オヤジ達の白球 (80)リベンジ試合

消防と試合の日がやってきた。
あれ以来、北海の熊は居酒屋へ姿を見せない。
「まったく顔を見せないとは、本気で腹を立てたみたいだな。熊の奴」
「熊の言い分もわかる。だが、もうすこし大人にならなきゃチームが困る。
たかがソフトボールだ」
「ウチの投手は熊だけだ。どうするつもりだ、熊が来なかったら?」
「そんときはおれが投げるさ。たかがソフトボールだ」
まかせろおれに・・・と消防上がりの寅吉がつぶやく。
午後5時。球場のナイター照明の灯がはいる。
春とはいえ、日が暮れると肌寒い。
消防チームのキャプテンが挨拶にやってきた。
「ご無沙汰しております。みなさんかわらず、お元気ですか?」
「おう。安心しろ。こっちは全員元気だ。ピンピンしてるぞ。
そっちはどうだ。リベンジの準備を完璧にしてきたんだろうな」
「ほぼ完ぺきに準備してきました。
ところでベンチに、エースの熊さんの姿が見えないようですが、
なにか不都合でもありましたか?」
「お・・・そういえば熊が居ないな。
おい。どうしたんだ熊の奴?。誰かあいつのことを知らないか?」
「さっき電話があった。すこし支障が出来たそうだ。
だが試合には間に合うと言っていたから、まもなく姿を見せるだろう」
「そうですか。それなら安心しました。
全力でリベンジに挑みますので、どうぞ、お手柔らかにお願いします」
「おう。こちらこそ全力で返り討ちにするから、そのつもりで挑んで来い。
おっ・・・そう言ってる間に、今夜の審判団が到着したようだ」
駐車場へ1台の車が滑り込んでくる。
助手席から降りてきたのは昨年、国際審判員の資格をみごとに取得した千佳。
つづいて降りてくるのは審判部長。
以下、すっかり顔なじみになった公式審判員の古老たち。
ぞろぞろとおりてくる姿はまるで独身の美女、千佳を守るシルバー親衛隊だ。
5時30分。10分間の守備練習がはじまる。
この時間になってもまだ、北海の熊はベンチに姿を見せない。
今夜もまた千佳が球審につく。
審判部長は1塁。2塁へ最高齢の顧問がつき、3塁に現役時代の柊を良く知る
事務局長が配置に着いた。
居酒屋チームの守備練習がはじまるころ。ようやく北海の熊が姿を見せた。
「わるいわるい。こんなザマになっちまったもんで、すっかり遅くなっちまった」
と包帯につつまれた右手をふりあげる。
白い右手?・・・
「どうしたんだ、その手は!」血相を変えて詰め寄る寅吉に、
「弘法も筆の誤りよ。しかたねぇだろう。ぼんやりしてたら現場でこのざまだ。
おれだって怪我するときはある」と熊が胸を張る。
「バカやろう。怪我人が開き直っている場合か。
ウチのチームに、投手はおまえさんひとりしかいないんだぜ」
「わかっているさ。そのくらい。
だからさっきから謝っているだろう。弘法にも筆の誤りがあるって」
「どうするつもりだ熊。左手で投げるか?。
しかし相手はAクラスの消防だ。とてもじゃないが通用しないぜ。
困ったな。やっぱり俺が投げるか・・・」
「寅吉。おめぇじゃ荷が重すぎる。
へへへ。そう思ってよ、実はチャンと助っ人を連れてきた」
入って来いと、熊が後ろを振り向く。
うす暗い入り口から、のそりと男があらわれた。
「今夜はおれのかわりに、こいつが投げる」
帽子を目深にかぶった男が、ペコリと頭を下げる。
「顔を出せる立場じゃねぇのはよくわかっているが。すまねぇ・・・こんな風に突然あらわれて」
蚊の鳴くような声に聞き覚えがある。
「非常事態の発生だ。事情を話してこいつをつれてきた。
こいつには深い憎しみが有る。だがいまは昔のことなんか言っている場合じゃねぇ。
不注意で怪我をしちまったこの俺が悪い。
この手じゃどうにもならねぇ。
そういうわけだ。今夜の試合は、坂上に投げさせてくれ」
頼むと北海の熊が、深々と頭を下げる。
(81)へつづく

消防と試合の日がやってきた。
あれ以来、北海の熊は居酒屋へ姿を見せない。
「まったく顔を見せないとは、本気で腹を立てたみたいだな。熊の奴」
「熊の言い分もわかる。だが、もうすこし大人にならなきゃチームが困る。
たかがソフトボールだ」
「ウチの投手は熊だけだ。どうするつもりだ、熊が来なかったら?」
「そんときはおれが投げるさ。たかがソフトボールだ」
まかせろおれに・・・と消防上がりの寅吉がつぶやく。
午後5時。球場のナイター照明の灯がはいる。
春とはいえ、日が暮れると肌寒い。
消防チームのキャプテンが挨拶にやってきた。
「ご無沙汰しております。みなさんかわらず、お元気ですか?」
「おう。安心しろ。こっちは全員元気だ。ピンピンしてるぞ。
そっちはどうだ。リベンジの準備を完璧にしてきたんだろうな」
「ほぼ完ぺきに準備してきました。
ところでベンチに、エースの熊さんの姿が見えないようですが、
なにか不都合でもありましたか?」
「お・・・そういえば熊が居ないな。
おい。どうしたんだ熊の奴?。誰かあいつのことを知らないか?」
「さっき電話があった。すこし支障が出来たそうだ。
だが試合には間に合うと言っていたから、まもなく姿を見せるだろう」
「そうですか。それなら安心しました。
全力でリベンジに挑みますので、どうぞ、お手柔らかにお願いします」
「おう。こちらこそ全力で返り討ちにするから、そのつもりで挑んで来い。
おっ・・・そう言ってる間に、今夜の審判団が到着したようだ」
駐車場へ1台の車が滑り込んでくる。
助手席から降りてきたのは昨年、国際審判員の資格をみごとに取得した千佳。
つづいて降りてくるのは審判部長。
以下、すっかり顔なじみになった公式審判員の古老たち。
ぞろぞろとおりてくる姿はまるで独身の美女、千佳を守るシルバー親衛隊だ。
5時30分。10分間の守備練習がはじまる。
この時間になってもまだ、北海の熊はベンチに姿を見せない。
今夜もまた千佳が球審につく。
審判部長は1塁。2塁へ最高齢の顧問がつき、3塁に現役時代の柊を良く知る
事務局長が配置に着いた。
居酒屋チームの守備練習がはじまるころ。ようやく北海の熊が姿を見せた。
「わるいわるい。こんなザマになっちまったもんで、すっかり遅くなっちまった」
と包帯につつまれた右手をふりあげる。
白い右手?・・・
「どうしたんだ、その手は!」血相を変えて詰め寄る寅吉に、
「弘法も筆の誤りよ。しかたねぇだろう。ぼんやりしてたら現場でこのざまだ。
おれだって怪我するときはある」と熊が胸を張る。
「バカやろう。怪我人が開き直っている場合か。
ウチのチームに、投手はおまえさんひとりしかいないんだぜ」
「わかっているさ。そのくらい。
だからさっきから謝っているだろう。弘法にも筆の誤りがあるって」
「どうするつもりだ熊。左手で投げるか?。
しかし相手はAクラスの消防だ。とてもじゃないが通用しないぜ。
困ったな。やっぱり俺が投げるか・・・」
「寅吉。おめぇじゃ荷が重すぎる。
へへへ。そう思ってよ、実はチャンと助っ人を連れてきた」
入って来いと、熊が後ろを振り向く。
うす暗い入り口から、のそりと男があらわれた。
「今夜はおれのかわりに、こいつが投げる」
帽子を目深にかぶった男が、ペコリと頭を下げる。
「顔を出せる立場じゃねぇのはよくわかっているが。すまねぇ・・・こんな風に突然あらわれて」
蚊の鳴くような声に聞き覚えがある。
「非常事態の発生だ。事情を話してこいつをつれてきた。
こいつには深い憎しみが有る。だがいまは昔のことなんか言っている場合じゃねぇ。
不注意で怪我をしちまったこの俺が悪い。
この手じゃどうにもならねぇ。
そういうわけだ。今夜の試合は、坂上に投げさせてくれ」
頼むと北海の熊が、深々と頭を下げる。
(81)へつづく