《 伊藤哲作品展 》を観に「成田スカイタウンギャラリー」に行って来ました。「伊藤哲(さとし)」氏は1962年に成田市で生まれ、「東京芸術大学」大学院美術研究科版画専攻修士課程修了後、「(株)電通」でアートディレクターとして勤務しました。4年後に日本画家を志して退社しました。
「琳派芸術」は「俵屋宗達」から始まり、「尾形光琳 」・「酒井抱一」と「私淑」(ししゅく)という形で継承されて発展して来ました。「私淑」とは、時間や場所が遠く離れた人々によって受け継がれ、直接学ぶことは出来ないが、その人を模範として学ぶ事です。「伊藤哲」氏は2016年に酒井家七代目「酒井抱美(ほうび)」氏から雅号「雨華庵」(うげあん)を襲名しました。
「雨華庵」は現在の台東区根岸にあり、「酒井抱一」が終の棲家として晩年を過ごしました。「夏秋草図屏風」も此処で描かれました。弟子たちを指導する画塾でもあったそうです。残念ながら焼失してしまいましたが、弟子の「田中抱二」が記憶を頼りに「見取図」を描きました。それを基に「伊藤哲」氏が2023年に「復元ジオラマ」を制作しました。
「尾形光琳」の「風神雷神図」(重要文化財)の裏には、依頼を受けた「酒井抱一」の「夏秋草図屏風」(重要文化財)が描かれていました。近年、「酒井抱一」の「夏秋草図屏風」の画面を損傷から守るべく、両作品を分離してそれぞれを別作品として一双の屏風に改められています。それを合成して描いたのが「伊藤哲」氏の【降臨せし風雷神のために】になります。
1998年~2010年の12年間、沈んだ世相を背景に『明るく元気よく』という依頼を受け、「金刀比羅宮」の「干支絵馬」を制作しました。
撮影不可の作品の中には「四季胡蝶絵巻」(春・夏・秋・冬)や「仏涅槃図」(千葉県・長徳寺蔵)などがありました。絵巻はそれぞれ60m位の大作でした。
尚、「酒井抱美」氏は、日本美術の貴重な財産である「江戸琳派」を継承・発展させ、ひいては日本文化の発展に寄与することを目的として、2013年1月に「NPO法人江戸琳派継承会」を立ち上げました。 「伊藤哲」氏も参加しています。
【降臨せし風雷神のために】(二曲一双) 上:【風神雷神図屏風】(模写) 下:【夏秋草図屏風】(写真)
【伏龍図】
【誕生】 【助六】
左上より・・・ 【深見草】 【日食】 【紅蓮】 【雪月花】
【讃岐・金刀比羅宮干支絵馬】
プレミアム H2 ウォーター【水素水】のパッケージデザイン
「田中抱二」が残した見取り図(模写) 【雨華庵憧憬】(復元ジオラマ) 約35分の1の縮尺