想的想像力に感動してしまいました。遊び心のある空想の世界を楽しむ事が出来ました。伝説のエアレーサーの「スティーブ・ヒントン」さん。架空飛行機の模型は「リノ」のエアレーサー達の間で話題だったそうです。

スティーブ・ヒントンさんが架空飛行機の模型「RB-86 レッドバロン」が載った雑誌を持ってコメント


空飛ぶスクーター / スポ-ツカーと架空飛行機達
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令和元年の《成田祇園祭》 -3日目-

2019年07月07日 | イベント
7月7日(日)、《成田祇園祭》は今日が最終日。でも、宗教行事としての「成田祇園会」は毎年7日・8日・9日なので、「奥之院」の特別開扉などは9日まであります。祭礼行事としての「成田祇園祭」は昔は毎年7日・8日・9日に行なっていましたが、平成13年からは「成田祇園会」期間に直近の金・土・日と決まりました。

朝から生憎の雨でしたが、13時からの「総引き」に合わせて表参道に行きました。雨にも関わらず見物の人達が傘を差しながら並んでいました。次々と切れ目無く山車と屋台が来ました。綱も目一杯伸ばして大勢で引いていました。雨が降っていた為、足早に通り過ぎたので、1時間程で終わりました。

小さな子ども達も皆カッパを着ながら引いていました。「手古舞」の子ども達もカッパを着ながら歩いていました。せっかく結い上げた可愛い髪が見えなくて残念でした。山車や屋台に乗っている人達は雨に濡れても気にしないで頑張っていましたが、足を滑らさないか心配になりました。若者蓮の皆様も雨に濡れながら頑張っていました。

16時30分からの「御輿還御式」、「山車・屋台競演」(総踊り)は寒くなって来たので、「大本堂」まで観に行くのをやめました。「成田観光館」で「成田ケーブルテレビ」の実況中継が放送されていたので、それを観て済ます事にしました。帰りは道が混まない内に早めに帰りました。

「手古舞」の子ども達や一般参加の子ども達・大人達は殆どカッパを着ていました


応援に来たJALの方々 / 応援の高校生達


雨に濡れながらも頑張っていた若者連の皆様


2階の窓からは沢山の御祝儀が / 上町の屋台          


山車はビニールで囲って完全装備 <上に乗っている人達は気合を入れて頑張っていました>
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令和元年の《成田祇園祭》 -1日目-

2019年07月05日 | イベント
九州の方では豪雨災害があり、関東地方でもずっと雨が続いていました。7月5日(金)も天気が心配でしたが、やっと雨が止みました。高校の同窓生4人で京成成田駅で待ち合わせて「成田祇園祭」に行きました。駅前広場の「成田からくり時計」の前で記念写真を撮ってから、昨年と同じ「近江屋」さんで鰻を食べました。尚、「成田からくり時計」の詳細については2018年10月14日のブログを見て下さい。

「総門」の「蟇股」(かえるまた)で自分の干支を探しました。「蟇股」とは梁(はり)と桁(けた)の間に置かれる部材の事で、蛙が股を広げたような山形になっています。本来は構造上必要な支柱でしたが、後には装飾化したそうです。「総門」では干支が彫刻されていましたが、保護の為の金網が掛けられていたので、ちょっと観難かったです。

昨年と同様に本堂の上から観る事にしました。今年は雨が降っていなかった為か、平日にも関わらず既に見物の人でいっぱいでした。「大日如来」を御尊体とした「御輿」が広場に入って来て、安全祈願の御祈りが始まりました。鏡開き・乾杯の後、「山車」や「屋台」でそれぞれ「お囃子」と「総踊り」が賑やかに行なわれました。「お囃子」は「江戸囃子」が3台、「佐原囃子」が7台となっています。

最後に「山車」8台(田町・本町・仲之町・花崎町・囲護台三和会・幸町・土屋・成田山交道会)と「屋台」2台(東町・上町)が各町内や参道へと順次巡行して行くのを見送りました。唐破風の大屋根のものを「屋台」と言います。「山車」にはそれぞれ人形がつきます。踊り屋台付きの「山車」や、上中下3段構造の上段が迫り上がり式で上中段が360度回転する本町の「山車」など様々な形態のものがあります。

ちょうど15時近かったので喉を潤してから、「大本堂」の中で「御護摩祈祷の儀式」を観ました。その後、「奥之院」に行き、成田山公園を一巡りしました。ついでに「成田山書道美術館」の脇にある「水琴窟」の音を聞きました。「なごみの米屋」でコーヒーを飲んで一息付いてから、「成田からくり時計」のからくりを観に行きました。1分程遅れてしまったので、第二景の「鏡獅子」の舞台から観ました。「成田スカイタウン」のギャラリーで行なわれていた「成田祇園祭展」を観てから解散しました。

成田からくり時計 / 「近江屋」さんの2階からの眺め / 総門 <→の位置に「蟇股」があります>


「蟇股」の干支の彫刻








仁王門(重要文化財) / 大本堂は見物の人でいっぱいでした   


可愛い御稚児さんが一番先に / 御輿が入って来ました / 広場中央に安置されました


貫主によるお祈り / 鏡開きの後に乾杯


総踊り:囲護台三和会の若者連 / 花崎町の若者連


本町の山車の前では神楽が / 上町の屋台 / 花崎町の山車


東町の屋台 / 田町の山車 / 囲護台三和会の山車
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